第27話 水蛇を抜けて。
光の閉ざされた水路に一人。
痛む身体に眼もくれずに、目指す約束の花園へとコウは走り続けていた。
左へ右へと幾重にも別れる枝道。
幼少の頃の記憶は凄く曖昧だが、良く修行と称したしごきの抜け道として、ミシェルとアランと共に冒険したものだ。
ある時はアランが壁を砕いては怒られる。
ある時はミシェルが水路を凍らせ、それはもうしごかれたものだ。
そんな思い出深く、懐かしきこの路を。まさか本当に抜け道として使うとは思いも寄らなかった。
(ミシェル姉様、リア、御母様、アラン兄様、シアさん、ザック、イワン、ミーゼ、エイラ……御父様。)
一歩、又一歩と。
花園へ近づくにつれて、コウの頭に浮かんでくるのはこれまでの全てだった。
結局、カリウスとの和解はできず、兄とは半絶交のような状態。
背中を押してくれたミシェルやリア、ザックやイワン達はこの先どうなるのだろうか。そして最後に、あの誰よりも優しい母がここに居たのなら……。
この足を止めて、今来た道を戻れば、きっと全て丸く収まる。またいつものように自分を犠牲にして、作り笑いで下を向いていれば、きっとまた違った幸せが待っている。
戻れ。行くなと。頭の中でそう誰かが囁き続けていた。
だがコウの覚悟にその言葉は決して届くことはない。何故なら少年に迷いなどないのだから。
ついに目前へ広がり始めた光に向かって、最後の目的地へと加速する。
(頑張ってくださいね!)
(大丈夫、きっとコウくんならできる。)
(行ってらっしゃいませ。)
(応援してますよ。)
(どうかお元気で、コウ様。)
いつしか耳障りな霧は晴れ、紡いだ希望達がコウの心を包み込む。
前へ。前へ。前へ。
後悔と不安を置き去り、ついにコウは光の先へと辿り着く。
ーーーーーーー
「何年振りかな……。」
そう言って、コウは眩しい光の歓迎を手で遮りながらも辺りを見渡す。どうやら脇道に出たらしい。
瑞々しく生い茂る草に、車力の跡が残った土の小道。風に乗って微かに匂う花の香りが、記憶のピースとなって過去の情景を蘇らせていく。
記憶を頼りにゆっくり歩き出したコウ。
母が自慢げにしていた花のトンネル。
シアから逃げるためによく隠れた用具入れ。
喉が渇いた時に飲んだ透き通るほど綺麗な小川。
まるでここだけは過去を切り取ったかのように残されている。
アリエルがいなくなった後でも、誰かがここに来てずっと手入れをしてくれていたのだろう。
(ここを登れば……。)
思い出に耽る足は、花園へと続く小さな階段で止まった。少し急で質素な何処にでもあるようなものだが、コウにとっては大切な思い出の詰まったものだ。
何処となくこの坂が小さく感じてしまうのは、コウがあの頃より大きくなったらからだろう。小さい頃はあんなにも登るのに苦労したはずが、今となっては悠々と登れてしまう。
今ならこの坂を超えた先にある花園を目一杯に見渡すことができるだろう。
そしてきっと、そこには居るはずなのだ。コウを待つ約束の人が。
坂を登り、ついに踏みしめた花の丘。
目の前に広がる一面の花園の真ん中に立つその女性の元へ。コウは遂にやってきた。
「やっぱり。あなただったんですね。シアさん。」
そこに立っていたのは……
「ええ。お待ちしておりました。」
マードックメイド長、シアの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます