第3話 「ある意味でシオンちゃんと同類ね」

 あれから数日。

 予想通り俺はリーダー権を与えられ……正確にはシオンに笑顔で押し付けられ、チームの隊長を務めることになった。

 俺とシオンは組むことを義務付けられているため、必然的に彼女が副隊長。チームにとってのサブリーダーを務める。

 だがシオンは先日に何の迷いもなく、身内に負けるのはザコ。負けてもいいと思ってる奴が全国で優勝できるわけがない。

 そう解釈されてもおかしくない発言をしてしまっただけにチームリーダーである俺は、1軍メンバーの大半から針の筵状態。スカウトされて転校してきたのにため息が出そうになる学園生活を送っている。

 今週中に最低限のチームメンバーを集めて練習開始。週明けからはメンバー強奪可の練習試合が可能……だというのに。


「はぁ……」


 俺は未だにメンバー探しの真っ最中。

 シオンへのヘイトから来る嫌がらせ目的の練習試合。

 それを考慮すると今日までにメンバーを揃えておきたい。明日から休日、そこで最低限度の戦術や練度を形成しておきたい。

 そう考えながらも上手く行かなかった時のことも考えておかなければならない。

 俺はこんなにも苦しんでいるというのにシオンの野郎は


『メンバーが集まったら呼んで。すぐに向かうから。それまではちょっとデザートを堪能しつつ二次元成分を補充してくるね♡』


 こう言って学校外に行きやがった。

 チーム所属者の練習はチームに一任されている。なのでシオンが練習しなくても問題ないと言えばない。のだが俺の気持ちとしては文句のひとつも言いたくなる。

 ただ……ウィンクにプラスして投げキッス。あざとさしかないのに可愛かった。

 別にあいつに惚れているというわけではないが……アドバトのプレイヤーとして見れば惚れこんではいるが。

 長年の付き合いがなかったら絶対にあいつの行動に憤慨していたことだろう。


「ダメよミカヅキ、溜め息なんて吐いちゃ。ただでさえ悪い流れがさらに悪くなりかねないわ」


 オネェな口調で話しかけてきた人物は久世くぜ怜音れおん

 長髪に化粧、身長は180センチ後半であり筋肉は隆々。

 これだけ聞くとレスラーかと思ってしまうかもしれないが、可愛くないという理由で基本的に苗字では呼ばれたくない。略す形でレオ、または読みを変えてレーネ。そう周りには呼ばせている。

 また1軍メンバーでありながら俺とシオンに友好的な数少ない人物だ。その証拠に自分から俺達のチームに協力を申し出てくれ、シオンの代わりに俺のメンバー探しにも付き合ってくれている。

 俺がレオに対してここ数日の評価を下すとすれば、可愛いもの好きでオネェな口調で話す気さくで優しい男。そんな感じになるだろう。


「先日の一件を考えれば、これ以上悪くなることはないだろ。それに絶望しかなかった状況でレオから協力の申し出。レオの存在もあってかオペレーター担当も確保は出来てる」


 オペレーターとメカニックの担当を一緒にすれば、一応チームとしてバトルに参加することは出来る。最低限の最低限は現状でも準備は出来ているのだ。


「だからお前には本当に感謝してるよ。お前がいなかったら俺は前なんか向けず、どんよりした顔でチームメンバーを探していたかもしれない」

「もう~急に何! そんなこと言われたらトキめいちゃうじゃない!」


 こんなことで喜んでくれるならいくらでも言えます。

 それくらいレオの存在には助けられています。主に精神的に。

 でもこれ以上は言わない。絶対に口にしない。

 何故なら……レオは喜ぶと身体を叩いてくる。

 本人としては軽いつもりなのか、感情が昂っているが故に制御が効いていないのか、正直に言ってなかなかに痛い。

 痛いなら素直に痛いと言えばいい。

 そう思うかもしれないが、我慢できないほどの痛みではない。

 それにこういうやりとりは今回が初めてじゃない。もう何度か起きている。だから素直に痛いからやめてくれ、と言ったこともあるのだが……


『そんなに強く叩いてないわよ。もうミカヅキはいじわるなんだから♡!』


 といった感じにさらに強烈な一撃が飛んできた。

 だから今の対応が俺は最善だと判断したよ。今後のことを考えると、筋トレして防御力上げるべきかなとも考えたけど。


「それで今日はどの子を勧誘するの?」


 素のテンションに戻るどころか少し不安げな顔だ。

 まあレオがそうなるのも無理はない。

 正直な話、1軍の上位層は他のリーダー達に取られている。

 また1軍の多くは先日の一件でシオンに敵対心を持っている可能性が高い。

 故に自分から協力を申し出たレオはある意味で変人だ。

 何故ならレオはプレイヤーとしてはデータで見る限り1軍では中の中。ただメカニックとしての能力は上位に入っていた。

 ただの気まぐれなのか、俺達を哀れんだのか。

 その真意は分からないが俺達のチームに入っていなければ、他のチームから声が掛かっていてもおかしくない。


「アタシの推測になるけど、もうひとり見つけるってなるとかなり大変よ。自分から声を掛けたアタシは変わり者だし、昨日スカウト出来たキョウコちゃんは打算的というかある意味で自分の力量を分かっている現実主義者」


 今出たキョウコというのはオペレーターとして勧誘できた人物のことだ。

 フルネームは水上みずがみ境子きょうこ

 1軍での実力は下位レベル。

 1軍昇格を決めた際のテストの成績を見る限り、他と比べると抜きんでている分野も持ち合わせていない。

 それ故に他のチームから声が可能性は低いと推測された。

 加えて個人的に彼女のデータを見た際にプレイスタイル的に自分が活躍しなくても勝てれば良い。勝利に間接的にでも関われれば満足。そういう一種の割り切りが感じられた。

 レオが彼女に対して口にした打算的や現実主義というのはこのへんのことを言っているのだろう。

 こういった情報から昨日勧誘してみたところ結果は上々。彼女に嬉々とした様子は見られなかったが快諾の返事をもらうことが出来て今に至っている。


「ただ他の子はうちのチーム……具体的に言っちゃえばシオンちゃんにだけど。プライドを刺激されてかなりイラついちゃってる状態だわ。話だけは聞いてくれそうな子は何人かいるけど……」

「うちに入りたいって言ってくれる可能性は低いだろうな」


 俺とシオンは、まだ部員達に実力を示せていない。

 データ上は誰もが認める部長、姫島と同等と才川先生が提示してくれた。

 が、俺とシオンは才川先生がスカウトしてきた生徒であり大会という分かりやすい実績はない。

 また新しいやり方を行い始めた才川先生に不安や不満を抱く者は出ているだろう。

 それ故に才川先生は俺とシオンを贔屓している。

 そのような思考をしてしまう者は多かれ少なかれ居るはずだ。

 その状況下で同じチームに入れば自身の学校生活が変わってしまう。居心地の悪さを覚えながら卒業を迎えることになるかもしれない。

 この手の恐れに関しては理解できる。それだけに


「というか正直な話、これ以上1軍のメンバーを俺達のチームに加えるのは不可能だろ。俺達の置かれている状況、周囲との関係、その他諸々で悪い条件が揃い過ぎてる」

「事実だけど、よく自分の口ではっきりと言えたわね」

「現実から目を背けても何も変わらないからな」


 シオンが真正面からケンカ売った日の俺なんて絶望の未来しか見えなくて寝つき最悪だったし。寝起きはもっと最悪だったけど。

 だから教室でレオに声を掛けられてチームに入ってくれるってなった時、内心では飛び上がるくらい喜んでたもん。

 ひとりじゃない。

 そう分かっているだけで人間ってのは強くあれる。頑張れる。

 レオには感謝。たとえ何か目的があって俺に近づいてきたとしてもマジで感謝。今後に裏切るような真似をされても今をどうにかできるなら許せる。そんな気がする。だって今をどうにか出来ない勝負の場にすら上がれないから。


「ちなみにここまで状況を悪くしたシオンちゃんは今どこにいるの?」

「……どっかでデザート食べてるか、漫画やラノベ買い漁ってるかキャラグッズでも物色してる」

「そんな遠い目をするなら少しは手伝わせればいいのに」


 ド正論過ぎて何も言い返せない。


「あぁでも……あの子、少しストレート過ぎるというか。あの日の言動を考えるに分かっててもあえて地雷を踏み抜くタイプな気がするわね。余計なトラブルを起こさないという意味で考えれば、ミカヅキに丸投げしているのはある意味賢明な判断なのかも」


 シオンとは付き合いが短いのにあいつへの理解力高いね。

 おかげで何の補足をする必要もないわ。


「マイペースな彼女さんを持つと大変ね」

「あれをマイペースなんて生易しい言い方をするのはどうかと思うが。あと俺とあいつは付き合ってない」

「え……あんなに四六時中一緒に居るのに?」

「あいつが暇さえあれば近づいてきてるだけだ」

「距離感とか恋人のそれなのに?」

「あいつの距離感が常人と異なるからだ」

「ミカヅキのなんだかんだで楽しそうにしてるのに?」


 それはほら、その何ていうか……それとこれとは話が別じゃん。

 誰だって友達と過ごすのは楽しいと思うだろ?

 気心の知れたオタクと今期の推しの話とかするのはテンション上がるもんだろ?

 それだよそれ。断じて俺があいつに惚れてるとかそういうのは一切ないから。


「実際のところ、ミカヅキはシオンちゃんのことどう思ってるの? 誰にも言わないからお姉さんに教えてみなさいよ」

「どうもこうもガキの頃から付き合いのある悪友ってだけだ。というか、お前も距離の詰め方が大概だな。話すのようになって数日でそこまで踏み込むかね普通」

「確かに親しくなるのに時間は大切な要素ね。でも時間だけが全てを決めるわけじゃないわ。最も大切なのは相性と会話の中身。ミカヅキもそう思わない?」


 まあ波長が合う人間ってのは実際に存在する。

 そうでなければ一目惚れだの、出会って数日で結婚だの。そんな話が出るはずもない。なのでレオの言葉には概ね同意する。

 が……


「近い。濃ゆい顔をこれ見よがしに寄せてくるな。鬱陶しい気持ち悪い」

「き、キモ……!? ちょっとミカヅキ、確かにアタシにも非はあるわ。でもだからってそれはいくら何でも失礼なんじゃないかしら!」


 確かに失礼だ。失礼なことなんだろう。

 でも仕方がないじゃないか。

 自分よりデカいマッスルなオネェの顔が、俺の唇を奪いそうな勢いで迫ってきていたんだから。

 ファーストキスは好きな人と。好きになった人とじゃないとダメなんだ。それまではファーストキスと童貞は死んでも守る。

 なんて発言をするつもりはない。

 だが俺の恋愛対象は普通に異性だ。

 何の理由もなく野郎とキスするなんて普通に嫌に決まっている。


「反射的に出てしまった言葉だが気に障ったのなら謝ろう。すまない。だが俺はお前との熱いスキンシップに何の魅力も感じない。さっきみたいな距離感で話したいなら美少女に転生でもしてくれ」

「あなた、身長も高くて落ち着いてるから雰囲気的にはイケメンだけど。絶妙にオタクっぽさが会話出るわよね」


 それはまあ、俺もオタクなので。

 オタクじゃなかったら多分だけどシオンと仲良くしてない。というか、出来ていないと思う。

 だってあいつのオタクトーク、なかなかに濃ゆかったり深かったりするもん。

 ○○の原作第〇巻の何ページのヒロインの太ももの肉感とライン堪らないよね!

 みたいなことシオンさんは平気で言ってくるもん。

 挙句の果てには、その流れで自分の太ももは好み? とか聞いてくる始末。時と場所を選ばずに。

 恋心を抱いてもいない相手にそんなことするんじゃねぇよ!

 俺だって男なんだよ。人並み以上に異性に興味のあるのお年頃なの。鋼の理性で間違いを起こしたことけども。それでも悶々とはするんだからね!


「……いや待て」


 むしろ俺が手を出さないから進展がないのでは?

 俺とシオンの関係はいつまでも現状維持のままなのはもしかして俺の押しが足りていなかったりするのか?

 しかし……

 俺が望めばシオンが受けて入れてくれる可能性はある。

 だがその逆の可能性も十分にあり得る。下手をすれば盛大に泣かれること可能性も大いにあるわけで。

 あいつの泣いているところを二次元絡み以外で見たことがないだけに。自分の行いが理由で泣かせたら罪悪感で死にたくなるかもしれない。


「ミカヅキ」

「……」

「ミカヅキ、聞いてる? 聞こえてるかしら?」

「ああ、聞こえてはいる」

「返事どうもありがとう。でも聞こえてるだけで聞いてはいないわよね。あなたは悩める立場に居るのは理解しているわ。でも流れからして今あなたの脳裏にある議題は今考えるべきことではない気がするわ。だから今すぐ戻ってきなさい」


 それもそうですね。

 注意していただいてありがとうございます。

 いやはや、このレオという男。

 将来的にバーの店長とかやったらいいんじゃないだろうか。どんなバーにしてもこの男なら成功させてしまいそうな気がする。


「それとさっきの話の続きだけど。アタシは別に気にしないけど、同類相手以外にあまり美少女に転生してくれとか言わない方が良いわよ。アニメや漫画を嫌悪する人は少ないでしょうけども。オタク過ぎる発言をキモいって思う子は結構いると思うわ」

「ご忠告どうもありがとう。スカウトする際はオタクが出ないよう努める」

「プライベートでしか出さない方が多分モテるわよ」


 そこまでオンとオフを切り替えられるほど、俺のオタクスピリッツは器用ではないのだよ。

 もしもそれが出来てお前の話が真実であるとするなら。

 俺はすでに彼女持ちのリア充になっていると思う。凜華さんのスカウトを受けて、この学校のエリートさん達と全面戦争するみたいな真似をしようとは思ってなかったと思うよ。


「まあいいわ。話を本題に戻しましょう。アタシやキョウコちゃんに互いの役職を兼用させないなら是が非でもあとひとり必要。誰をスカウトしても望み薄ではあるけど、可能性があるなら……って、ちょっとミカヅキ」


 何でしょう?


「Aクラスの練習場はあっちよ? そっちはBクラス以下の兼用練習場」


 バカにされているというより純粋に教えてあげているという感じだ。

 まあ転校してきて数日だからね。パッと見だと練習場の見た目や大きさに差はないし、レオが俺が間違えていると思うのも無理はない。


「いや、こっちで合ってる」

「え?」

「チームメンバーは1軍所属者からしか選抜しなければならない。そんなルールはなかっただろ?」


 1軍メンバーをスカウトできる望みが薄いならそこに属していない人間を使えばいい。

 2軍以下のメンツはシオンに対してのヘイトは高くないだろうし、大会に参加できるかもしれないチャンスがもらえるなら飛びつく者もいるはず。

 それに……1軍以外が弱いわけじゃないしな。

 総合的な能力が高い者が1軍に所属しているだけで。


「……あなた正気?」

「狂ってるように見えるか?」

「まったく見えないから頭を抱えているのだけど……アタシもここのやり方に染まっているということね」

「それがここの人間としては正常だろうよ。まあでもこういうことをするのも俺の仕事なんでね。外部から来た身としては新しい風を吹かせなければ」

「トラブルを起こしかねない風はただの暴風。一部の人間からすればありがた迷惑でしかないわよ」


 そんなこと言われても。

 まあ確かに部長さんはともかく、同じようにリーダー権をもらっているあのイケメンくんは噛みついてきそうだけど。誰よりもシオンへのヘイトが高いし。

 似たような思想のメンバーを招集していそうだし……来週以降にケンカを売られても不思議ではないな。

 ま、だからといってやめる気はありませんけど。

 こっちにもこっちの都合があるし。俺とこの学校とじゃチーム作りの方針が根本的に違いそうだから。


「不平不満は甘んじて受け止めよう。反省したり謝罪するかは別だが」

「あなた……ある意味でシオンちゃんと同類ね」

「オタクであるという点を除けば否定したい言葉だが……まあ同じチームになったからには我慢してくれ。俺はここに新しい友達を作りに来たわけじゃない」

「やれやれ……とんだチームに入っちゃったものだわ。でも協力を申し出たのはこちらだものね。いいわよ、最後まで付き合ってあげる」


 やっぱこのオネェ、良い奴だな。

 こいつに良い思いをしてもらうためにも俺は進み続けなければ。

 最高ではなく最強のチームを作るためにも。

 何としてでもあの子をこのチームにスカウトしてみせる!



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