003 副ギルド長の疑念
ギィ! と叫び声を上げてゴブリンが襲いかかってくる。
「死ねやッ!!」
その顔面にオーク皮でできた盾を叩き込んでやると、ゴブリンの首がゴキリと音を立てて折れる。
レベル5勇者の
そうして俺は盾を構えたままゴブリンの集団に突っ込んでいく。ゴブリンの数は残り五体。奴らは遺跡風のダンジョン【デザーの廃宮廷迷宮】二階層に巣食うゴブリンの一隊だった。
弓を構えたゴブリンから矢が飛んでくるが盾で払って、突き進む。
「ギギッ!!」
「おらぁッ! 邪魔だ!!」
俺の正面に立ち、ボロい皮盾を構えたゴブリンを鉄の剣で盾ごとぶん殴る。
鉄の刃がミシミシと盾をひん曲げ、ゴブリンに致命傷を与えた。
(こいつはもういい)
サイドから短剣片手に突っ込んでくる身軽なゴブリンを足で蹴り飛ばす。オーク皮でできた皮鎧を俺は着ているが、足周りは鉄棘の罠などの対策のために鉄板入りの安全靴を履いている。
なのでバキバキと足先に柔いゴブリンの骨を圧し折る感触が伝わってくる。気分が悪くなるが兵士スキルの【感情抑制】が働くことで俺の行動には何の支障も与えない。
(残り三体。ゴブリン小隊の基本編成は前衛四、後衛二)
接敵からまだ五秒と経っていない。
視界を巡らせれば、弓に矢を番えたゴブリンアーチャー二体の正面に短刀を持ったゴブリンがいる。
敵はまたたく間に前衛三体を殺されたことで浮足立っている。逃走される前に全滅させるべく俺は敵集団に突っ込んでいった。
◇◆◇◆◇
「うーん。狩場を変えたほうがいいか?」
全滅させたゴブリンの死体がダンジョンに吸収され、その場に魔石とゴブリンの素材と装備品が残る。
ゴブリン素材は耳だの指だのだが使いみちがないゴミなので放置する。装備品の取得品で使えるのは矢ぐらいだろう。
剣だの短剣だの盾だの弓だのは素材が悪いので使えないが、矢だけは消耗品なのでギルドで買い取ってくれる。
自分で使ってもいいが、弓術の修行はまだやってないので金ができたら良い弓でも買って修行すべきだろうか?
(遠距離は投石の方が楽だよなぁ)
ただ、ソロである以上、遠距離攻撃の手段を持っておくに越したことはないだろう。
投石と違って弓術はスキルを取得すれば武技を覚えて、投石よりも強力な攻撃手段となるらしい。
まぁ【勇者】はMPが豊富にあるので魔法スキルを覚えるべきではあると思うのだが、スキルブックが手に入らないとどうにもならない。だいたいの勇者の初期スキルは、豊富なMPの使いみちになる攻撃スキルがあると聞くけど俺はそういうのないし。
(世知辛ぇ)
ただやはり、狩場を変えた方がいいかもしれない。
ゴブリンをいくら殺したところでゴブリンが雑魚すぎて経験にならず、レベルが6になるのが遠すぎた。
俺がいま拠点にしている迷宮都市ヴェリスは都市周辺にここ以外のダンジョンがあった。
(どこにするかなぁ)
今攻略しているデザーの廃宮廷迷宮はヴェリス内部にあるダンジョンだ。
もともとヴェリスはこのダンジョンが【
【魔物暴走】――長い間攻略されずに残ったダンジョンは魔物を吐き出して世界を蹂躙しようとする。
この災害は、定期的に人類を間引き、星を喰らい尽くすほどの文明を作らせないようにする女神の試練……らしい。
Sランクダンジョンを俺たち勇者が攻略しなければならないのもSランクダンジョンが魔物暴走を起こせば文明が滅ぶからである。
そんな魔物暴走の中でも、このダンジョンを住処とするような亜人系種族のダンジョンが起こす魔物暴走は、一等酷いと聞く。
それはゴブリンやオークが他種族の女の腹を使ってエロ同人みたいなことをして数を増やし、軍団を形成して、
ゆえに、デザーの廃宮廷迷宮は定期的に攻略されなければならないダンジョンであるため、都市内部に取り込まれているのだ。
なにかあったら迷宮都市自体が迷宮を囲む壁として機能するとかなんとか。
(まぁこれ、全部ギルドの資料に書いてあったことだけどな)
役立たずと言われて放置みたいなことになってるけど、俺もこの国のために頑張っているのだ。税金まで取られてるのにな。おかしいよな。税金とるの。租庸調とか学校で習わなかったのかな。この王国の王様。
「人を拉致して働かせる異世界の蛮族文明に期待しても無駄か。それはそれとして、俺がここに通ってるのも一番近いからだしな」
資金もろくになくて、遠出するのが難しいから俺はここに通っていた。
二階層までに出現するゴブリンも雑魚で、初心者向けとされているし(ただし女冒険者の探索は推奨されない)。
そんな廃宮廷迷宮においての壁は三階層のオークだった。
(勝てねぇんだよな。マジで。力士の集団に突っ込んで殺せって言われてもさぁ。どう考えても無理でしょ)
しかし廃宮廷迷宮から産出される素材はオーク肉やオークの使う武器が一番価値のあるものでもあった。
ゴブリンは雑魚だが同時にゴミしか落とさないので魔石ぐらいしか金にならない。
ここでまともに金を稼ぎたいなら、三階層で活動するしかないのである。
とはいえ、だ。
冒険者ギルドで発表されているオーク単体の討伐推奨レベルは10。俺のレベルは5。勇者の基礎ステータスは一般人より高いとはいえ、討伐推奨レベルを5も上の相手が群れているのが三階層だ。
オークが一体だけでうろついているならなんとか罠でもなんでも駆使して倒すのだが、三階層では基本的に六体のオークで構成されるオークの小隊を相手にしなければならない。つまり俺では奇跡でも起きない限りは勝てない。
「はぁ、まぁそろそろ狩場変えるかぁ」
息を吐く。
ここに連れてこられたときより知識も技術もスキルも結構身についてきたし、金をちょっとずつ貯めて、遠出ができるような道具も買い揃えてきている。
森での訓練ついでに野外で採取できる食料なんかもわかってきたし。
「この辺だと【食肉ダンジョン】と【鉱山ダンジョン】あたりが狙い目か?」
ギルド資料ではどちらも実入りが良いとされるダンジョンだった。
食肉ダンジョンはその名の通り、動物型のモンスターが出現し、肉類が手に入るし、採取で野菜類も手に入るらしい。なお、ここでの採取品はなんかよくわからないゴミしかとれない。壊れた壺とか、そういうガラクタ。
食肉ダンジョンは都市が傍にあるわけではないからギルドはないが、食料系ダンジョンなのでギルドの出張所はあって、手に入った食肉をすぐに売却できるように体制ができているのもグッドだった。
もう一つの鉱山ダンジョンは泥でできたゴーレムが低層に出現するダンジョンだ。
魔法が使えれば簡単に倒せるらしいが、そうでなくてもゴーレムコアを一撃で壊せるだけの技量があれば探索も可能だという。
あとはツルハシを担いで鉱石を採取して売れば金になるらしい。たまに宝石類が手に入って、それでステータス補助アクセサリーを作れば今後のダンジョン攻略の役にも立つだろう――とギルドの資料に書いてあった。
「うーん、アクセサリーか」
悩む。ステータス補助系アクセサリーは魔導具だから高くて、俺も店で見て欲しい欲しいと思ったが買えていないのだ。
ゴブリンのダンジョンでも運が良ければ手に入るという噂を聞いて、稀にモンスターがドロップする【宝箱】狙いで頑張ってみたが、昨日なんかはトラップにかかって殺される始末だった。
「運の悪い俺が運に頼るのはダメだったか」
ため息しか出ない。まぁ確実に金になる食肉ダンジョンに行って、経験値と資金を稼いで、ツルハシを入手してから鉱山ダンジョンか。
あとはちょいちょい他のダンジョンで経験値を稼ぐのがいいか。
(他の勇者はこんなこと悩まないんだろうな)
Sランクダンジョン攻略が目的で召喚される勇者はギルドに寄せられる討伐クエストや採取クエストなどの【
だから俺みたいな有用なスキルを持っていない勇者は金策に苦労する。すると思う。俺だけじゃないと俺は信じてる。Dランク勇者はみんな苦労してるよな?
(だいたい、そもそもが普通の勇者はオークに苦戦なんかしないんだよ)
レベル1のCランク勇者でも、攻撃スキル持ちならスキル一発で殺せるらしいから。
俺が特殊で、例外なだけ? いや、そんなことない。そんなことないよな。
「まぁやれることやってくしかないんだがな」
そんなことを呟きながら、俺は剣を構えた。ずっと立ち止まっていたことでゴブリンたちが俺を嗅ぎつけてやってきたらしい。
「憂さを晴らさせて貰うぜ」
ギィギィと濁声を響かせてゴブリンたちが襲ってくる。
◇◆◇◆◇
「……ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて勇者レイジが去っていく。冒険者ギルドの副ギルド長にして、勇者の受付を担当するリョードは手元の書類に目を落として、内心のみで呟いた。
(また、増えていた)
勇者レイジの返済金額は金貨1000枚。それがなぜかレイジが活動してから月初めに金貨100枚ずつ増えていっている。
資料に目を落とせば王国銀行から勇者に貸付が行われていた。勇者支援金だ。ただし返済義務のあるもの。
リョードは内心で呟く。なぜだ? なぜ王国の銀行が金貨100枚を貸し付けている? レイジに金貨が入っている気配もないのに。
ギルドの食堂に向かっていく勇者レイジを見る。彼が一言でも、なぜ、と問いかけてくれれば、怒ってくれれば、返済金が増えている事情を、ギルドの権限で無理やり調査することもできた。だが、レイジはそれを問わなかった。
だからリョードは調査できない。レイジが望まなければ何もできない。してやれない。
彼は返済金の項目を見て首を傾げ、そのままだった。
(なぜ、問うてくれない)
それはレイジが、この世界の神を、この世界の国家を、この世界の人間を、勝手に異世界に拉致して無限蘇生してダンジョンで戦わせるうえによくわからない理由で貰ってもいない金で借金漬けにするクソみたいな文明未発達の蛮族世界だから何言っても無駄だな、クソだな、と思い込んでいるためだった。
だが、それを副ギルド長であるリョードは知らない。
(なぜ、仲間を募らない。なぜだ? なぜソロでやるんだ?)
Dランクとはいえ、勇者は勇者だ。ベテランの冒険者でも兵士でもつけてオーク討伐の補助をさせればあっという間にレイジのレベルは上がるだろう。だがレイジからの要請も、王国からの指示もない。冒険者ギルドには勇者への命令権がないのでレイジの要求なく勝手にメンバーを組むことなどできない。レイジが一言でも誰かメンバーを斡旋してくれと言ってくれれば、この世界のために異世界からやってきて戦ってくれる、年若い勇者のために待機している冒険者ギルドのベテランたちが喜び勇んでレイジのためにパーティーを組んでくれるだろう。
リョードは気づいていない。それは王国がオークションで落札したレイジにとりあえずレベルが上がるまでは一人で頑張って、と今までの勇者育成マニュアルからの常識を教えたのもあるが。
日本人に眠る
マゾゲーみたいな現実に、ちょっと凝り性のレイジは楽しくなっていた。
レイジはDランク勇者という評価を受けているが、それはスキルランクなだけで、肉体に眠る可能性自体はSランク勇者と大差ないのだ。
鍛えれば鍛えるだけ結果がでることにレイジは楽しくなっていて、仲間を募るのは、とりあえず絶対に、どうやっても、何やっても勝てない相手が出てきたらにしようと考えていた。
(それに、要求した物資がこない)
リョードは物資を要求していた。レイジのための強力な装備品、魔導具、レイジの空きスキル枠を埋めるためのCランク以下のスキルブックだ。
もうひとりの勇者に王国は資源を投入しているが、だからといってそれらをレイジに与えない理由にはならない。
リョードは王都ギルドに向かってレイジのための物資要求の書簡を送っているが、王都ギルドからは物資を送ったという返信はあってもモノが届いてこないのだ。
質問状を送ったがそれに対する回答も、
黙り込んでレイジの書類を見る。おかしかった。なにもかもがおかしい。なんだ? 何が起きているんだ? レイジが何も言わないからと動いていないが――
(そもそも
勇者オークションで払われた金貨の返済はわかる。あれは仕方がないのだ。勇者に対する抑制制度。返済金を返済するまでの間に、籠絡することが目的の、この世界の人間のための猶予期間だ。
だが返済金を徴収しても、税を掛けるなど、あり得ない。あり得てはならない。
本来ダンジョン攻略とは、この世界の人間のために与えられた試練だ。世界を維持管理していくために創世の女神オーリングが作り出した試練。
それをこの世界の人間が女神に泣きついて、他の世界から勇者を召喚して、手伝ってもらうことになった。
――その勇者に、税を掛ける?
勇者が手に入れた金を奪って、一日数枚の銅貨で暮らさせる? 屋敷を与えて、美女メイドを与えて、戦闘以外の全てをサポートするべき勇者に対して、ギルドの宿舎で薄い毛布に包ませて、たった一人でダンジョンを攻略させる? おかしい。おかしかった。
現状を改めて考えて、リョードは背筋が寒くなってくる。王国は何をやってるんだ? まずいことになってるんじゃないか?
それに、せめてレイジが文句を言ってくれればなんとでも理由をつけて調査ができるし、支援もできるのに、レイジはほとんど要求しない。喋らない。悪態一つ吐かずに礼儀正しく勇者として活動してしまっている。周りの人々も、勇者に対して失礼があってはならないと、レイジから要求が来るまでは干渉を控えてしまっている。
勇者。勇者なんだ、レイジは。この世界を巣食うべく異世界から来てくれた人間。今は弱かろうとも、無限に生き返るから絶対に強くなることが確定している存在。そういう、存在。
(……――場合によっては、神罰案件になるかもしれない)
勇者管理委員会が出張って、レイジの現状を見たらなんて言うのだろうか。勇者のために、一年ごとに勇者の幸福度調査なども行われているのだ。
レイジの現状はまずい。まずすぎる。
レイジが借りても居ない返済金が積み重なって、わけのわからない勇者税もとっている。リョードだってこんなもの、王国側からの指示書がなければやっていない。
そもそも鉄の剣と皮の鎧なんていう王国兵士の支給装備だけで行動させてしまっている。勇者に与えられる聖剣はどうした? せめて
ヴェグニルドは小国だ。吹けば飛ぶような、飛ばされても、世界に影響を与えないような小さな国。
その小国が、異世界から全てを奪って召喚して、戦いを強制してしまっている勇者様に、スキルブック一冊と支給装備を与えただけでギルドの狭苦しい宿舎で暮らさせているなど、まずいことだった。
(どうなってるんだ、本当に。女神が知ったら、国が滅ぶぞ)
ギルドの調査員も、ギルドの指示書も信用ができなかった。
遅すぎたかもしれないが、早急に自分の子飼いの調査員を王都に派遣するべきだろう。リョードはそう考え、実行することにした。
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