第8話 「姫島篝、推して参ります!」
遮蔽のない平地。
現在のアーマードールは、ルールで縛られない限りは空戦能力を備えた状態で出撃する。その高速機動を持って互いに前進すれば、接敵までの時間はごくわずか。
「――っ、敵機確認! 高速でこちらに向かってきます!」
オペレーターの声に私達は臨戦態勢を取る。
高速機動状態での射撃は精度が低下しがちだ。それに相手チームはスカウト組が2トップの形で仕掛けてくる可能性が高い。
なら適度に散開しつつどちらかでも落とすことが出来れば。落とせなくても戦闘力を削ぐことに成功すれば、形勢は一気にこちらが有利になる。
「敵機の数は……え、嘘、たったの1機!?」
追加された情報に部隊に動揺が走る。
これは奇襲なのか?
しかし、私達を相手にたった1機で何が出来るというのか。
もしや1年生の機体に爆薬を積んで特攻させている?
それともデコイ代わりに何か別の作戦が……
「――なっ」
モニターで確認できた敵機。
それは思わず絶句する見た目をしていた。
おそらくベースとなっているのは、カスタム型と呼ばれる固定武装がない代わりに装備の積載量に優れたタイプ。コスト帯で考えれば機体名は《ポーン》だろう。
私の記憶が正しければ非常にシンプルな見た目をしている機体なのだが。
視認している《ポーン》は従来のモデルよりも一回り……いや二回りは大きい。
これが意味すること。それは
「何だよ、あのデタラメな装備は!?」
チームメイトが口にしたように大量の武装で身を固めているということ。
右腕には大型の2連装ガトリング砲。左腕にはシールド付きのグレネードランチャー。両足にはミサイルポット。背中にある空戦用のストライカーパックには、多連装ミサイルパック。そして、おそらく随所には携帯用のライフルやマシンガン、近接用の武装も装備されているはず。
試合前にコスト違反は確認されなかった。
つまり敵チームは、あの1機をエース機として仕上げたということ。
だがどう考えても悪手だ。
このゲームは、機体の装備というものは。闇雲に積めば良いというものではない。
大量の装備を手にすることで火力は跳ね上がるだろう。
しかし、あの機体はそれによって重量増加。それに伴う速度低下状態に陥っている。大型のスラスターを追加装備することで改善を図っているようだが……
「どう考えても機体バランスが滅茶苦茶。まとも動かせるはずがない」
もしもあの機体の目的が我々に動揺を誘うことが目的なのであれば。
それは十分に効果を発揮したと言ってもいい。そうでもなければ、この私が必要ない言葉を試合中に発するわけがない。
だが見た目だけのエース仕様の機体。
そんなものは敵にすらならない。場合によっては、優先すべき対象の順位を下げることもできる。敵チームはいったい何を考えて……
『さあ、パーティーの始まりだよ!』
エース機の背中から大量の放出されるミサイル。
ひとつひとつの大きさや火力は大したことはないが、素直にもらうのもバカらしい。牽制のつもりなのか不明だが、この程度の弾幕で怯む我々ではない。
チームに指示を飛ばして隊形を組み、迫り来るミサイル群を迎撃。
破裂が破裂を呼ぶ形で次々とミサイルは破壊されていく。が、
「――ッ、これは」
モニター越しにも確認できる無数の煌びやかな物体。
これはエネルギー系統の武装威力を弱めるチャフだ。
大型の多連装ミサイルパックの中身が全てチャフ。大人数対大人数の大規模バトルや拠点防衛戦のようなルールなら用いられることもあるが、ベーシックな3対3のバトルでこの選択をするとは。
……いや。
我々は天道学園のアドバト部。それ故に総合力を重視した機体や装備を選ぶ傾向が高い。弾速や威力に優れるエネルギー武装は基本的に持ち込むだろう。そう予測したのならあの機体の装備選択は間違っていない。
だが慌てる必要はない。
チャフの効果範囲はかなりの規模だ。
しかし、チャフがある空間でエネルギー武装で有効打を与えられないのはあちら側も同じ。見方を変えれば、今の我々は敵のエネルギー武装から守られているとも取れる。とはいえ……
「このままでは敵に有効打を与えられません。隊形を崩さず上空へ移動。チャフ効果範囲から離脱を計ります」
「「了解ッ!」」
『ダーメだよ』
動こうとした我々に飛来する無数の銃弾。
それを撃ち出しているのは、高速機動状態で接近中のエース機。
デタラメな機体バランス、それでいて高速機動状態でもあるというのにガトリング砲から撃ち出される銃弾は的確にこちらを捉えている。
ここまで見据えての実弾武装重視。
もしそうなら素直に賞賛を贈りたいとも思う。が、この程度で被弾するような我々ではない。
むしろ上空権を押さえていたエース機が突撃してきてくれたのだ。
機体のバランス的に考えて直進的な動きはともかく、旋回といった動きは苦手のはず。ならこの場をやり過ごせば我々が上空に……
『お、やるね。でも……!』
自分の目を疑った。
狙い通りにエース機をやり過ごすことに成功。その隙に上空へ移動しようとした直後だった。
敵のエース機は、ほとんど減速することなく後方へ振り返りながら上昇を開始。装備している武装をフル稼働状態へ移行。ガトリング砲にグレネード、大量のミサイルといった先ほど以上の実弾の雨を我々に撃ち出してきた。
「各機、散開ッ!」
敵機はたったの1機。
それもバランス度外視の重武装。それが速度を保ったまま立体機動を行い、複数の対象に向けて同時攻撃している。
それなのに……
どうして? 何故?
何でここまでの精密射撃を行うことが出来る。
あの機体を操っているのは遠野三日月? それとも財前シオン?
いや、そんなことどちらでも良い。問題にすべきはこちらが不利な状況に立たされているという現実のみ。
考えろ考えろ考えろ。まず我々は何をすべきか。
こちらのメイン武装はエネルギー系統。対してあちらは実弾重視、それも重火器の部類だ。チャフの影響下で戦っていては圧倒的に火力負けする。
まず行うべきは火力面のデメリットをなくすこと。そのためには
「僚機に告げます。隊形や連携は度外視で構いません。まずはチャフの影響下から各々離脱。離脱後、合流して敵エース機を迎え撃ちます」
「「了解ッ!」」
敵エースは誰かを固執して狙ってはいない。
大量の武装を用いて圧を掛けているだけだ。ならヘイトを分散させれば少しずつでもチャフの影響下から離れることは出来るはず。
とはいえ、私は部長でありこのチームのリーダーだ。
それにミサイル系統を装備している僚機と比べれば、取り回しに優れたマシンガンを装備している。
技量、装備共にこの場で最もエースと撃ち合えるのは私だ。
なら可能な限り自分にヘイトを集めながらチャフ外で逃げ切る。
「そっちじゃない。こっちを向きなさい」
『おっと!? 危ない危ない。あの動き……他より無駄がないし、部長さんかな』
「あなたの相手は私です。ついてきなさい」
『勝利を確実にするなら他から狙うべきだけど……せっかくのお誘いだし、乗らないのは部長さんに悪いよね』
本命と挑発混じりの射撃が功を奏したのか。
敵エース機は私にターゲットを絞ったようだ。あの大量の銃火器が自分ひとりに向くと考えると気分が重くなる。
が、分かった上でやったこと。
臆するな。闘志を燃やせ。
火力や推進力で負けていても小回りはこちらに分がある。やれる、やれるはずだ。多少被弾することになったとしても目的を完遂してみせる。
『部長さん、ちょっと逃げ腰過ぎない?』
「く……」
『デートに誘ってきたのはそっちなんだからさ。もう少し本気でボクの相手してよね!』
誇りはあった。でも驕っていたわけじゃない。
自信はあった。だけど相手を侮っていたわけじゃない。
なのに。それなのに……
迫り来る敵機から感じる圧。優れた操縦技術と射撃精度。
先週までの様子からして敵チームが正式に稼働し始めたのは数日前。休日の部活動が本格的な始動だったはず。
チームが組まれたから1ヵ月……いや1週間でも経過しているなら。
それならば、眼前に迫り来る重武装機を乗りこなせるのも理解できる。だが実際は数日、下手をすれば触れることが出来たのは1日程度の可能性すらある。
なのにどうしてそこまで乗りこなせる?
そんなアンバランスな機体を馴染みのある機体のように駆ることが出来るんだ。
「はぁ……はぁ……」
まずい。
思考の領域が目の前の情報を処理することだけで精一杯になりつつある。
僚機の位置確認に指揮、敵エース機以外の情報収集、武装の残弾数や推進剤の確認。処理しなけばならないことは山のようにある。
だが。
どんなに逃げようと。有効打を与えようと反撃しようと。
圧倒的な火力と機動性でこちらが追い込まれる。チャフの影響下から離脱することが出来ない。
チャフの効果が切れるまで粘る?
粘れるのか?
機体に掛かっているコストからして弾数や推進剤の量はこちらが劣る。同じだけ動き回り、撃ち合えば確実にこちらが先に空になる。
しかし、このエース機を振り払うのは悔しいが不可能。無視しようとすれば、一方的にハチの巣にされてしまう。
「なら僚機に……なっ!?」
回避行動を取った先に見えた巨大な影。
遮蔽の存在しないこのステージに。それもチャフの影響下に障害物なぞあるはずがない。
半ば強引にブースターの出力を上げて回避したそれは、私と同じように回避行動を取ったと思われる僚機の片割れ。
どうして?
少なくともエース機は私が抑えていた。僚機の邪魔をする動きはしていなかったはず。それなのにどうして僚機がチャフの影響下に戻るような動きを……
『本当に好き勝手動く奴だ。世話のし甲斐がある』
チャフの影響下から出ようとした僚機。
それを妨げるようにして撃ち込まれた高エネルギー弾。その威力と正確さに僚機は急制動を掛けてチャフの中へ戻る。
攻撃を仕掛けてきたのは、上空に鎮座している敵機。
それは高機動型アーマードール《トロンべ》。
高機動型の特徴は耐久力や積載量が低い代わりに他のタイプよりスピードに長けている。またこのタイプは優秀な専用武装を持つ機体が多く、操縦技術が優れたプレイヤーが扱えば高い戦闘力を発揮する。
先ほどの射撃はトロンべの持つ専用武装のひとつ《ハイエナジーライフル》によるもの。これはエネルギーを圧縮して放つ武装であるため、非常に破壊力が高く弾速も速い。薄いシールドで防ごうとすれば、その腕ごと粉砕される可能性すらある。
「操縦技術が用いられる機体であの高精度な射撃……」
加えて視認できる情報では、追加装備は確認出来ない。
であるならあのトロンべに乗っているのは、エース機と同じスカウト組。
油断できる相手ではないが、トロンべのライフルは高火力が故に高速連射は不可能。また一般的なエネルギーライフルと比較すると、1つの弾倉で撃てる弾数が少ない。射撃と射撃の隙間やリロードのタイミングを狙えば、チャフの影響下からの脱出は可能なはず。
『これはよそ見されちゃってる? そっちから誘ってきたのにそういうことするなんて傷ついちゃうなあ……なら他のふたりに遊んでも~らおッ!』
「――っ!?」
一瞬遅れる形でエース機の後を追う。
だが装備差によって生じる最高速度の違い。チャフの影響下における最大射程距離の差から僚機への射撃を許してしまう。
エース機の射撃に気づいた僚機は、ギリギリのタイミングで回避にすることはに成功。私が間に割って入るような形でエース機を牽制することで、こちらは隊形を組み直しつつエース機と距離を取ることに成功した。
まったく……神経を休ませる暇もない。
刹那の時間とはいえ気を抜いてしまった自分を戒めながら集中力を高め直す。
その直後――
「姫島部長、ずいぶん余裕がなさそうですね」
敵機が回線を開いて話しかけてきた。
その人物は、敵チームのリーダーである遠野三日月。私とは違って実に涼しげで余裕のある表情をしている。
「試合中に話しかけてくるとはマナーがなっていませんね。それともこれも我々を倒すための作戦なのでしょうか?」
「見ていて神経が擦り減っていそうだから休憩を設けただけですよ」
「それはずいぶんとお優しいことで」
本来なら悪態のひとつでも口にしたくなる。
が、目の前にいるエース機は警戒態勢ではあるものの動く素振りはない。
ここまで含めてこちらの神経を逆撫でし、判断力を鈍らせる作戦。そうとも考えられるが、余力のない状態にあっただけにこの時間がありがたくも思う。
自分自身ももちろんだが、僚機のことも考えれば彼との会話を長引かせるのもひとつの手かもしれない。
「感謝の言葉でも述べた方がよろしいですか?」
「いえ、それは結構。うちのエースがまだ遊び足りないようなので、あなた達には少しでも長く戦ってもらわないといけませんから」
やろうと思えばすぐにでもやれる。
そう解釈できる言葉だが……敵エースだけに振り回されているのも事実。
状況的に判断してトロンべに乗っているのが遠野くん。エース機が財前さんなのでしょう。
現状は財前さんのためか知りませんが、彼女だけに戦わせようとする意思が感じられる。
しかし、そこに遠野くんが本格的に介入してきたら。
後方に控えているであろう影下さんの援護も始まったら。
私達の部隊はいとも簡単に潰されてしまうかもしれない。
「余裕なのか驕りなのか。そこの判断はつきませんが、勝てそうな場面では押しておくのがリーダーとして正しい判断では? あとで後悔することになっても知りませんよ」
「あなた方がうちのエースを……シオンを倒せるのであれば、たとえ負けたとしても後悔することはありませんよ」
負けても後悔しない?
それは何故?
いや……今日に至るまでの彼らの行動。彼らがここに来た経緯。
それは才川先生が発端になっている。彼女がやろうとしていることを考えれば……
「優秀な部長さんなら少しは勘づいているんじゃありませんか?」
「…………」
「沈黙は肯定にも等しいですよ」
否定する材料を。否定するための理由を。
それを口に出させないように舞台を整えたのはあなただろうに。
「この際だからはっきりお伝えしましょう。部長さんを始め、この学校のプレイヤーはレベルが高い。強いか弱いかで言えば確実に強いと言える。しかし、外部から来た俺達から見ると今の強さで満足している節がある」
そんなことはない。
部員それぞれ自分自身に課題を見つけ、日々精進しながら更なる強さを追い求めている。
そのようにはっきりと口に出来るかと言えば……答えは否だ。
わざわざ強豪校に来たのだから一般と比べればやる気はある。強さを追い求めている。それは間違いない。
しかし、全員が全国大会の出場。
果ては優勝を明確に視野に入れて日々努力しているか。そこに関しては不明瞭だ。
部員数が多いだけに大会に選ばれるのは一握り。入学当時にはやる気や闘志に満ち溢れていても道中で心が折れてしまう者。自分の才能に見切りを付けて、上に行くことを諦めてしまう者は確実に存在するのだから。
「天道学園が絶対視している総合的な強さ。それは強さの指標として正しい強さだ。弱点がない。それ故にあらゆる状況に対応できる。だがその強さは……あなた方の強さは言い換えれば《下振れしない強さ》だ」
そうだ、そのとおりだ。
それの何が悪い。
下振れしないということはミスがないということ。ミスがないということは、格下相手に負けることがないということ。それの何がいけないと言うんだ。
そう他の部員なら反論するのだろう。
しかし、今目の当たりにしているように絶対的強者。
財前シオンのような自分達の想定を上回るエースがいる場合、すぐにチームとして崩壊はしなくても綻びは生じる。少しずつ窮地に追い込まれてしまう。
「ここ10年ほどの天道学園の負けた試合。そのデータを確信しましたが、試合に負けた理由……その8割以上が敵の絶対的エースに対応できなかったこと。これに帰結していた。これは部長であるあなたならご存知なのでは?」
知っている。知っていた。
でもだからといって私に何が出来る。
「絶対的エースという存在は、圧倒的な才能を持つ者しかなることが出来ません」
もしかすると。
この学校にも絶対的エースになれる素質がある者。その資質を有する者。
それらは存在するのでしょう。ですが
「仮にこの学校に居たとしても見つけるまでの労力、磨き上げるための時間が必要になります。今すぐに生み出せる存在ではない」
「でしょうね。だからこの学校は過去の栄光にすがり、改革を恐れ、総合的な強さだけを追い求めた。それに平行してエースの育成を行おうとはしなかった。その結果、全国大会に出場することは出来てもそれ以上の結果を残せなくなった」
事実だ。遠野三日月の言っていることは間違いようのない事実。
結果として。資料として。データとして。
この学校に残っている覆しようのない現実だ。
それでも……
「外部から来た人間が偉そうに……!」
「だから結果で示そうとしている。総合的に見れば歪になるかもしれない絶対的エースという基盤を軸にしたチーム。それを以って、この学校の掲げる指標や強さを体現したあなたのチームを倒す。それによって俺達はこの学校に意識の改革を起こす」
それが自分の存在価値。ここに来た理由。
そう言わんばかりの覇気が宿った言葉だ。
もしそうだとすれば……
この状況、ここに至るまでの過程全てが。
彼の思い描いたシナリオだったのだろうか。
いや……そこまで彼も完璧ではないだろう。しかし、これだけは言える。
私は、彼らが起こす改革のための人柱に選ばれたのだと。
この状況からでは……どんなに足掻いても彼らには……
「俯くな姫島カガリッ!」
「――っ!?」
反射的に下を向いていた視線が上がる。
モニターに映っているのは、先ほどまでと違ってイラつきのような感情が見える遠野くんの顔。
どうして彼は、こんな顔をしているのだろう?
彼からすれば、敵の大将である私の士気が落ちた方が都合の良いはずなのに。
「お前の心はこの程度のことで折れるのか。強豪校で部長を務める実力者がこんなことで諦めるのか。もしそうなら心底がっかりだ」
がっかり?
何ががっかりだ。
こちらの心を折るような真似をしてきたのはそちらだというのに。
勝手に人の実力を決めつけて。勝手に人に期待して。
「力を持っているあなたに……私の何が分かるというのですか」
「俺が力を持ってる? そう見えるのならそれはお前の努力不足だ」
努力不足? 私が?
「今の言葉……侮辱と解釈しても?」
「侮辱? いやただの事実だ。俺からすればお前のただの努力不足。才能はシオンには及ばなくとも……俺のような凡人と比べれば天才だと言える領域のものを持っている」
天才。
その言葉は馴染みがある。幼少の頃から何度もその言葉で賞賛された。
凜姉さんのようになりたいと思っていた私にとって喜びを感じれる言葉だった。
しかし、現実はどうだ。
目の前のエース機には私以上に天才という言葉がふさわしいプレイヤーが存在している。それと完璧に連携を取ってくる隊長機が居る。
その隊長機に乗る人間は、自分のことを凡人だと語り、私に対して努力不足だと言っている。
「あなたが凡人なのだとしたら……あなたの良いようにされている私は何だと言うのですか。凡人に屈する人間が天才だと本気で言っているのですか? そちらの物差しが絶対的に正しいとそう言いたいのですか!」
遠野三日月、あなたはいったい何がしたい。
あなたの目的は、この学校の意識を改革すること。そのための生贄として私を選んだはずだ。
それなのにどうして助けるような真似をする。
エースを……財前シオンを満足させるため?
そのためだけに勝てる試合に不確定要素を持ち込もうとしている?
ダメだ。理解できない。合理的じゃない。
「いや……だが今の問答については俺が正しい。それだけははっきり言える。姫島カガリ、あなたは努力不足だ。その証拠に試合前に見えたあなたの手は、実に女性らしい綺麗な手だったよ」
ふざけるな。
そう言いたかった。
でも言えなかった。
何故なら脳裏に過ぎってしまった。過去に凜姉さんから言われた一言が。
『カガリ……お前の手は綺麗だな』
素直に褒めてくれているのだと。
そう思っていた。そうとしか思えていなかった。
だが今視界に映っている自分の手。過去に見て触れた凜姉さんの手。
それを比較するとどうだ。
凜姉さんの手は、操縦桿に触れる場所にタコやマメが出来ていた。プロ時代なんかは男性の手のようにゴツゴツしていた。
努力しているはずだった。努力してきたはずだった。
けれど……私の手は、本当に努力をしてきた者の手か?
こんなにも女性らしくて綺麗なままの手が。
「……まあ、どうこう言ったところで今すぐ何かが起こるわけじゃない。それにうちのエースもそろそろ我慢できないみたいだ」
「…………」
「だから最後にひとつだけ。もしもあなたの心がまだ折れていないのなら。財前シオンという敵を前にして、まだ戦えるというのなら。試合中くらい《部長としての姫島カガリ》っていう仮面は外した方が良い」
部長としての仮面。
試合前の会話だけで見透かされた?
それとも私の過去。この学校に入る前の試合を見たことがある?
いえ……どちらでも良い。
今大切なのは眼前の敵を打ち倒すこと。
それに必要なのは規則正しい戦い方。お行儀の良い試合運びではない。
私の持てる力全て……姫島篝という人間の全てを用いて戦う。そのためには
「……各機、及びオペレーター」
この試合が終わった時、私を蔑む者がいるかもしれない。
責任の放棄。天道学園の部長としてふさわしくない。
そのように思う者がいるかもしれない。
でも、それでも。
「私はこれより全身全霊で敵エースの排除に当たります。敵は格上、ほぼ間違いなくあなた方に指示を出す余裕はないでしょう」
私はアドバトプレイヤーだ。
強くありたい、と。強くなりたい、と。
そう常に心を燃やしているひとりのプレイヤーだ。
ならば強者との戦いに心が躍らないわけがない。自分の力がどれほど通用するのは試してみたい。今日の戦いは、きっと今後の私の糧になる。だから
「不甲斐ない私を許してください。ですが私は勝ちに行きます。最後まで諦めるつもりはありません!」
防戦したら勝機はない。
チャフの影響を受ける今の空間では、エネルギーライフルは役に立たない。
攻めろ。攻め続けろ。
勝機は攻めた先に。前に進まなければ見えてこない。
覚悟を決めるために盾を放り捨て、両手にマシンガンを構える。
「財前シオン……姫島篝、推して参ります!」
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