第22話 第六感
魔力には色がある。人それぞれに多種多様の光彩が。
それがコウが導き出した答え、否、理論だった。答えというには至極曖昧で、感覚のみがその色を識別する。感覚主義という不確定要素に満ちた説明では誰も納得しないだろう。だがその領域に至った者ならば必ずこう思うはずだ。
世界はこんなにも美しいと。
魔力を研ぎ澄ますという次元を超え、自然の流れと真に一体化する。それは死ぬと同じ。まるで肉体と魂が分離し、自我をもって世界へと浮遊するような感覚だ。
肉体を捨て初めて至る場所。それがコウが行き着いた第六感であった。
揺らぎを感じた。
ザックは今戦っている。
魔力が湧き出すその源泉の最奥に燃え滾る焔。熱を放つほど弱弱しく、そして美しく輝いていた。
この色に、この光となるためにはどうすればいい。守ろうとする強い意志が伝わってくるのを感じる。
応えたい、寄り添いたい、理解したい。
だからコウはその聖火に手を伸ばした。
そして、微睡んで………。
ーーーーー
「どうしたの少年。こんなところで寝てはダメ。風邪を引くわ。」
ここは夢だ。そう思って納得しなければ、コウの思考は追いつけなかった。
いつしか上映会の椅子に座っていたコウは、観客のいない一人きりの劇場にいた。
スクリーンに映し出されたのはある冬の日。
雪が積もり始めた子犬へ、一人寄り添う若い赤髪の美女。
その子犬と女優が誰なのかは言うまでもない。これは幼き日のザックと母アリエルだ。
コウを置き去りに映画のワンシーンは流れていく。
「もう大丈夫よ。寒かったね。」
そう言って、女は自身の羽織で少年をくるみ、肩を抱いた。
いつしか子犬から白い吐息が漏れ出す。虚ろいでいた目を動かし、熱の正体を探る。
嗅いだことのない匂いと、知らない温もり。かつて野良だった少年の世界とはたった一人きりのものだった。幼い妹の手を放してしまったあの日から……。
「どう……して。」
一人だと思っていたその世界に張り込んできた女性に尋ねる。
赤髪の美女は少し首を傾げる。人差し指を顎に降る雪を眺めながら………。
「ん~そうね〜。」
閃いたとばかりに、美女は笑みを向けた。
「君を抱っこしたら、私も温かくなれると思ったからかな!」
その日、子犬は……ザックは初めて安心して眠れた。
ーーーー
なぜザックの記憶が映し出されたのか。どうして共有されたのかは分からない。
だがコウにはある確信があった。
自分が消えかかったこの魔力の焔の薪となれることを。
この命を救える。
いつしかコウの魔力がザックと同じ光彩へと変わっていく。
人と他者が真に分かり合うことなどできない。だが寄り添いあうことはできる。
誰かを救いたい、誰かと繋がりたい、誰かと紡ぎたい、誰かを理解したい。
それは傲慢な善意なのかもしれない。分かり合えない人だって必ずいる。それでも互いに少しでも分かち合おうと思えるのならと、コウは答えを出す。
「ザック、僕は君と……。」
消えかけたザックの灯に、コウは命の息吹を与えた。
「友達になりたいよ。」
ーーーー
そして長い夢は醒め現実へ、次は自分が友人を救うために。
「『流魔』!!」
力ないザックの手を、コウは強く握り返した。
熱と魔力が両者の間で交わされ、命の流動がザックの全身へ行き渡る。
直後、生気のないザックの筋肉に血管が浮かび上がり、末端の神経まで電流が走った。
「飛べっ!! ザックーー!!」
コウの叫びによって、死にかけだった獣はこれまでにない大跳躍を果たす。
自身の結界を易々と突き破るも怪我はない。滾る魔力の鎧が全ての魔法的干渉を跳ね除け、身体を覚醒へと誘った。
「これは……。」
チグハグだったモノクロの視界は色を取り戻し、ザックは意識が復活する。
鳥のような浮遊感に襲われ、二人は数メートルの建物の上に着地した。
一回の跳躍でここまでの高さには届かないはずだと、ザックは自身の肉体に疑問を投げかけた。
その返答は全能感。死より帰還したこの体は、通常では考えられないほどの魔力で覆っていた。
「……コウさんっ?」
ザックは全ての疑問を問うようにコウと目を合わせた。
当然だ。先ほどまで魔力を使い果たし、死にかけだったはずだが、忽ち精気が蘇ったのだから。
ザックは復活に対して、コウは疲れ気味に息を荒げ、少し呼吸を整えてから、やっとの思いで背を降りた。
「君にさ。僕の魔力を流したんだ。普通なら拒絶されるんだけどね。なんか分かんないけど上手くいったよ。」
「分かんないん、ですか?」
「あ〜うん。説明するのはちょっと難しいかも。後でお腹でも壊したらごめんね?」
コウは苦笑いで簡単そうに言ったが、ザックは全く理解できず、唖然とする。
魔力を他者へ譲渡するなどありえないことだ。魔力とは本来、その身に宿る自身の魔力因子によって起こされるものだとされている。故に、他者の魔力因子とでは拒絶しあい、受け付けない。
だが人類史において、ある稀な奇跡の症例は確かに存在するのだ。
東の国で、二人の間で魔力の受け渡しができる仲のいい姉妹がいたのだとか。
西の国で、どんな万病や致命傷でも患者の手を握っただけで治してしまう戦場の天使がいたとか。
北の国に、触れ合うだけで意思疎通をはかれる民族がいたとか。
そして、今日ここに。自ら譲渡に成功した少年が現れたのだ。
「折角なんだなら存分に使ってくれ!」
コウはすぐさま構えるも、ザックはまだ固まっている。無表情はそのままだが、どことなく気の抜けた感じた。
そんなザックにコウは首を傾げながら視線を送る。
「ザック?」
「すごいですね……コウさんは。」
「? 何が?」
「……いや。」
ザックは説明をあきらめた。どうやら無自覚らしい。
「なぜ……動けるのですか?」
屋上へ着地した敵の反応にすぐさま二人は動いた。
構えの先にはクレアの姿。怒気交じりの声に隠した不快さが窺える。
「魔力は尽きたはず。ああそれとも。獣だからですか? 人外の成すことは理解し難いですね。」
獣という言葉を獣人に向ける悪態。相手を誘っているとはいえど限度があると、コウは静かに腹で怒りを培う。
「獣人に対してその言葉は些か過ぎてますよ。いくら挑発でもマードックの品位に関わる問題だ。」
「これは失礼いたしました。ですがそ奴は、主に牙を剥いた言わば愚犬です。それに反意を起こしたコウ様にマードックの何たるかを説かれたくはありません。」
二人の間で醜い罵りあいが始まった。
「そうだね。僕は姓を捨てる覚悟でここにいる。でも君たちが追ってくる以上、僕はまだコウ・マードックだよ。マードックの人間として、君だけはどんな手を使っても土下座させてやる。」
「まあそれはそれは大胆な。罰というなら甘んじて受けましょう。その時、コウ様が本邸におられるかはわかりませんが、ね?」
(何だろう。すごくムカつくな。僕のことはいい。でもザックのことを罵られるのは……。)
挑発である事は分かっている。だがそれでも、コウには看過できないことだ。
感情を縫い繕うことが出来ず、痛む右手をこれでもかと固めた。
「落ち着いて。」
その言葉に、コウは眦の上がった面を破顔させた。
「大丈夫ですよ。おれぁ。」
「ごめん。ちょっとムカついてた。」
「ありがとうコウさん。でも先に行ってください。」
そう言って、ザックはコウの前に出た。
気づけば周囲にカリウスの親衛隊も集まり始めている。口論などしている余裕はない。時間は迫る一方だ……。
コウは怒る頭に冷や水を浴びせ、落ち着きを取り戻す。
「任せてください。次は俺の番だ。」
ここまで頼りになる男を知らない。コウには大丈夫だという確信があった。
しかし、それはザックも同じだった。
今までに感じたことのない全能感に戦闘本能が疼く。獣人では考えられないほどの魔力の鎧が、種族特有の肉体に加算される。
「あなた達はザックを。私はコウ様を追います。」
「お一人で?」
「ええ。それで十分よ。」
(一人か……。舐められてるよな。でもありがたい。)
クレアの術式への知識は少ない。だが大人数での詠唱が最善のクレアが一人で来るというのだ。
「わかった。でもクレアは僕が引き受ける。君はこのラインを死守してくれ。」
「分かりました。気を付けて。」
各々が攻撃の態勢へ移行し、場は再び小さな戦場へ。家出の第二ラウンドが今始まる。
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