#1 少年囚人、相対せよ
「おい、面会だ」
突然、地下牢に響き渡る声。何事かと顔を上げれば、そこには看守が立っていた。
「面会?俺にか」
「ああ、早くしろ」
そういって看守は鉄格子の扉を開ける。俺は手首の錠はそのままに、半ば看守に引き摺られながら歩く。…なんだか、看守に違和感を覚える。何時もより背が高い。それも、見て分かるほどはっきりと。まぁ、看守が変わるのは良くあることだ。今までも何回か変わったことがある。万が一のためか、来るのは決まってがたいの良い男共だったが、それでも俺に向ける感情は同じだった。怯えと、畏怖と……それを上回る侮蔑の視線。折檻の様なことをされていないだけましだろうが、それでも心地よいものではないだろう。嫌なことを思い出した、と小さく舌打ちをする。考え事で速度が落ちていたのか軽く鎖を引っ張られた。
それにしても、俺に会いに来るなんて物好きだな。まったく面会相手に心当たりがない。いや、あるにはあるが、母は─────『ッ!触らないでッ!穢らわしい!』─────俺に会いたいとは思わないだろう。いや、俺に会いたい奴なんていないか。
そういえば、もし俺が処刑されることになったら、本島からお偉いさんが来て首都に連れていくらしい。一度だけ、そのような内容の脅しをかけられたことを思い出す。警告と言えばそうだが、纏めてしまえば「問題を起こしたら処刑する」という内容だったから、脅しと言っても間違いではないだろう。そういえばそのときに、「処刑は見せしめに首都で行う」と言われたんだったか。…案外、処刑のため、という考えは合っているかもしれないな。面白くもないのに、思わず笑みが漏れる。きっと諦めだろうな、この感情は。なんせ、死にたくはないが、生きる希望も見つけられないのだ。
「入れ」
そんなことを考えている間にどうやらついたようだ。重厚な雰囲気を漂わせる扉を開け─────うん、開かない。そりゃそうだろう。こちとら7歳な上に牢獄暮らしで痩せ細っているんだぞ。一生懸命押している俺を見かねたのか、看守が扉を開けてくれた。なんだ、こいつ優しいところもあるんじゃないか。と思ったが、中に入って来たところを見て、自分が入るためか、と納得した。いや、ガッカリしてないぞ。やっと俺が7歳であることを考慮してくれたか、とか思いはしたが。全然違ったが。ガッカリはしていない。多分。
中には、部屋の端から端までを占領している仕切りのついた長机と、椅子が一つあるだけだった。ああ、前に来たときもこんな感じだったな。一つ違うのは、目の前に座る男だろうか。淡い栗色の髪を後ろで纏めた、細目の青年。暗いうえに湿っぽく、じめじめとしたこの部屋に似合わない上品さ。身に纏う服は俺でも分かるほど上質なものだ。なるほど、何処かの貴族か、王国のお偉いさんか。とにかく、上位階級の人なんだろう。そう思わせるほどの雰囲気を、目の前の男は持っていた。とんっ、と軽く背中を押される。座れと言うことだろう。椅子に近づき、腰を下ろした。
「やあ、こんにちは。はじめまして、だね」
「はじめまして。で、なんのようだ?」
「ああ、そんな心配しないで。君に害を与えに来た訳じゃないんだ」
「そうか。てっきり
「そんなんじゃないよ。それに、君のような子供を処刑するだなんて。例えそれが最善だとしても、赦されて良いことじゃないからね」
「良い言葉だな。1ミリも信用ならんが、気休め程度にはなる」
軽口を叩きながらも、俺は正面に座る男を観察していた。なぜか、気味が悪いと感じる。俺の言葉に、戸惑うでもなく、怒る訳でもなく。気にしていないと言えばそうなのだろうが、目の前の男は眉一つ動かさず、仮面のような笑みを浮かべるだけだ。
「自己紹介がまだだったね。僕はマキナ=グラウクス」
「これはこれは、御丁寧にどうも。俺はアステル…アステルだ。まぁ、言わずと知れた名だと思うが。悪い意味でな」
「うん、知ってるよ。良い意味でね」
「ハッ。魔王の子孫に良い意味があるか。俺は兎も角、貴様らには悪い意味しかないんだろう」
危ない、危ない。名前の後に姓を名乗りそうだった。
反抗の意思を含めて軽口をたたくが、全く相手にされず、逆に返された。良い意味ってなんだ。名前に良い意味があるのか?俺以外にはあるだろうが、俺にはないだろう。あったとしても、俺の存在はこいつらには悪い意味しかないだろうに。そう思いながら返すが、意外な顔をされた。
「驚いたな。それ、何処で知ったんだい?」
「前に、声の大きな看守が話していたからな」
「…へぇ。随分躾がなっていない
おい、今ゾワッてしたぞ。一瞬マキナの後ろに般若が見えた気がした。適当に「童話で見ました」とか言った方が良かったか?兎に角早く殺気を収めて欲しいので、話を進めるように促す。
「おい、本題はまだか?用があるのなら早くしろ」
「ああ、そうだね。率直に言おう。君には僕の学園に入って貰うよ」
「…なんて?」
いまなんと?学園に、俺が、何故?混乱する俺を他所にマキナは話を進める。
「残念だけど、これはもう決定事項だから、君に拒否権はないよ」
「いや、まて。ほんとにまってくれ…俺が、貴様の学園に?」
「うん、そうだね」
「それはいいのか?いや、良くないだろう。俺は魔王の子孫だぞ」
「うん、で?」
「で?って貴様…」
何が悪いのか分かっていないのか?魔王の子孫だぞ。俺は。周りに危害を加えるとか、学園が大変な事になるとか、思わないのか!?
「思うよ」
あ、心の声漏れてた…
「思うけどね。いざとなれば送り返すだけだし。それに」
「それに…?」
「僕の学園には、今年度から勇者の子孫も入学するんだ。一番血の濃い子がね」
「…なるほど、何かあれば、いつでも俺を殺せるということか」
俺がそういえば、ふふっ、と笑みを溢すマキナ。笑っている場合じゃないぞ。大問題だぞ。それとも
「まぁ良いだろう」
「えっ、良いのかい」
「ふん、応じなければ俺は一生、ここでくだらない生を謳歌するだけだし、断る理由もない。だが、質問がある」
「うん、いいよ」
「何故、俺を学園に入れる」
そう、ずっと引っ掛かっていた。俺を入れても、こいつにはなんの利益もない。あるのは不利益だけだろう。なのに、何故俺を入れるのか。
「ああ、それはね…うーん、何処から話せばいいか」
「なんでも良い。早くしろ」
「分かったよ。…数年前、魔物が突然活性化した。君がちょうど収監されたときかな。そう、およそ4000年前のあの時と同じように」
「なんだ、それは…魔王が復活するとでも言うのか」
「信じたくはないけど、おそらくそうなるだろうね。でも、魔王に対抗出来るような戦士はいない。魔術師も同様。事情があって、勇者の子孫も、頼りには出来ない。」
「つまり、なんだ。俺に魔王を倒せと?」
「そうなるね。もちろん、そう言う状況にならないようにすることが最優先だけれど。でも、もし魔王が復活するなんてことになったら、君に協力してもらいたい。そうなると、君は家族…を殺すことになるけど」
なるほど、事情は引っ掛かるが、だいたい分かった。
そうして、俺の頭はだんだんと速度を増して思考を回す。血の繋がった相手を殺すことは、気が引けるが、なんというか抵抗がない。魔王の子孫など、正直言って急に言われただけで自覚はないし…恥ずかしい話、
正直魔族を殺すことは、どうでもいいことだ。それでも…
自分でも、なんと言う考えだという自覚はある。しかし頭は被害妄想に取り憑かれたみたいにくるくると言葉を生み出し、やがて一つのアイデアだけが残された。
相手にとって、世界にとって俺は人間の子供などではなく、憎むべき化け物に違いない。どれだけ俺に『人間』の自覚があっても、『化け物』であることに変わりないのなら。
いっそ、『化け物』らしく振る舞ってやっても、構わんよな?
「血縁殺し?構わん。まるでウラノスとクロノスようだな。いや、違うか。ゼウス、そうゼウスだ。貴様らのために動くというのは、若干、いやかなり、気に食わんが。なってやろう。
「…っふ、ふふふっ。あっははははっ!良いねえ、ふふっ、とても良い。ああ、やっぱり君にして良かった」
啖呵を切れば、突然大声で笑い出すマキナ。一方で俺は、さらりと正気に戻り、ちょっと何口走ってるんだ俺は、思い上がりも甚だしいぞ、と羞恥に顔を真っ赤にしていた。
いや、笑い出すとは思ってなかった。叱られるか引かれるかと。逆に俺が引く事態になるとは。
「では、よろしく。明日、迎えに来るから」
「あ、ああ。」
爆笑したあとご機嫌のまま、マキナは席を立ち、消えていった。独り、いや看守がいるから二人だが、座ったまま、俺は呆然とマキナが去った後を見つめていた。
看守に同情の視線を向けられている気がした。
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