第11話

それから数回琳から着信が来たが出ることを拒んで響の看病にあたっていた。彼にその都度薬を飲ませるたびに煙たい顔をしながらくしゃりと苦い表情をしては我慢して飲み込んでいったので、何とか安堵しながら航大や詩織とともに面倒を見ていった。

一五時を過ぎた頃、僕の母から着信が来て琳が家に来て音信不通になっていることを告げていると話していたが、仕事の都合があるので明日にしてくれと伝えて即座に電話を切った。


二十時。響が寝ている横で僕もいつの間に眠っていしまっていて、目を覚ますと身体に毛布がかかっていたので外して起き上がると響を僕を見つめていた。彼の額に手を触れてみるとそれほど熱くなかったので体温計で測ってみると熱が下がってたので安心して深くため息をついた。


「良かった。これで明日帰れるな」

「ぱ……ぱあ……」

「どうした?」

「パパ……んああ」


彼は僕に向かって指を差してきたのでその指を握ってあげると微笑んでくれた。


「響。明日でお別れだね。少しだけ俺のお話聞いてくれるかい?」

「んおお、うう……」


「俺はね自分の父さんが亡くなってからお友達を作るのが怖くなった時期があったんだ。中学、高校とクラスでもほとんど一人で過ごしていたようなものだったよ。でもね、ママに……琳に出会ってから色々考え方が変わっていったんだ。あいつからももっと人付き合いをしていけってしつこく言われてきたんだ。初めは尖っていたけど琳と別れた後、急に寂しくなってさ。それから必死に仕事しながら些細な事でも色んな人と話すように意識していったんだ。そうしたら今みたいに友人も増えていったんだよ。響も大きくなったら俺のように……パパみたいになってほしくない。君にはちゃんと本当のパパもママもいる。ちゃんと見ていてくれるから安心して色んな事に興味を持っていって欲しいんだ。色んな事を知って人とのかかわり方をきちんと学んでほしい。いつしか……俺の事を知らわれる時が来ても、逃げないでママや俺の話を聞いてくれ。大きくなったらその意味が分かるようになるよ。だから……あともう少しだけ俺の事を父親だと見て居て欲しいんだ」


僕は次第に涙が溢れて泣き崩れてしまった。その声が漏れていたのか航大が襖をあけて僕の背中をさすってくれた。


「おじさん。やっぱり俺は何も成長できていない。この子の前でこんな情けない姿を晒して……響の面倒も見れないなんて、このまま離れていくのが怖くてたまらない……」

「ここにきて、お前もだいぶ変わったぞ。この子を守ってあげたいって気持ちが強くなって俺達にもそれを示したじゃないか。向こうに帰ってもこの子の成長を遠くで見守ってあげるのがお前の使命になる。大丈夫さ、離れていてもいつかお前の事を琳さんが知らせた時にきちんと受け入れてくれるに違いない。あまり深く考えるな」

「こんな風になったのも俺の責任が凄く強い。どうにかならないのかな……?」

「奏市。これ以上自分も誰も責めることなんかしなくてもいいんだ。しばらくは忘れられないが、そのうち良い事もある。そう生きていくしかない。お前の父さんだってわかってくれるさ。情けない人間じゃないってさ。もしこの子がお前を忘れたとしても必ず良いように神様は導いてくれる。味方でいるんだから、そうくよくよするな」

「逃げないように生きていきたいです。父さんよりももっと長く生きていてそれが親孝行になれば俺も良いって考えている。それでいいんですよね?」

「ああ。僅かの間だったがこの子の父親になれた。それでいいんだ。もうこれ以上手を出してはいけない」

「そう……だよね。この世に生きる本当の意味を知りたかったから……響をここに連れてきてしまったんだ」

「たとえ罪を与えられることがあっても、本当に許しがたいこともありうる。だが、お前ならわかってくれる。どんな判断を下されても生きなければならないんだ」

「琳に……ちゃんと謝る。今は彼女の反応が知りたいんだ」

「顔、ぐしゃぐしゃだな。これで拭け」


その晩は響が眠りにつくまで枕もとで寝そべりながら彼の胸元に調子を打つように優しく手で撫でであげた。彼は僕が何をしているのかわからないまま秋田へ連れてきたことを後悔などどいう言葉さえ知らずに安らかに深く寝息を立てて眠っている。

そのあどけない表情を見ては遠い昔に母が僕を眠るまで傍で歌ってくれていた童謡を思い出してなんとなく記憶を辿るように囁きながら歌ってあげた。


秋田に来てから五日目の朝が来て詩織が作ってくれた朝食を摂り身支度を済ませると響を航大と詩織に抱かせてあげてまた来てくれと愛想を交わしていた。僕は航大の車で大曲駅へ向かい、新幹線が来るまでの間彼と話をして、東京に着いたら連絡をするように告げてきた。


「今度こっちに来るときは事前に連絡するんだぞ」

「わかってます。五日間この子の面倒を見てくれてありがとう」

「次はお前の嫁の顔が見てみたい」

「いつかだね。……それじゃあそろそろ行くよ」

「気をつけて。香苗さんにもよろしく伝えてくれ」


改札を通り抜けて十時二十分発の新幹線がホームに入ってくるとまばらとした人の中に混ざり車内に入り座席に着いたと同時に新幹線が動き出して秋田を後にした。

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