第7話 「さあ、勝負の始まりです!」

 遠野三日月、そして財前シオン。

 天道学園のOBにして、数年前までアドバトのプロとして活躍していた現顧問である才川先生がスカウトしてきた同年代のアドバトプレイヤー。

 凜姉さんが言っていたように過去を調べてみても大会などで活躍した実績は確認できなかった。

 だがあの才川凜華が……凜姉さんが直接スカウトへ赴いた人間達だ。

 大会などの実績がなくとも能力を劣っていると決めつけるわけにはいかない。

 いや、劣っているはずがない。

 閲覧できるデータからは先日のテストで彼らが私と同等またはそれ以上の結果を残しているのは明らか。

 部員の中には、初日の挨拶のせいで悪い印象を持った者も多い。

 それ故にあのふたりに関して懐疑的であり否定的だ。


「しかし……」


 私は小さい頃から才川凜華という女性を知っている。

 当然だ。私は才川凜華の親戚。幼少の頃から彼女とは交流があり、彼女に憧れ、彼女のようになりたいと努力してきた。

 だからこそ、はっきりと言える。

 凜姉さんが試験や勝負事において私情を挟むことはない。

 ならば必然的に遠野三日月と財前シオンのテスト結果は、彼らが叩き出した本物であり、その結果は疑いようもない実力を示しているということになる。

 いや……そもそも、こんなことを考えるまでもない。


『カガリ……来年部長を務めるであろうお前には先に伝えておこう』

『その言い方からして何かされるおつもりですか?』

『ふ、察しが良いな。いいかカガリ、私は来年この学校に……ここのアドバト部に改革を起こす』

『悪い顔でそんなことを言っていては誤解されますよ。具体的にどんな改革を?』

『それはまだ秘密だ。改革を行うための準備が完了出来なければ実行にも移せない話だからな。だから楽しみに待っていろ。きっとお前にとっても良い刺激になる』


 年が明ける前から凜姉さんはこう言っていたのだ。

 つまり遠野三日月と財前シオンが凜姉さんにとって必要だった準備。改革に必要だった人物。

 血の繋がりや憧れといった個人的贔屓の視点を抜きにしても、だ。

 全国大会優勝経験だけでなく、プロチームに所属していた人間が一目置いている存在なのだ。テストの結果など関係なく光るものが確実にある。

 とはいえ……


「……面白くない」


 周囲に人の目があるなら確実に漏らさない言葉。

 だが今は争奪戦開始の数分前。

 ミーティングを終わらせた後、チームメンバーには集中したいからと開始直前までひとりにして欲しいと頼んである。

 だからこそ、普段は胸の内に押さえ込んでいるものを。

 冷静沈着で淑女的な《部長である姫島篝》を演じる必要はない。感情が漏れてしまっても問題ない。


「ふふ……思い返しても本当に面白くない」


 憧れの人物である凜姉さんが贔屓している人間。

 それが遠野三日月と財前シオンに向ける私の感情だった。

 客観的に見れば大好きな姉が自分ではなく、友人や別の親戚を優先していることに嫉妬している。そんな幼稚な感情。

 でもだからこそ、あのふたりが入学してからの会話でも


『カガリ、あのふたりに対してどう思う?』

『どう、とは?』

『難しい意味はない。お前にはあいつらの存在を匂わせていた。実際に会ってみてどう感じたか。それが聞きたいだけだ』

『別にどうも……我の強いプレイヤーというのはどこにでもいますから』


 このように理性でコントロールすることが出来た。汚い言葉を用いるような攻撃的な態度を取ることはなかった。

 だが……つい先ほどの


『こちらは宣戦布告した身なのでそちらにお任せします』


 この発言で理性が緩んだ。

 彼らにもここに来た目的がある。そのために宣戦布告される。それはルール的にも立場的にも考えて何も問題はない。筋が通っている。

 しかし、緊張の欠片もなく。下手に出る素振りもなく。

 ただ自然に、あるがままに。

 自分達が勝利するから問題ない、と言わんばかりに物事の優先権をこちらに譲渡するあの発言。あれだけは許せない。闘争心に着いた火を消すことが出来ない。


「私には……」


 凜姉さんに憧れて積み上げてきた努力。

 幼少の頃から大会で残してきた実績。

 強豪校で1年生の頃から学校代表チームの一員として参加していた経験。

 そして何より……今は部長としてトップに君臨しているプライドがある。


「……負けません」


 彼らの勝利が凜姉さんが望んでいた改革なのだとしても。

 討論ではなく、アドバトでのバトルという手段になってしまった以上。

 私もアドバトプレイヤーとして譲れないものがある。

 誰かのために勝利を譲る。敗北を認める。否、断じて否。

 そんなことを許容は出来ない。


『部長、もうすぐ開始時間です』


 ノックの後に聞こえたチームメイトの声。

 それに返事した私は、再び部長としての仮面を被って外に出る。

 問題ない。完璧なはずだ。

 そう思う一方で胸の内の渦巻く闘争心が表に出ていないか。顔や視線に現れ、無関係の人間に向けられていないか。ほんの少し不安になる。

 それくらい私の感情は昂っている。

 争奪戦用に貸し切り状態となっている練習棟の一角。

 向かい側には対戦相手であるチーム6。


「や、やややばいです……トトトトイレに行ってきても」

「ダメよ。もう開始時間なんだから。エータちゃんに緊張するなとは言えないけど、覚悟を決めなさい」


 代表チーム選抜戦に関わる人物で唯一の1年生である影下太陽。

 射撃能力では高い評価を獲得しているが、他の部分では平均より劣る。

 一部とはいえ私の目から見ても光るものはある。来年を見据えて後輩に経験を積ませるのも理解できる。

 しかし、現状では悪手だ。

 彼女は自分自身に自信が持てていない気弱な性格だ。それはテスト結果からしてもプレイ中もそう変わることはないだろう。

 ならメカニック担当として参加しているレオさんをプレイヤーとして起用する。

 その方が現在の戦力としては総合的に上になるはずだ。

 この采配は遠野くんの判断なのでしょうが、実に合理的ではない。


「水上さん」

「何?」

「ミーティングの時から炭酸飲料がぶ飲みしてるけど、試合中にゲップして笑わせないでね」

「出そうになったらミュートにするから大丈夫。というか、あたしのゲップ如きで支障が出るなら集中力が足りないと思うわ」


 水上さんはいつもどおり。

 何でもそつなくこなすし、言われたことはやってくれる。だけどやる気が感じられない。感情が表に見えない。

 とはいえ、オペレーターに最も必要なのは情報を冷静かつ的確にプレイヤー達に伝えること。

 そういう意味では、あちらのチームのオペレーターは問題なく機能するだろう。


「ねぇミカヅキ、水上さんって割とボクに対して辛辣じゃない?」

「棘の鋭さはともかく、俺にだって上げて落とすような発言するし誰に対してもあんな感じだろ」

「それもそっか。まあボク、女の子から強い言葉浴びせられるの嫌いじゃないから別に良いんだけど。むしろご褒美なんだけど」

「公共の場で性癖をカミングアウトするな」

「でも1番はミカヅキから冷たくされることだったり?」

「オーケー、お前とは友達やめるわ」

「あはは、ごめんって。冗談だって。だから怒んないでよミカヅキ」


 …………。

 遠野くんと財前さんの関係は詳しく知らない。

 が、仲睦まじい関係なのはたった数日とはいえ見ていて理解できる。

 しかし、負けたらメンバーが奪われるかもしれない試合前だというのに。

 緊張感皆無。それどころか、人前でベタベタ触れ合うなど……

 分からない。理解できない。

 どうして財前さんは、ああも簡単に異性に密着することが出来るのか。

 おふたりが現段階で恋人関係にあるなら理解できる。だが耳に入ってきた情報ではそういう関係にはないらしい。

 ならば何故?

 恋人関係ではないが婚約は結ばれている?

 それとも財前さんに異性への意識が存在していない?

 はたまた遠野くんが身近な存在過ぎて殿方として扱われていない?


「試合前だぞ。じゃれついて来るな」

「別に良いじゃん。減るものでもないし」

「減るものがなくてもうちのチームに対するマイナスな感情が増えるだろ。その証拠に敵チームの皆さん、バチバチに俺達を睨んでいる」


 スポーツマンらしくない振る舞いをしている自覚はあるようで何より。

 ただ……私は別にあなた方に対して睨んだりはしていません。

 あなた方の関係についてあれこれ考えはしましたが、別に「リア充爆発しろ」といった嫉妬めいた感情は一切合切持ち合わせてはいませんでした。

 そこだけはお間違いのないように。


「フ……」


 凜姉さん、いえ才川先生。

 どうして偶然私と目が合っただけだというのに笑いをこぼしたのでしょうか。

 もしや自分勝手に私の感情を捏造し、私が彼らの関係を羨んでいる。そんなバカなことを考えたりされたのでしょうか?

 もしそうでしたら見当違いもいいところです。

 彼らは私にとって倒すべき敵。今はそれ以上でもそれ以下でもありません。


「……そろそろ時間だ。双方、準備は出来ているな?」

「「「「はいッ!」」」」

「よし。ではまずメカニック担当、こちらに自軍のデータを送信しろ」


 アドバトに興味がない人はいないでしょう。

 が、開始時間までの繋ぎとして補足致します。

 アドバトは機体や装備に掛けられるコストが決まっており、その最大値は大会ごとに異なります。

 我々が最も関係するコスト帯は600または800。

 主に600コストは全国大会の出場権を掛けた地区や都道府県での大会、800コストは全国大会で使われることが多いです。

 プロレベルになるとゲーム上最大である900コストが使われることもありますが、今の我々には関係のない話。気にする必要はないでしょう。

 話を戻しますが、まずこの最大コストが守られていなければ即失格。

 また不正防止のためにメカニック担当として申請された人間しか大会では、プレイヤー達のデバイスに触れて作業することは許されていません。

 試合に用いられるステージは当日の試合開始数十分前に告知されることが多く、プレイヤー達の機体や装備構成をステージに合わせて最適化出来るか。それがメカニック担当の腕前になります。


「両チーム、問題はないようだな。ならばチームの代表プレイヤー3名はコクピットマシンに着席し、デバイスをセットしろ。分かっていると思うが、デバイスの取り間違いには最大の注意を払え」


 プレイヤーが一度コクピットマシンに座った場合、体調不良での交代や試合自体を棄権する場合、コクピットマシン自体に問題が生じている場合を除いてコクピットマシンから離れることは許されない。

 またコクピットマシンはカプセル型になっており、起動後は密閉されてチームでの会話は通信越しになる。

 これらの理由からデバイスを間違ってしまった場合、自身に最適化されていない機体で戦わなければならなくなる。

 不正の防止やトラブル発生の際の容疑者を特定しやすくするためとはいえ、ここまでやらなくても……

 そう口にする者も世の中には居る。

 が、そもそもが気を付けていれば起こらない問題。起こってしまうのは気が抜けている証拠。自分達のミスが原因で大会の進行を妨げるなどあってはならない。


「デバイスをセット。コクピットの起動を確認……」


 機体及び装備のデータ構成問題なし。

 モニター映像、通信機器共に良好。

 コントローラーにトラブルも確認出来ず。


「僚機、コクピットに問題はありませんか?」

「ありません!」「大丈夫です」

「よろしい。オペレーター」

「こちらも問題ありません」

「分かりました」


 ならば後は始まりの合図を待つだけ。

 ただ、ここで待つだけというのも時間の無駄だ。この時間にも出来ることはある。


「おそらく……」


 敵チームの構成は、遠野くんと財前さん。

 スカウト組2名にコストを偏らせた2トップの確率が高い。

 また我々と比べて能力も劣り、かつ強い緊張状態にある1年生の影下さんには大役は任せられないはず。

 なら彼女には、射撃武装主体の低コスト機体で支援行動をさせるのが無難。ここに関しては、さすがの遠野くんも合理的な判断をしているはず。

 対するこちらは機体は汎用型アーマードール《コガラシ》。耐久力、速度、積載量などバランスに優れたものを採用。装備構成はエネルギーライフルにエネルギーブレードを主軸にシールド、そして実弾武装としてマシンガンやミサイルポットを採用している。

 今回用いられる600コストで考えれば、あらゆる状況下に対応しやすいコストをほぼ均等に割り振った総合力重視の構成。どのような作戦にも陣形を大きく崩される可能性は低い。


「彼らの能力を私と同等またはそれ付近を考えた場合、私だけで抑えるのは困難。しかし、逆に考えればそれだけ戦闘の展開は早くなる」


 となれば、1年の影下さんが戦闘のテンポに付いて来るのは難しい。

 だがこちらの僚機は、完璧に付いて来るのは難しくても大きく遅れることはない。

 試合の展開が早くなれば、実質は3対2。

 数的有利な状況で戦闘を行えるなら勝機は十分にある。

 大会で用いられるリーダー機の破壊で勝利となるフラッグルール。それが争奪戦でも用いられるならより勝率を高いものにできますが……

 現状のルールでも実質スカウト組のどちらかを落とせれば勝利が決まるようなもの。なら耐えるべきところは耐え、仕留めれるタイミングが来れば確実に仕留める。そのように手堅く戦うのがベスト。


「両チームからのトラブル報告はなし。よって試合開始のカウントダウンに移行する」


 コクピットのモニターにカウントが表示され、機械的アナウンスと同時にゼロへ近づいていく。

 小さく息を吐き、集中力を正す。

 カウントゼロと共にスラスターの出力を高め、ハッチを進む形でVR空間へと飛び出していく。

 今回のステージは、平地の荒野。

 遮蔽となるものがほぼ存在せず、自身を守れるのは自身と仲間のみ。機体性能が同じなら操縦技術が高い方が勝つと言われるプレイヤーの実力が問われるステージだ。


「さあ、勝負の始まりです!」



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