第400話 エプロンかわいかろ?萠え〜だろ?

 ある日曜日。ついに、ひよりがアルバイトを始めたパン屋、「大石おいしいベーカリー」が開店日を迎えた。


 数回の研修を受けただけのひより。果たして一端に働くことができるのだろうか…。この日の前日、心配で眠れなかった人の名を挙げようか。由奈と愛加と陽菜子だ。(アキラは店に来て騒ぎそうだから教えてもらえてすらいない。華恋は聞き流した。)


「ひよりもそのかっこいーエプロンがいーなぁ。」


「え?逆にその赤ちゃんのよだれかけの布をオーダーメイドでエプロンにしたんだけど。1人だけ特別なんですけど!?」


 ひよりがアルバイトを始めることになったパン屋は夫婦で営む小さな店である。本来なら店頭に立つスタッフはオーナーの奥さんとアルバイトが1人もいれば十分なのだが、オープン初日ということもあり、ひよりと笑美、そしていないほうが良いかもしれない仁映が駆り出されていた。


 オーナーと小麦の要望により、ひよりだけは制服がなんかかわいかった。どのようにかわいいかというと、保育園児と保育園の先生を足して2で割ったような出で立ちだ。大石パンのオーナーによる渾身の布チョイス。クリームパン柄の黄色いエプロンだ。だってかわいいから店が流行りそうだし!と言う理由で。


「確かにひよりは黄色が似合うけど。白いコックさんの服と黒いエプロンかっこいーなぁ!」


「そっか。仕方ないから、じゃあパパのを貸して…、」


「父さん!?いつからパパだと思い込んでるの!?パワハラになりかねないからやめて!」


「むぎってぃ…。父さんはここの長だから皆のパパだ。独り占めしたいのはわかるが…」


「独り占めしたいって誰が言った!?お前しか喜ばねーよ!」


「こむにゃん。そーいう口の聞き方をすればかっこいいと思ってるヤンキーは、パパ嫌いだよ?時代はヤンキーもインテリ推しに変わったんだ。」


「あーくそっ、話しが噛み合わない!ひよりさん?黒いエプロンは次の時にしましょう。もうオープンなので、それで我慢してください。」


 年下の小麦ちゃんに諭されるぴよりであった。それを見ていた笑美は当然面白くなかった。ファースト妬きもち記念日である。開店といい、なんて特別な日なんだ。。


「いーな。私もひよりみたいに甘やかされてみたい…。」


 つい、本音をボソッと口に出してしまった。それが乙女というもの。これは…もしや?「ん?今なんか言った?」「ううん、なんでも。」というツンデレきゅんが始まるのか?いやしかし始まりません。だってもうオープンの時間だから。


「さぁ、オープンしますよ!皆さん、よろしくお願いしますね!」


「はーい、奥さん。いえ、マネージャー!」


 そう。パンのことしか実直にやってこなかったオーナーはこの場を仕切れやしない。茨城最大のレディースチーム、元総長である「水戸の奈津闘」と呼ばれた妻こそがマネージャーであった。


「奈津!看板を出せ!」


「命令すんじゃないよ!アンタは黙ってパン焼いてな!小麦!チームを配置しな!」


「わかった!母さん!」


 すごい。ごいごいすーだ!バイクが100台でぷぉんぷぉんいってるのが見えるようだ…とぴよりは割れたラスクをつまみ食いしながら思った。プレオープンの数日ですでに2キロ体重が増えていたぴより。


 ともかく、ついにオープンしたんだ。ぴよりは店頭で呼び込みを、笑美はレジを、仁映はパンの配置を任された。


「笑美さん、昨日もカテキョしてもらったのに今日も働いてもらってすみません。」


 パンを焼きに戻る途中、小麦は笑美にそっと声をかけた。誰もが出せるものなら出してみたい、低音囁やききゅんボイスである。これがもし由奈にひよりがやられていたのなら、関節を溶かしその場に崩れ落ちていただろう。しかし2人きりの部屋で隣り合って勉強を教えていた笑美は、すでに3回は体中の関節を溶かされていた。抗体があるのよ!あとは抱かれるくらいじゃないと!!


「大丈夫。小麦ちゃんの大事な日だもの。がんばります!」ニコ


「笑美さん…。ありがとうございます!じゃ、よろしくです!」


 ありがとう、笑美さん。貴女がいてくれて良かった。そんな心強い想いで小麦は厨房へと急いだ。

 今、この小さな店に集まる同志は、心を1つにして、ただお客様の喜ぶ顔だけを思い浮かべていた。


 そう…。2人のモンスターを除いては。


「こんちちはー!あたたしくできたパン屋でーす!よ、よろしくおねがいしまーす!」*稀に見る小声なぴよりんちょ。


「ひよりちゃん、噛んでる噛んでる!もっとリラックスして!笑顔で!」


 ひよりはこう見えて人見知りであった。道行く人の目に緊張を隠せない。だけどやるよ!だってひよりはもう働く女だから!待っていてね、由奈さん!ひよりがバシッと稼いで由奈さんに楽させてあげるからね!ひよりが面倒見てひよりなしでは生きられなくしてあげるからね!そんな淀んだピュアな気持ちを奮い立たせて、あんよをしっかりと地面につけたその時だった。ムンチョ!


「ひより!」


「!!?ゆ、ゆ…、ゆ、な………ん…!?(´இωஇ`)」


「来たよ!ひより!」


「!!!!!しゃんっっっ!!!(´இωஇ`)」*駆け出すクリームパン幼児ぴより。


「あ、だめ!抱きつくなよ!?」


「えっっっ!!??(´இωஇ`)」*なぜ断られるのかまだわからない幼児ぴより。


「仕事だろ?ちゃんとしな!」


「どいひーーーー!!!!(´இωஇ`)」


「いや、当たり前だろ。ほら、戻って!」


「わかった…。。ね、エプロン見て?ほら。」


「クリームパンだね♡」カワイーネ!


「うん!とくちゅーなの♡」


「ほら。仕事してるところ見せて?」*カメラを構えるママ


「ほい!さぁさぁ!よってらしゃい見てらっしゃい!焼きたてパンだよ!今日買わないと後悔するよ!!あ、そこのおばあさん!入れ歯でも食べられるよ!!お肌がツヤツヤなるよー!」


「いいね、良い笑顔だ!ひより!!」


「まぁね!バイトリーダーだかんね!」


 さぁ。水を得た魚の回遊が始まる・・・







 

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