第5話 「好きだよ」
本日より俺達のチームとしての活動が始まる。
まずは軽めに自己紹介、そこから今後のことを話す予定……なのだが。
チームワークのチの字もないチームなだけに。
連帯感のない空気がミーティングルームには流れている。
具体的に言えば……
「…………」
オペレーター担当の水上境子は、黙々と読書の真っ最中。
クールというよりは無表情。何を考えているのか分からない……というよりも他人に興味がない。そんな顔をいつもしていらっしゃる。
クラスでも上位に入りそうな顔立ちをしており、スタイルだって悪くない。
でも多分感情の見えなさで損をしている。そう思えてしまうタイプだ。
性格は先日も話したようにアドバドに関しては打算的で現実主義なところがある。
まあそのおかげでこのチームに入っていただけたわけですが。
「……ぅ…………う」
このチームで唯一の1年生。
というか、おそらく全チームで唯一のAクラス以外から招集された部員。それでいて繰り返しになるが1年生。
長身ながら気弱な性格をしている影下太陽は、緊張のせいかガチゴチに固まっている。
ただ先ほどから吐きそうにも見えるのは俺の気のせいだろうか。
是非とも気のせいであって欲しい。
まあこのチームの良心であり、世話焼きポジション担当になるであろうレオが傍についてくれているので大丈夫だろう。
問題なのは……
「ミカヅキ、そろそろ時間だけど。あの子はどこにいるのかしら?」
あの子。
それが誰か皆さんは分かりますか? 分かりますよね?
そうです。うちのチームの絶対的エース(予定)にして、このチームの前評判をすこぶる悪くした財前シオンさんのことです。
「俺が知っていると思うか?」
「その言い方からして知らないのね。今日はまだ良いとしても……今後のことを考えたら関係的にも立場的にもあなたが手綱を握ってくれないと困るわ」
そうですね。ほんますいません。
昨日のうちに今日のことはちゃんと連絡していたんです。
でも待ち合わせの時間の5分前になっても姿を現していない。
シオンさんがいなくても話を進めることは出来ます。
が、こういうのって最初が肝心だと思うんだよね。
必要以上に仲良くしなくても良いとは思うけど、最低限の交流は必要。だから自身の欲求に負けずに行動して欲しい。
「……自由なチームね」
読書中だった水上さんが本音をポロリ。
直接的にクソだと言われないあたりが絶妙に辛い。
「現実を噛み締められる皮肉をありがとう。本当にすいません」
「別に怒ってないから。規律とかでガチガチなチームの方が嫌だし。あたしはこれくらい緩い方が助かる」
「水上……」
「……どうせあの子関係で責任追及されるの遠野だろうし」
この人にとっては個人的な感想なんだろうけど。
それでも上げてから落とすような流れにしなくて良いじゃん。
区切らずにまとめて言ってくれれば良いじゃん。
その方が俺のメンタルは削られなかった。
なんて思っていたらミーティングルームの扉が開いた。
「ギリギリセェェェェェェフッ!」
現れたのはもちろんシオンさん。
集合時間に間に合ってくれたことは嬉しい限りなのだが……
どうしてシオンは両手に大きな袋を持っている?
こいつはいったい何をこの場に持ってきたんだ。
「遅いわよシオンちゃん」
「いや~ごめんごめん。お菓子やジュースを買ってたら遅くなっちゃって」
「おいシオン……俺は今日ここでパーティーをするとお前に伝えたか?」
「チームの顔合わせあるから送れずに来いよ、程度にしか言われてないけど?」
なら何でお菓子とジュースが必要になるねん。
いやまあ、多少なら俺も目は瞑るよ。人となりを知るためにも練習だけでなく、お喋りする時間も必要だとは思うから。
でもどこからどう見ても買ってきた量がパーティーのそれ。
そんな大量のお菓子とジュース、どうやって消化するつもりなんだよ。持ち帰るとかなったら絶対に手伝えって言われるやつじゃん。
「ささ、気を取り直して。みんな、ジュース好きなもの取ってよ。お菓子は適当に自分の好きなのから食べちゃって」
「あ、あの……おおおお金を!」
「お金は徴収しません! ボクのおごりです!」
ですよね。
何の相談もなく自己判断で買ってきたのにお金を集められる、とかなったらおかしな話。徴収するとか言い出してたら本気でお説教してたわ。
なんて考えている間にチームメンバーは各々ジュースを手に取っていく。
俺も流れに乗って物色しようと身を乗り出そうとすると……
「はいミカヅキ」
満面の笑みのシオンさんにコーヒー牛乳を渡されてしまった。
いやまあ、別にコーヒー牛乳嫌いじゃないんだけど。むしろ好きな方ではあるんだけど。
ただそれでも言っておきたい。
「何で俺だけお前セレクション?」
他の奴には好きなもの選ばせてたじゃん。
ここって個性が発揮できる場所というか自分というものをチームメンバーに知ってもらえるチャンスだよね。
美意識高そうな長身マッスルオネェのレオが練乳たっぷり入ったイチゴミルク選んでたり、ジュースを飲みたそうな素振りは見せたけど結果的にお茶を選んだ影下とかだったり。あっさりとしたものを好みそうな水上が意外にもコーラを選んだりさ。
俺も俺という人間を知ってもらうために俺が選ぶべきだったのでは?
と言いたいことはたくさんあるわけですが……
「ボクが飲みたい気分だったから」
それが俺に何の関係が?
「感性を分かち合いたいからミカヅキにも飲んで欲しくて」
……あぁはい、そうですか。
こいつのこういうところに対して本気になるだけ無駄というか、時間を浪費するだけ。なのでここは気持ちを呑み込むのが正解。
「「「…………………」」」
何なの君達?
具体的に言えば……
興奮気味に目をキラキラしている影下。
ニヤニヤフェイスのレオ。
視線だけはがっつりとこちらを向いている水上。
「言いたいことがあるなら言ってくれ。潔く相手になってやる」
「アタシは別にないわよ。今日も仲良しねって思っただけ」
「あたしも気にしていない。場合によっては飲み物を甘くないものに変えようか考えただけだから」
レオに関しては、内心で自分の都合の良いように考えていそうで不愉快だ。
それを隠そうともせず、むしろ見せつけてくるような笑みを浮かべているだけに心底腹が立つ。
水上は……関係性的に強い言葉が使いたくない。
が、俺とシオンの関係を青春感溢れるものだと思っている気がする。それだけに訂正しておきたい。
「お……おおおおふたりはそ、そういうご関係なのでしょうか!」
影下、お前って素直というか堪え性がないね。
言うだろうとは思っていたけど、もう少し待つことは出来ませんでした?
個人的には水上の対応をしてからお前さんの相手をしたかったんだけど。
「そういう関係? ミカヅキ、それってどういう関係?」
どういう関係も何も今までに似たようなことは何度も言われ……
「おい」
「うん?」
「何でお前はこのタイミングで抱き着いてくる?」
正確には。
抱き着いているというよりは、俺の両肩に腕を乗せて休んでいる。
それが正しい表現ではあるんだろうが……
はたから見た場合、頬が触れ合うような距離で駄弁っているようにしか見えん。
「何でと言われても……そこにミカヅキが居たから?」
「お前しか答えが分からないのに疑問形で返すな。というか、影下さんの質問を理解したうえでやってるだろ?」
「それは否定しない」
堂々と認めるあたりマジでムカつく野郎だ。
こいつが女じゃなかったら絶対に物理的ダメージを与えている。
女に生まれたことに感謝しろよ。
それと……発育順調なお胸の感触を楽しませるように押し付けてくるのやめろ。
俺も男だ。いくらお前が相手でももうひとりの自分が覚醒しかねん。今の状況でそれは不味い。覚醒状態が露見したら俺の信用にも関わる。
「だったら誤解されるような言動は慎め」
「それも無理。ボクはボクらしく生きたい」
「俺との距離感を変えるだけだろ」
「それが嫌というか気持ち悪いんじゃん。子供の頃からこういう距離感でやってきて今に至るんだから」
いやまあ、それはそうなんだけど。
「というか、ボクとミカヅキの関係って特殊だし。口で説明するより見てもらって理解を深めてもらう方が早いんじゃないかな?」
一理なくもない。
俺がどう足掻いてもこのシオンという女は生き様を変えないだろう。
なら俺とシオンはこうなんだ、と理解してもらう方がこちらの労力は少ない気がする。
ただ……
それって理解されるというよりも慣れで感情が動きづらくなるだけじゃね?
「……だとしてもこれだけははっきり伝えておくべきだ。俺とお前は恋人関係では」
「ないね。告白した覚えもなければ、された覚えもないし」
よし。
ここまでこの自分に素直な生き物がはっきり言えば周囲だって……
その距離感でそれはおかしいだろ。
そう言いたげな視線を向けられてしまっている。
いやまあ、うん、分かるよ。分かるんだけどさ。
俺もそっちの立場だったら多分どころか絶対に似たようなこと考える。
でもこれが事実だから。疑いようのない現実だから!
「感情に整理を付けるためにいくつか質問いいかしら?」
「いいよ」
「付き合ってないということはキスとかはもちろんしてないのよね?」
このオネェ、平然とした顔でなかなかにぶっこんだ質問をしやがる。
誤解をされないためにも。誤解を生まないためにもそれくらい答えてやるけど。
しかし……
露骨に男女関係に興味深々だった影下はともかく。
水上……お前も意外と恋愛事に興味あるんだな。
明らかに視線が本よりも俺達に向いているし。何なら本を閉じて置こうとする素振りまで見える。お前も年頃の女子ということか。
「ご期待に沿えず申し訳ないけど、これまでに一度としてボクの唇はミカヅキの唇に触れてないよ」
何で謝罪が必要なんだよ。
その謝罪って必要ある? 俺達がこいつらのご期待に応える必要ってあるかな?
それと単純にしてないって言うだけでいいんだよ。どうして唇とかちょっと生々しい言い方をするんだ。バカなのかお前は。
「ボク達は子供の頃から二次元に触れ、数多のラッキースケベな主人公を参考にして生きてきたというのに……ボクとミカヅキとの間にはそういった事象が何ひとつ起きない。起きていない。どうしてなんだ!」
どうしても何も普通に生活してたらそういう事故は起きねぇよ!
「ミカヅキ、どうして君はボクを押し倒したりしない?」
「どうして俺が彼女でもないお前を押し倒さないといけない?」
「君はそれでも男か? 思春期の男の子なのか。普通は身近に女の子がいたら間違いのひとつやふたつ起こるだろ!」
起こらねぇよ!
全国の幼馴染である男女は絶対に結ばれているか? いないよな!
それが答えだ。真実だ。
「財前に魅力がないんじゃない?」
「グハッ……!?」
盛大にボディブローを食らったかのように身体の曲がるシオンさん。
片膝を着きながら口元をぬぐう姿はバトルもののそれだ。
「み、水上さん……君はさらりと人が見たくないことを言うんだね。さすがのボクでも初絡みの相手に言われると堪えるものがあるよ」
「ごめん。でもあたしから見て財前は美人だし、スタイルも良い。正直に言えば、女として嫉妬するレベル」
「それはどうもありがとう」
「でも遠野は微塵も財前になびいてない。照れのひとつさえない。遠野が普通に異性が好きな場合、現状で導かれる答えは『遠野は財前を女として見ていない』ということになる」
「グベラッ!?」
シオンさん、水上の言葉に今度は壁まで吹き飛んでいく。
芸人というわけでもない。演劇というわけでもない。それなのにここまで身体を張るのは何のためなのか。
まあ…‥シオンという人間を理解してもらうにはちょうど良い。その観点で言えば今の状況に問題はない。
「バ、バカな……このボク、財前シオンが幼少の頃から苦楽を共にしてきたミカヅキに女として見られていない? そんなバカなことがあるわけ……!」
四つん這いの状態でこっちを見るんじゃありません。
シオンに誘導されたのか、純粋に興味があるのか知らないけど。周りの連中も俺に視線を集めるんじゃない。
「女としては見てるだろ」
じゃなきゃシオンをぶん殴りたいと心底思った時。
それくらいイラついた時に自分を抑えられなかっただろうし。
「なら手を出せよ! 物の弾みでおっぱいくらい揉んでみろよ!」
「ここはハーレムが許される異世界でもなければ、ラッキースケベが頻繁に起こるラブコメ現実でもない。そういうことをしていいのは段階や手順を踏んだり、互いの合意があった時だけだ」
お願い。そろそろ引き下がって。
これ以上盛り上がるのは誰のためにもならないから。
いや、ほんと、マジで。
頼むから「ボクはミカヅキにならされてもいいって言ってるよね?」みたいな爆弾だけは投下しないで。
ここ学校だから。チームメンバーが揃っているミーティングルームだから。
盛大にふざけるのは俺達ふたりだけの時にして。
もっとチームメンバーが財前シオンという人間を理解してからにして。
「あ、あの!」
ここでまさかの影下太陽。
今まで顔を真っ赤にしながら聞いていたのに平常時の顔色に戻って元気良く挙手。
こいつはこいつで何を言うか分からないだけに気が抜けない。
「ざ、財前先輩は遠野先輩のことす、好きなんでしょうか?」
ド直球かつシンプルな質問をいただきました。
まあそうですね。自分に何で手を出さないんだ、とかシオンさんは言ってたもんね。そういう風に考えるのも仕方がない。
「好きだよ」
当たり前じゃん。
と言いたげな平然とした顔である。シオンさんに照れなんて感情は微塵もない。
「それはラブ的な意味ですよね!」
「ラブ的な領域に入ってはないかな」
「ええぇッ!? 先輩の感性どうなってるんですか? ラブな領域でもないのに自分の胸を揉ませるとか、先輩は爽やか美人のくせに性欲過多なビッチなんですか!」
この1年、普段は気弱そうなのに感情が昂ると遠慮や慎みが一切ない。
でも俺はお前の味方をしよう。よく言った。もっとこのバカに現実を叩きつけてくれ。
「人を変態のように言わないで欲しいな。ボクがキスとかパイタッチを受け入れられるのは今のところミカヅキだけ。ミカヅキ以外にああいった発言はしてないよ」
「だったら何でラブじゃないんですか! それはもうラブであるべきです!」
だよね。
俺もラブな意味で好意を向けてくれているのなら素直に受け入れられるんだけど。
「そうかな?」
「そうです!」
「別に恋愛的な意味で好きでもないのに試しで付き合う人がいる世の中なのに?」
「そ、それは」
「恋愛関係は重いから身体だけのラフな関係を望む人だって世の中にはいるのに?」
学生らしくない発言ではあるが否定できるものでもないだけに影下沈黙。
それだけなくピンクな妄想までしたのか再度お顔が真っ赤である。
彼女もお年頃なだけに仕方がない。
むしろ平然と身体だけの関係だとか言えてしまうシオンさんの方がおかしい。
「……ふと思ったんだけど。ミカヅキがボクに手を出さないからいつまでもボクも煮え切らないというか、好意の意味合いがライクのままなのでは?」
「人に責任転嫁するな。こっちからしたらお前の好意の意味合いがいつまでも友人の枠を出ないから手を出さないんだろうが」
「手を出せば変わるかもしれないじゃん」
「プラスにじゃなくてマイナスに変わる可能性もあるだろ」
「そうやってすぐにボクとの関係を大切にしてます感のある言葉を口にして。このヘタレミカヅキ」
何でそこで罵倒が出るんだよ。
確かに据え膳食わぬは男の恥みたいな言葉はある。しかし、それは相手方が本気である場合に限るだろ。
何で「どっか遊び行こうぜ」くらいの感覚で胸を揉めだの言ってくる奴の要望に応えないといけないんだ。どうして俺がシオンにラブ的な好意を抱いているわけでもないのにヘタレと言われないといけないんだ。
これって俺が悪いのか? 違うよな?
「はいはい、そこまで。これ以上はチームとしての時間が無駄よ」
「で、でも……ああのおふたりの関係は見ていてモヤモヤというか、何とも言えない気持ちになります」
「そうね。それは否定しないわ。でもどういう関係でありたいのかは当人達の問題。外野であるアタシ達がどうこう出来る問題じゃない……というか、知り合って間もないアタシ達があれこれ言ってどうにかなるなら現状でこんな関係にはなっていないと思うわ」
それはそうですね。
前の学校のフレンズとか小中学校時代のフレンズにもあれこれ言われました。
でも俺とシオンの関係は変わりませんでした。今のままです。
なのでレオさんの発言は実に正しい。
「だから今のアタシ達はミカヅキとシオンちゃんはこういう関係なんだって受け入れるしかない」
「そう……ですね」
「もう、落ち込まないで。ようは考え様よ」
「考え?」
「そう。だってこれからもこの子達がこのままの関係とは限らないわ。ある日突然ラブな気持ちに目覚めるかもしれないし、アタシ達がその手助けをしちゃうかもしれない。だからアタシ達は身近にラブコメキャラが出来たと思って楽しめばいいの!」
味方するフリしてとんでもない爆弾を投下しやがった。
そのせいで……
気弱系後輩は、目をキラキラと輝かせながら興奮気味。無表情系文学少女も俺とシオンを見ながらあれこれ考えているご様子。
シオンだけならまだしも俺はおもちゃにされて嬉しいと思う変態じゃないぞ。
「というわけでリーダーさん、チームのミーティングを始ましょう」
このオネェ、このチームの良心なのに癖が強い。
まあ癖が強いのはオネェだけでなく全員だけども。
俺、このチームでやっていけるかな?
いや、やっていくしかないよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます