第401話 カポエイラ習っといてマジ良かった。

 日曜日の午前中。駅から続く繁華街に一軒のパン屋が開店した。近くに住む者は自分の馴染みの店になるかどうかと、査定する気持ちで開店前から並び始めた。


 由奈の見守る中、ひよりは皆のアイドル、わらび餅ほっぺぴよりモードになって列を元気ハツラツに整備していた。ホラホラホラナラビタマエー!!


 行列を見て、オーナーはすぐに厨房へとパンを焼きに戻った。ちなみに行列はオーナーを見て、「え、ジャムのおじさんにそっくりなんですけど!?」とカメラを構えた。SNSが荒れるのは間違いない。誰も知らないけど、このパン屋はもう成功を手に入れたんだ。見た目って大事ね。


「やっと開店だな…。ここまで来れたのは、お前たちのお陰だよ。ありがとう、奈津。小麦もな。」


「何言ってんのよ!これからでしょ!ねぇ、小麦!しみったれたこと言ってんじゃないわよね!」


「あれ?母さん、もしかして泣いてる?それに父さんも目が赤くない?」


「馬鹿野郎!男が泣く訳あるか!これは汗だ!」


「そうよ!泣いてる暇なんてないでしょ!せっかく並んでくださるお客様に売り切れなんて言えたもんじゃないわよ!」


「ははは。ごめん、そうだね!さぁ!父さん、早く焼かないと!ひよりさんがクリームパンは必ず完売するって豪語していたからね!」


「ああっ!カスタードなら3年分は作ってあるぜ!」


 家族の念願であった。夫婦でパン屋を開くことが。そして小麦は夢を叶えた両親が誇らしかった。目には薄っすらと涙が。しかし額には気持ちの良い汗を。そして唇は微笑みを讃えていたんだ。


 だって、見てご覧よ!この厨房からも見えるだろう!?客で賑わうこの店を!忙しく走り回るスタッフたちを!!!


「ほら、ご覧よ!お客さんも!スタッフも!あんなにイチャイチ…ャ…して…………あ?」


「はい?」


 小麦は家族愛とこの仕事への意気込みに満ちて奈津の指先に見えるものを見た。え、でも。どうしたってイチャついている百合ップルだった。ん?やっぱりめっちゃいちゃついていた。あれ?良い話で終わるはずでは??


「はっ!?あれはっ、仁映さんがお客様と!!??え、割る前の割り箸並みにくっついてません!!??」*ピッタリくっついている。


「小麦っ!やめさせてきな!!からすみじゃないんだから!!」*相当くっついてる!


「わかったっ、母さん!!」


 小麦、いきます!


 なんてこった!初日からアルバイトがお客様とイチャイチャしているなんて!風紀が乱れているにも程がある!いくらフレンドリーな店を目指しているからといってあれはないよ!


 っていうか、アレが噂の仁映さんの恋人か!?全くっ!!頭の良い大学行ってるくせに、常識はないのか!!だから嫌なんだよ!恋だのなんだのと現を抜かしている奴らは!もっと大事なことがあるだろうが!!


「おい、ちょっと!あんた何をやって、」


 安定に。そう、とても安定にいちゃついていたのは仁映とさゆりであった。仁映の門出を祝うために、開店と同時に花束を持って駆けつけたさゆり。そしてお前の店でもねーのに感涙してさゆりに抱きつく仁映。小麦は止めようとした。当たり前に止めようとした。そして今、小麦には怒りの不動明王が乗り移・・・・らなかった。その前にバカップルに引き寄せられて来ていた恋愛の神が優勢だったんだ。


 ラッキースケベの発動である。*ありがとう


 このラッキースケベは詳細語らなければなるまい。まず、厨房から店頭へ出るにはレジの横を通る。現在レジを担当しているのは笑美だ。小麦に恋をしかけたがあまりの小麦のギャップに困惑し、今のところは小麦のことを推し認定して冷静を保っているあの笑美だ。小さい店舗である。小麦は笑美の後ろを急いで通ろうとしたんだ。気をつけていれば触れずに通ることができるはずであった。しかし、ラッキースケベの神はぴよりをすでに利用して発動済みだった。開店前にぴよりが食べていたクリームパンのクリームが床に落ちていたのだ!!!


 ぴより曰く、その時「よし!今だ!!滑りやがれ!!!」と天から声が聞こえたという。小麦はしっかりとクリームを踏んだ。そして片足を滑らせると「あっ!」とかわいらしい声を上げたんだ。


 実は誰もが知らなかったことがある。それは、、笑美はチート持ちであった。ケブラーダバイシャで華麗に避け、アウーバチードの姿勢で小麦を抱きかかえたんだ。


「え?あっ!あぶないっっっ!!!」


「わぁっ!!」


 姫であった。小麦は王子に助けられた姫であった。王子であった。笑美は圧倒的王子であった。そして2人は咄嗟に出した手を・・・お互いの胸にしっかりと・・・ああっ、これ以上は言えないっっっ!!!!


「あっ!ご、ごめんなさい!!」


「きゃっ!!ご、ごめんなさい!!!」


 その瞬間を厨房では小麦の両親が。そして店頭でいちゃついていた仁映達も見ていた。間違いなく気づいてしまったんだ。この2人には恋のフラグが爪楊枝のお徳用パック並みに立っていることに・・・。


 っていうか、レジにはとってもお客様が並んでいたけれど。それどころではなかった。だって恋のフラグの方が大事じゃん?


 この2人の恋が実るのは、、あと少し先のことである。



 続く。



 

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