第20話 『寵児らの音楽隊』

「状況は?」


 冷たさのある声が混乱気味の現場に投げられた。

 カリウスより急遽駆けつけたクレアは手練れのメイド達を引き連れ南観光区まで辿り着いたが、辺りを見渡すも一向にコウの姿が見当たらない。いざ着いてみれば、一足先に向かった者達がこの様である。

 漏れた一メイドの舌打ちに親衛の者は体をビクつかせ、恐る恐る視線を集めると露骨なまでに鬱憤な態度のクレア。

 結局新鋭達のなすりあいが始まり、一番近くの男がそろそろと擦り寄った。


「こ、これはこれは……クレア殿。なぜこちらへ?」

「状況は?」


 目に見えて不機嫌そうな副メイド長に、親衛の者はすぐさま視線を地面に落とし、真実を赤裸々に語っていく。


「はい! ご報告いたします。コウ様はいまだ逃亡中。今全力で捜索に当たっているところです。」

「で?」

 

 依然としてメイドは見下す姿勢のまま。コウを捕らえ損ねた役立たずに悪寒を走らせ、報告の舌を回らせる。


「し、親衛隊隊長ザックの裏切りのより苦戦を強いられておりまして……。」

「そう。で?」


 機嫌を損ねたクレアにはどうやらまだ足りないらしい。

 新兵は頭の片隅までほじくり返し、変な汗を流した。


「あ、あのですから……。」

「私は聞いているのよ。なぜコウ様をいまだ確保できていないの?」


 カリウスの親衛隊なる者達の醜態に思わずクレアは叱責する。


「ザック? それがどうした。彼が手を加えただけで破綻するような愚策ならば意味はない。ここには頭の無い人間と役立たずしかいないのでしょうか。」

「申し訳……ございません。」

 

 「ふんっ」と悪態をつき、クレアはメイド達に指示を出す。


「あのどちらへ?」

「は?」


 今ここに立っている理由すらも頭から抜けてしまっている輩にかける言葉はない。愚者の問いへの回答は戦闘一歩手前の睨みだった。

 どこへ行く? 決まっている。カリウスの僕として任務を遂行するのみ。たとえコウの身を削ることになろうとも。いかなる手段を使って必ず捕縛する。


「『術式発動ライズ・オン』」


 体に刻まれし術式、世界に愛されし恵みの子らは魔力を注ぐことで起動させる。この世でただ一人、固有魔術の恩寵を与えられ、高みへと至る権利を授かった者達は高らかにその名を口にする。


「『寵児らの聖歌隊グレゴリオ・マーザー』」


 直後、空気が揺れるように迸り、術式本来の力が主に奉呈されていく。

 いつしか現れたのは片手サイズの魔杖を彷彿させる……あれは指揮棒だろうか?

 洗練された一楽団のように陣取っていた六人のメイドが一斉にクレアの指揮棒に焦点を当てた。懐から取り出した振り鈴ハンドベルを掲げ、指揮者の先導によって開演に至る。


「『六重奏・探し人セクステット・ラバー』」


 それは唯一無二の詠唱。一人では紡がない。他者との共演によって魔術へと昇華させる合唱である。


 リンッ リンッ リンッ 


 心地良い音色が夏風とともに体を突き抜けた。振り鈴ハンドベルからは、想像もつかない大音響をかき鳴らし、振動が全体へ広がっていく。

 単一の音色ではない。それぞれが別の音叉を担い、聴き手全員を魅力する。

 込めた願いは探し人。この音色がどうか、獣人とある探し人の元に届くようにと……。


「水蛇の方。その裏路地ですか。見つけましたよ、コウ様。」


 その願いは、寵児の指揮者によって聞き届けられたのだった。

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