第225話 佐々木由奈の1日

 佐々木由奈の朝はにぎやかだ。

「おっはよー!愛しのスイートソルトダーリン♡」オキテオキテオキテ

「わかったわかった、、ちょっとだけ待って。。」


 仰向けで寝ている由奈の上に、のしっと全身で乗っかって求愛行動をしている小動物、、いや、かわいい女の子は六浦ひより。8つ年下の彼女である。


「早くちゅーして?朝ご飯、納豆だから今のうちにして?」んにゅぅ・・・♡

「はいはい、、朝から元気だね、、」ちゅっ。


 低血圧の由奈は朝が苦手である。起き抜けにうるさい彼女に嫌気がさすかと思いきや、由奈は感謝していた。


 ああ、朝から元気だなぁ。ひよりと暮らすようになって、どうしても上がらないテンションが少し上がるようになった。早起きして朝ご飯を作ってくれるし、とにかく何もかもがかわいい。


「本当に、、ひよりと暮らせて良かった。」

 わかめの味噌汁をずるずると飲みながら、そんな風に思ったままを口に出す由奈。

「え?どうしたの急に?ひよりなんて由奈さんと出会えて付き合ったことで人生の大半の幸運は使ったよ♡」

 ニッコリと微笑みながら、頬を赤らめて、だけど納豆をかき混ぜる手を緩めないかわいいの塊、ぴより。グルグルグルグルグルヤァー‼


 無邪気でいつも笑顔なひより。全力の全身で好きを伝えてくるひより。由奈はそんなひよりがたまらなくかわいかった。


 ご飯を食べ終わると、余った時間はソファの上でひよりを抱っこしてじゃれあう。やがてひよりが先に学校へ出かけると、身支度をして自分も仕事に出かける。


(昔だったら、朝はもっとテンションが低かったよなぁ。ただでさえ冷たそうって言われるのに、余計に表情がなかった気がする。だけど、ひよりのことを思うと、にやにやさえしてしまうよ。)


 これは確かに恋なのだ。恋人としてひよりのことが好きなんだ。だけど、どこか子どもを愛する母親のような気持ちもある。トイレに行ったか、お風呂でちゃんと洗剤を流したか、お腹が冷えてないかとか、すごい気になる。


「不思議な子だ、、ひより。自分がこんなに夢中で人を好きになるなんて思わなかったな。。」


 由奈は中学から恋人に事欠かなかった。持ち前の顔や雰囲気だけで恋をされたから、自分から本気で人にアプローチしたこともなかった。


 あんなふうに、全力で飛び込んでくる女は珍しいよな。思えば、初めて会った時からそうだ。頭上から飛び込んできたし、よく顔を見る前からキスされたんだった。


「くくっ、普通じゃないよな。よくあれで付き合ったよな、私。」


 ひよりのことを考えていると、自然と笑顔になれる。だからずっと一緒にいたいと心から思うんだ。そう考えながら、由奈は最近異動になったばかりの本社に着いた。


「あ、佐々木さん、おはようございます!」

「あ、おはよう。急に涼しくなってきたね。秋物の服、似合ってるよ。」

「え、あ、ありがとうございますっ!キャー!褒められちゃったぁ!!」


 思ったことを口に出しているだけなのだが、由奈が言うとどうも大袈裟な反応をされる。今に始まった事ではない。


「さ、今日もやるか。」


 由奈は念願だった企画部に配属された。次に来るトレンドを調べたり、イベントを企画したりとやることは多岐にわたる。午前中は電話や打ち合わせに追われている。やっと昼になると、大抵は他の社員からランチに誘われる。


「佐々木さん、お昼ご一緒しませんか?いつもコンビニのサラダとかですよね?たまには栄養つけないと。」

「うん、そうだね。たまには行こうかな。おすすめのところ、連れてってくれる?」

「もちろんです!パスタの美味しいお店があるんですよ!!」


 由奈は元々、食は細いほうだ。だけどひよりと住むようになってからはきちんと朝食を取っている。お昼はほんの少しで十分なのだが、たまにはこうやって他の社員とも交流しようと心がけている。


 由奈がパスタランチを食べながら、後輩社員と話していると、ポケットの中ではスマホがブーブーと振動していた。お昼のひより定期連絡である。いつものことだから、今日は前もって『今日は会社の人たちとお昼を食べるからすぐに返信できないよ』とひよりにメッセージを入れておいた。


 お昼が終わって、会社に戻ってスマホを見ると、びっしりとひよりからのメッセージが。


『由奈さん!お疲れ様です!ひよりは学食でたぬきそば食べるよ!』

『これは赤羽っちが作ったお弁当!優司君にも同じのを渡したらしいよ!笑』

 次に画像が送られていた。形の崩れたオムライスに歪なハート型のケチャップ。ブロッコリーとミニトマトが添えられたシンプルなお弁当だ。


「あはは、優司もこれ食べてんだ。可愛いけど、人に見られたら恥ずかしいだろうな。」


『由奈さんは何を食べてるのかな。ひよりはお蕎麦だから、晩御飯はお米にしようと思うけど、リクエストがあったら教えてね!』

『いつもね、甘い紅茶を買って飲んでるんだけど、だから太るんだよって大宮っちに言われたの。だからね、今日から烏龍茶にしたよ!』


「ずっと食べ物の話ばっかりだなぁ。笑」


 今頃は授業中のひよりのために、メッセージは読むだけで返事をしない。あらかじめ言ってある。仕事のタイミングによっては返事ができないことの方が多いと。そう言っておかないと、返事をしなかったらひよりは不安になるタイプだ。


 一通り、メッセージを読み終わると、午後の仕事に取り掛かる由奈。


「佐々木〜。ちょっといいか?」

「はい、部長。」

「お?お前最近、表情が柔らかくなったな。」

「そうですか?いつも通りですよ。」

「今日、直帰でいいからこの取引先に書類持って行ってくれる?」

「わかりました。」


 そう言いながらも、ひよりのお陰なんだよなと、またクスッと笑う由奈。


 夕方になると、取引先のある街へと出かけた。やっとスマホを取り出すと、ひよりに電話をかける。


『もしもし?』

『由奈さん!!お電話珍しいね!!』

『今日ね、仕事で外出してるんだけど、終わったらそのまま帰れるから、駅前で見つけた唐揚げを買って帰るね。』

『唐揚げっ!!!やった!早く帰って来れるの?』

『うん、18時には帰れるかな。』

『やーーーったぁーーー!!!じゃあ、ビール冷やしてお待ちしてます!』

『ありがと。じゃああとでね。』

『うん!気をつけて帰ってきてね!待ってるからね!』


 電話を切ると、嬉しそうなひよりに癒されて、取引先に向かった。仕事を終えて、駅前で唐揚げを買って電車に乗る。唐揚げを何個にするかすごく迷った。足りなければ可哀想だけど、多過ぎればひよりのことだ、食べ過ぎてしまう。


 こんなことで一々長く迷ったことなんてなかったのにと、由奈は自分に呆れた。そして、家に帰り玄関を開けると、飛びついてくるタコみたいな彼女。


「由奈、っさーーーーん!!!!!おかえり♡」ブッチュゥゥゥゥ‼

「わ、ベタベタにしないで!」

「ビール、冷凍庫で冷やしてるの!すぐ飲むでしょ?」

「わぁ、キンキンに冷えたビール、最高だね。着替えるから待ってて?」

「あのね、優司君、大学で赤羽っちの愛妻弁当食べて友達にからかわれたって!」ゲラゲラゲラ

「あれは嬉しいけど恥ずかしいだろうなぁ。」

「由奈さんもひよりの愛妻弁当欲しい?」

「ひよりが作ってくれるなら私は揶揄われても平気だよ。自慢するね。」

「じゃあ、今度作るー!♡」


 唐揚げを渡すと、ひよりはキッチンへと飛んでいった。由奈は着替えながらまた自分が笑っていることに気づいた。


「ああ、毎日楽しいな。腹ぺこ天使がいるからだろうな。」


 着替えてリビングへ行くと、すでに晩ご飯が並べられて、冷たいビールをグラスに注ぐのを今か今かと待ち構えるひよりがいた。


「由奈さん!ビールつぐね!」

「うん、よろしくお願いします。」

「いつもよりちべたいよ!ひより、つぐの上手だから見ててね。」

「うん、わぁ、本当に上手になったね。泡の割合が最高だよ。」

「ネットで調べたかんね!さ、どうぞ。お仕事お疲れ様でした!」

「ありがとう~。ごくごく。んーっ!さいっこう!」

「えへへ、やった!美味しそう!ひよりも早く飲めるようになりたい~!」

「ひよりが飲めるようになったらビアガーデンとか行ってみたいね。」

「2人で楽しめることが増える?」

「増える増える!」

「あー早く二十歳になりたいなぁ!」

「あと少しだね。でも、まだ子どもみたいなひよりを見ていたいな。」

「本当?子どもすぎて嫌にならない?」

「ならないよ。ひよりのおかげで毎日楽しいんだから。」

「ひよりも楽しい!由奈さんしか勝たん!でも唐揚げも魅力的!」

「食べな?全部食べても良いよ。」

「わーい、いただきまーす!♡」


 大きな口で唐揚げを頬張ると、幸せそうな顔をするひより。キンキンに冷えたビールを飲みながら、由奈も同じだけ幸せを感じていた。


 ずっとこんな毎日が過ごせたらいいなぁ。



 続く。



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