21 惜別
一塊の波となって押し寄せる怪物を止めるべく、ズラーラとウマイマが一歩踏み出した時だった。
二人のすぐ後ろ、玉座の手前ではゼーナがバタルの亡骸を抱きかかえ、項垂れ泣き続けている。しかしもう一人いるはずの、魔人の姿がない。ズラーラはその行方を探して視線を巡らせる。そして玉座の奥に、ぽつりと落ちているランプを見つけた。
ズラーラはランプに目を向けたまま、ウマイマの腰の辺りを軽く叩いて注意を引いた。
「……アラディーンが消えた」
「……そう」
ズラーラがぼそりと伝え、ウマイマは声とも吐息ともつかない調子で返事をした。
首領を失った
ウマイマの視界の端で、金色の煙が淡く立ちのぼった。見れば、足もとにいるズラーラの実体が緩み、輪郭から滲むように煙に変わっている。
「あら、時間切れ?」
問いの形をとりつつ確信を持って言えば、ズラーラは細い首で頷いた。
「次の
三つの願いが成就した時、魔人の契約は解かれて本人の望むと望まざるに関わらず
ズラーラは、半身たる短剣を軽く振った。剣身に残っていた血は
短剣を両手で胸の前に持ち、ズラーラは体ごとバタルの方へと向き直る。もの言わぬ青年の顔を琥珀の瞳に映し、俯いた。
「
堪えきれず、ズラーラの目から涙が落ちる。同時に、少年の姿は短剣もろとも黄金色の煙へと変わった。煙は散ることなくまとまったまま浮き上がり、高い位置の格子窓から外へと飛び出す。黄金色の煙は光の尾を引いて、遙かな空へと吸い寄せられるように彼方を目指し、やがてわずかの痕跡も残さず消え去った。
短剣の少年魔人を見送ったウマイマは、金の煙の出ていった窓をしばらく見詰めていた。金と青の鮮やかなタイルで彩られた天井で、そこだけ淡くぼんやりとした
物思いに切りをつけたウマイマは改めて、バタルの亡骸と、それを胸に抱くゼーナへと向き合った。指輪の娘魔人は先ほどまで声の限り泣き狂っていたが、いつの間にか静かになり、今では微動だにせず項垂れている。多少は落ち着いただろうかとも思われたが、乱れて垂れた髪で表情がうかがえない。それがかえって、ウマイマの目には深刻にも映った。
ウマイマはゼーナの前に膝をつき、大きな体を屈めた。
「ゼーナちゃん……バタルちゃんを外に運びましょう」
死者を大切に思えばこそ、きちんと身なりを整えてやり、丁重に葬ってやるべきだ。少なくともこの場所でただ悲嘆に暮れるだけなのは、残された者にとってもよいことではない。そうウマイマは考え、バタルの体へと両手を伸ばした。
だが、ゼーナが急にバタルを強く抱いて身を引き、ウマイマに触れさせようとしなかった。滴がこぼれるように、娘魔人の唇から一語一語と、か細い呟きが床に向かって落ちていく。
「バタル様は……死なせません。わたくしが、絶対に……もう、死なせない……」
ゼーナは腕の力をさらに強め、バタルの頬に自身の頬を寄せた。二人の肌と肌が触れ合ったところから淡い光が漏れるのを見て、ウマイマは、はっとしてゼーナの肩をつかんだ。
「ちょっとゼーナちゃん! なにする気!」
「止めないでください!」
バタルから引き離そうとしたウマイマに、ゼーナが叫んだ。絶句するウマイマを見ることもなく、ゼーナはバタルを抱き締めたまま懇願をする。
「お願いです。止めないで……止めないでください……」
「でも、それじゃあ、あんたが――」
「わたくしはいいんです。わたくしは、二度もバタル様を守れなかった……
これ以上、ゼーナにかけるべき言葉がウマイマには見つけられなかった。どんな説得も励ましも、なにもかもが陳腐に思えて、声にのせるのさえ憚られる。
ウマイマは立ち上がり、一歩後ろへとさがった。ゼーナのすることに、自分は干渉できない。それでも、見届けるべきだろうと思った。目覚めた者を、迎える者も必要だ。
ゼーナはバタルの右手を握り、彼の中指にはめられた指輪をそっと撫でた。
指輪の魔人は、
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます