第10話

家に入ると航大と響は僕を迎えてくれて響を抱き上げると僕をずっと待っていたかのように小さな両手を胸元に掴んできて甘えてきた。詩織と夕飯の支度を手伝いテーブルにはハタハタの唐揚げや惣菜と絵麻が持ってきてくれた漬物が並びみんなで食事を摂っていった。


「奏市。絵麻とは結構長く一緒にいたんだな。どこか行っていたのか?」

「ああ。桂浜の海のところまで連れてってくれたんだ。向こうの方がこっちよりも晴れて気持ちが良かったよ」

「そうか。あいつ気前がいいな。親戚が集まった時には結構海沿いの道も車で走っていたもんだったな。義兄さんも子どもたちを乗せて運転しているのが楽しそうだったからな」

「親父も海好きだったよね。海水浴とかにも行ったこと思い出したよ。水着の中に砂が入るまで凄いはしゃいでいたもんな」


思い出話をするのは良いものの、結局のところは噓をついてしまった。自分の舌が何重にも重なって周囲を騙していく背中が重くのしかかっていき、もう後戻りできないのだと自我が彷徨うようになっていった。すると響が僕の顔をじっとみてきたのでどうしたのか尋ねてみると、何かを察知したように頷いていた。


「うん?どうした響?」

「もしかして東京に帰りたいんじゃないかな?」

「明日で四日目か……」

「今日は琳さんから連絡はしたのか?」

「うん。それが母さんのところに預けているっていうのすっかり信じ込んでいるみたいで、あまり疑ってこないんだ」

「なんか様子が変ね。香苗さんも連絡してこないなんて……奏市、実家に連絡したらどう?」

「そうだね。ご飯食べたら電話してみる」


その後後片付けを終えて居間に入り、母のところへ電話をかけたが留守番電話に切り替わったので電話を切った。その直後、琳から着信が来て電話をかけてみると彼女の旦那が出てきた。


「三津谷さんですか?」

「はい」

「関口です。響を預かっているという事を伺っていますがもう丸三日経っていますよ。早く返してもらえないですか?」

「すみません。明日そちらにお伺いしますのでもう一晩子どもを預からせてください」

「あなたも……一体何を考えているんですか?琳の同級生でそちらの親御さんとも親しくしているとはまだしも、いくらなんでも突然連れていくのは誘拐に近い状態なんですよ?」

「それは承知しています。僕も琳が育児で大変だと伺ったので一時的に子どもを預かりたいと願い出たんです」

「僕は貴方と挙式以来お会いしたことがないのでどういう方は琳から口頭でしか知らされていません。女性ではなく男性が預かるのもどうも納得がいかないですが、とにかく明日には必ず響を返してもらいます」

「はい。こちらからまた連絡しますので……では、失礼します」

「奏市。なんて言っていた?」

「おじさん。……明日が期限だって言われた」

「そうか。それなら明日の午前の新幹線で帰りなさい」

「まだ一緒にいたら駄目かな……?」

「もう時間切れだ。約束を守らないと本当に警察が動く。そうなる前に今支度をしておきなさい」

「俺、向こうに帰ったら今後ずっと笑われて生きていくんだろうな」

「それはずっと続かないさ。響にとってはほんの少しの遠出をしただけで後々引きずる事なんてない。まだ一歳だし記憶なんてものは無くなっていく。今回の事はお前の過ちであっても彼らに大きく傷を負ったことにはならない」

「でも、向こうは大事おおごとになっているよ。琳のやつ、もしかしたら旦那に叩かれているかもしれない」

「そんなに強情なのか?」

「憶測だ。それがないにしても一番傷ついているのは琳だ。明日帰ることにするから今日はもう寝るよ」


すると、眠っていた響が起きて泣いていたので抱きかかえてあやしたが、なかなか静まろうとはしなかった。頬が少し赤くなっていたので額を触ってみると熱くなっていた。僕は航大に風邪を引いたかもしれなと話すと詩織を呼んでタオルを持ってくるように伝えた。

彼の衣服を脱がせると汗をかいていたので身体を拭いてから着替えをしてしばらく様子を見ていると咳をし始めたので再び抱きかかえて背中をさすってあげていると、何かの音が聞こえたので僕の肩を見ると白濁した嘔吐物を出していた。布団に横向きにさせて口元と拭き、僕も衣服を着替えてからしばらくは彼の状態を看ていた念のために琳のスマートフォンに電話をかけて状況を話すと大仙市内の内科の病院に連れて行って、その後に東京に戻ってきてくれと返答してきた。


翌朝、僕と響を航大に病院に連れて行ってもらい診察をしてもらったところ熱が下がっているのでこのまま自宅で様子を見るようにしてほしいと言い、処方箋を出してもらった後、再び家に戻ってきた。

響は少し落ち着いたのかぐっすり寝ていて約束の期日に間に合わないので再度琳に電話をかけてもう一日秋田にいさせてほしいというと、それでも今日中には東京に戻るように強制的に告げてきたが僕はそれを断り電話を切った。


「大丈夫?向こうはもうかなり待ち応えているわよ?」

「響がまだどうなるかがわからない。この子の事を優先してあと一日だけここにいさせてください。お願いします」

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