第10話 「楽しみにしています」

 負けた。

 全てを出しきって。自身の持てる力を出し尽くして。

 押せた場面はあったものの私の刃は財前シオンの喉元までは届かなかった。

 悔しい。

 同い年に負け、不甲斐なさを感じるよりも。人知れず拳を握り締めるほどの悔しさを感じるのはいつ以来だろうか。

 だが……それと同時に晴れやかさもある。

 全身全霊で挑んでも届かなかったが、手応えがなかったわけじゃない。自分はもっと強くなれる。これからこれまでよりももっと高みに到達できる。

 そういった確信に似た何かを感じることが出来るからだ。


「くそ……くそ……」

「やられた……完膚なきまで。どうして私は」


 自身の弱さを悔いるように言葉を漏らしているチームメイト。

 直接戦ったわけじゃないオペレーターやメカニックの顔にも悔しさの色が滲み出ている。

 こういった表情は、クラス選抜の試験や大会といった一部の場面でしか見る機会がなかった気がする。

 新しい風が。部員達の意識の改革が。

 本当にもたらされ始めているのかもしれない。あのふたりの手によって。


「や、やりました。やりましたよ先輩達。わたし、ちゃんと言われた通りに敵を撃ち抜くことが出来ました。偉いですか? 偉いですよね。わたし、ちゃんと役に立てててましたよね!」

「影下、うるさい。構ってもらいたいなら他にしてもらって」

「ひどくないですか!? さっきは手厚く助けてくれたのに」

「そうよ。エータちゃん、すんごく頑張ったんだから褒めてあげなさい。ぞんざいに扱っちゃダメ。後輩は可愛がって伸ばさなきゃ♡」


 何とも緩い空気だ。

 勝利した側の空気が負けたチームよりも緩くなるのは当然ではある。勝って当然というような空気よりも和んだり、喜びを分かち合ってくれている方が負けたチームとしては救われるところもある。

 が、この天道学園においてここまで自然体で話すチームがこれまでにあっただろうか。


「やったね、ミカヅキ」

「そうだな」

「何だかお疲れだね。膝枕でもしてあげようか?」


 …………。


「そういうお誘いはもっとプライベートな時間にしてくれ。今どうしてもやりたいならエータにでもしてやってこい」

「ボクはミカヅキにしたいんだよ!」

「その気合はどこから来るんだ?」

「頑張ったご褒美的な?」

「構ってちゃんは構ってちゃんに構ってもらえ」


 ……今はとやかく言うべきではないか。

 部としての在り方を脅かす行為をしようものなら部長として問答無用で止めるべきだが、あれはただじゃれ合っているだけ。

 財前さんはともかく、少なくとも遠野くんはこの場の常識を弁えている。なら口出しをすべきではない。


「お疲れ様」

「今度は水上さんですか……」

「あんたの彼女さんみたいな言動はしないわよ」

「彼女じゃないです」


 あれだけ距離感近いのに?

 と言いたげな目だ。水上さんは感情があまり表に出るタイプではないし、私は彼女と交流が深いわけでもない。でも分かる。あれはそういう目だ。


「いやもうほんと……本当だから」

「……まあいいわ。そのへんは今後の楽しみとしましょう」

「人をおもちゃ発言するのはどうかと思います。で、結局何の用?」

「別に。ただ労いに来ただけ。センスの塊……言葉を選ばないなら化け物である財前の世話役って感じの認識が強かったけど、さっきの戦いでリーダーとして認められる実力は見せてもらったし」


 私は財前さんに夢中だったので、彼の戦いをきちんと見れてはいない。

 しかし、仲間達の様子やあちらのチームの雰囲気からして終始あちらの思惑通りに進んだのだろう。

 遠野三日月。

 財前シオンがいなければ……いや、彼女と共にエースとして君臨しても問題ない実力を持っている。

 確かに才能のようなものは財前さんの方が上なのかもしれない。

 だとしても……どうして自分が活躍したいというエゴを殺して、財前シオンを中心に動くことができる?

 ……付き合ってないだの彼女ではないとか言っていますが、彼自身は彼女のことが好きなのでは? そうなのでは?


「化け物の相手をしてるとそれなりの実力が付くんだよ。水上も定期的にあいつのボコボコにされたら俺くらいの力は手に入るかもな」

「そんなのごめんよ。あんなのの相手をする時間があるなら1冊でも本を読んだ方が建設的だわ……先生が来たわね」


 才川先生の登場に場の空気は一気に引き締まる。

 その証拠に両チームは向かい合うように整列。その中間に立った才川先生の開口を静かに待つ。


「さて……勝敗は決した。事前に説明していたように勝利チームには、敗北したチームからメンバーを引き抜く権利が与えられる」


 才川先生の視線が全体から勝利者であるチーム6へ。

 そこからさらに絞るようにスカウト組のふたりへと集約していく。


「すでに引き抜くメンバーが決まっているなら代表者が口にしろ。試合を得て違った見解が出たなら話し合いの時間を設けても構わん。が、長引く場合は私は雑用を片付けにこの場から離れる。なのであとで報告に来るなり、次に顔を合わせるタイミングで報告しろ」


 チーム6の表情を見る限り、レオさんや水上さん。1年生である影下さんはスカウト組に任せようとしているように見える。

 となれば、必然的に口を開くのは遠野くんと財前さん。

 リーダーは遠野くんではあるが、今後のことを考えればエースである財前さんの意見を取り入れようとすることは充分に考えられる。


「シオン、姫島部長をどう思う?」


 この段階で引き抜かれる可能性があるのは私に絞られた。

 チーム1のメンバーには、申し訳なさの入り混じる緊張が見てとれる。

 しかし、今の遠野くんの言葉に対して私には別の緊張が走ってしまった。

 誰もが私が引き抜かれる。そう思っている。

 だけど……今の遠野くんの問いかけは、財前さんから見て私が引き抜くに値する人間なのか。その確認をしているようにも思える。

 もしも彼女のお眼鏡に適っていなかった場合、私はチーム1に残留することになるだろう。それはこのチームにとっては大きい。

 ただ私個人にとっては……

 大きな大会へ出場する代表チームは彼ら。出場枠が多ければ、私もこのチームを率いて戦える可能性はある。

 とはいえ、彼らの力を目にした今。

 このチームで勝ち上がることが出来るだろうか。全国大会で勝ち続けられるチームを引退までの間に作り上げることが出来るだろうか。


「黒髪でお淑やか、でも芯は強い大和撫子。もしかしたら着痩せもしてて、見た目よりおっぱいが大きそう」


 この人は真顔で何を言っているのだろう。

 遠野くんは私の見た目とかの話をしたいわけではなく……というか、異性も居る中で胸部の話をするのはやめてください!

 こ、この程度の事で私は動じたり恥ずかしがったりしませんが。

 この場の殿方の視線が私の一部に集中しているではないですか。私は部長としてあなた方より多くの部員と交流しなければならないんですよ。そこにトラブルが生じるかもしれない言動は慎んでいただきたい。


「お前の願望の話を聞いてるんじゃない」


 さすがは遠野くん、財前さんの言葉に惑わされることなく冷静ですね。

 ただ……視線が一度として私に向かないのはどうしてですか?

 別にあなたに異性としてどうこう見られたいという願望があるわけではありません。が、謙遜し過ぎない程度には私だって自分の容姿に関しては認めるところがあるわけで。そこまで無反応だと女として自分磨きが足りないということに……


「部長はプレイヤーとして強かったか。それを聞いてるんだ。分かってるのにふざけるのはやめろ。部長も睨んでるだろ」

「睨んでるのはミカヅキがボクのおっぱいしか見ないからでは?」


 ねぇ部長さん?

 と言いたげな笑顔を向けてくる財前さん。

 私は極めて冷静沈着な表情で。あなた方の話に興味がありませんと言うように。

 落胆の混じった息を短く吐いて、そっとまぶたを下ろした。

 やれやれ、これだから自由奔放な方は困ります。

 私はそんな理由で彼のことを睨んでいません。睨んでいませんが……

 この人、勘が鋭くないですか。私とは違う新たな人としての種なんですか。


「これ以上は怒らせるのやめろ」

「ミカヅキ、君ってやつはまったく……本当にボク以外の女心に疎いんだから」


 財前さん、それは自分だけは彼に分かってもらえているというアピールですか。

 付き合っていないだとか言いつつも遠野くんは渡しません。自分のです。そういうアピールか何かですか。

 いやまあ、正直なところ私としては変な巻き込まれ方をしなければ至極どうでもいいのですが。遠野くんの顔……


『お前のことの方が分かんねぇよ。つうかそのドヤ混じりのやれやれ顔は何だ』


 とでも言いたげに心底鬱陶しそうな顔をしているのですが。

 そちらのチームに合流する可能性がある以上、もう少し遠野くんに穏やかな顔をさせて欲しい。

 何故なら私も人間。

 どうせ一緒に何かをするのであれば、空気が悪いところより良いところでやりたいと思う。そのためにも親しい仲にも礼儀あり。その精神を持っていただきたい。


「そういうのどうでもいいから。姫島部長が強いプレイヤーか否か、そういう情報だけ口にしてくれ」

「チームの方針だとかミカヅキに任せてるのにボクの意見をどうしても聞きたいとか。君は本当にボクのことが大好きだね」


 え……どこをどう解釈したらそんなプラスな言葉が出てくるのですか?

 今の遠野くんの言葉のどこに財前さんへの好意的な要素があったのですか?


「まあそうだね……強いか弱いかで言えば、間違いなく強いプレイヤーだよ。頑張れば近いうちにボクも負けることはあるだろうし、来年にはミカヅキよりも強くなってるんじゃない? 腐らずに努力を続けられればの話だけど」


 強いプレイヤーに認められることは嬉しいことであり、誇らしくもある。

 だが同時に悔しさも感じた。

 負けるかもしれないと口にしながらも財前さんの表情からは、私への悔しさや敵意のようなものは微塵も感じられなかった。来年には遠野くんよりも、と言うあたり現状では遠野くんよりも好敵手として認められていないということ。


「もっと先の話までするのなら……将来的にプロになっててもおかしくはない。そう感じたかな。ボクや三日月を除けば、ここで最強なのは部長さんで間違いないだろうし」


 直に対戦して負けた私からすれば、後半の言葉は気分を害するものではない。

 しかし、ここに居るプレイヤーの多くは自分の力に自信を持っている。今回のことで見る目を変える者はいるだろうが、敵対心を燃やす者も確実に存在する。

 それだけに何気ない普段どおりの口調で自分達が最強です、と口にするのは部員達と仲良くしたいのであれば論外だ。

 財前さんは気にする素振りはないですが……遠野くんは露骨に気落ちしてますね。彼女と同じスカウト組であり、同じチームを組んでいるということもあってとばっちりも行きやすい。この点ばかりは深く同情致します。


「……遠野、聞けたいことは聞けたか?」

「はい……なので姫島部長を引き抜くことにします」


 財前さんに対して頭を抱えながらの発言だけに歓喜のようなものはない。

 それは仕方がないことだと思うし、別に構わないのだが。

 水上さんは例の如く無表情。後輩である影下さんは私の存在に委縮しているのか緊張感が増している様子。レオさんは笑顔で歓迎してくれているようだけど、場の空気を読んで私語は慎んでいる。財前さんも歓迎ムードではあるが、いつもの自然体。

 なので私を引き抜かれる側は、何とも言い難い顔色をしている。

 試合運びはあれほど鮮やかだったというのにそれ以外はどうにも……

 良い意味で考えれば、このチームに居る限り退屈はしなさそうだ。

 遠野くん達の方へ足を踏み出そうとした矢先、「部長」と呼ばれて振り返る。


「自分達……もっと強くなります」

「強くなって部長のこと取り戻しに行きます」

「だから待っててください!」

「絶対に取り返しますから!」


 部員達の目には確かな覇気がある。

 このような熱い感情は、これまでは大会や強豪との練習試合後くらいにしか見ることがなかった。

 それだけに才川先生の……凜姉さんの進めようとしていた改革は、すでに効果を現しつつあるのかもしれない。


「楽しみにしています」


 私を追いかけてくる者が居る。

 私には追いかけられる目標がある。

 ならば私は歩み続けよう。


「ですが……私は敵として立ちふさがるかもしれません。そのときは全力で挑んできてください」


 挑発の混じった鼓舞に気合の乗った返事が飛んでくる。

 彼らに私は小さく一礼し、気持ちを切り替えて新たなチームの下へ。


「よし、これにて本日の争奪戦は終了とする。チーム1は新リーダーの決定やメンバー補充など怠るな。チーム6はトラブルが起きないようにちゃんと話し合いをしておけ。以上、解散」


 言い終わるのと同時に才川先生は立ち去っていく。

 ここからはチームの時間だ。チーム1に関しては、才川先生の言葉にあった行動を取るようで話し合いながら移動を始めている。

 争奪戦を見学していた者達もそれぞれの時間に戻ったようだ。

 さて、私のチームは……


「とりあえず、今後のことで話しておきたいこともあるしミーティングルーム集合で。飲み物やら欲しい奴はさっさと買ってくるように」


 良く言えば自然体、悪く言えば覇気のない。

 そんなリーダーの声に従って移動を始めた。

 何事も最初が肝心。チーム内で浮いたりしないためにもこのミーティングには全力で望むことにしましょう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る