16 主人
「
「ちょっとゼーナちゃん、あたしの場所も空けてちょうだい」
近くで少年の高い声と野太い男の声がした。ゼーナが手は握ったまま身だけを引くと、空いたところへ狼のような目の少年と、
「
「バタルちゃん、あたしたちの名前、ちゃんと分かる?」
二人交互にまくし立てられて、バタルの笑みは引っ込み、わけも分からずぽかんとした。
「ズラーラ、ウマイマ……なにをそんなに騒いでるんだ」
短剣の魔人と鏡の魔人の名をバタルが口にすると、二人は揃ってほっとした様子を見せた。そこへ、ウマイマの肩の上から緋色の鸚鵡までもが顔を出す。
「明るくなったら起きるに決まってるのに、なんでこいつらはこんなに大騒ぎしてるんだ? オレ様にはさっぱり分からないぞ」
いかにも不思議そうにくるくると首を傾げる鸚鵡のコッコの意見はよそへ置き、ズラーラとウマイマは顔を見合わせた。
「とりあえず、なんともなさそうね」
「そうみたいだ」
「だから言ったろう、心配いらないって。どうして信じないかな」
頷き合う二人に割り込むように、横たわるバタルの頭側から別の男の声が降ってきた。ズラーラとウマイマがほぼ同時に体を起こして、声の方へ顔を向ける。その表情はどちらも胡乱げだった。
「信じられるはずがないだろう。どんな企みを隠してるか分かったものじゃない」
「そうよそうよ。そういうことは、自分の言動を省みてから言いなさい」
二人がかりでの批難を浴びて、相手は多少は堪えるかと思いきや、返ってきたのは愉快げな笑い声だった。
「ひどい言われようだな。まあ、ぼくも同じ立場なら信じないだろうけどね」
自覚があるあたり、やはりたちが悪い。そうは思っても、それ以上に魔人たちの賑やかさがおかしく、バタルはつい苦笑をした。
(いつの間にこんなに仲良くなったんだか)
心底楽しげな声音に不思議と安堵感を覚え、バタルは枕元でくつくつと喉を鳴らしている声の主に呼びかけた。
「ジャワード」
応えるように、前屈みになった
「おかえり、バタル。気分はどうだい」
「最悪」
バタルは、ジャワードが膝を枕として提供してくれていることに気づいていたが、あえて悪態で答えた。なにも知らせないまま彼の追憶へ放り込まれたことへの、意趣返しだ。ジャワードもそれを分かって、あっけらかんと返した。
「それはよかった。君の感覚が正常で安心したよ」
「事前に一言くらいあってもよかったんじゃないか」
文句を言ってみるも、ジャワードは不敵に笑うばかりで、まるで反省しようとしない。バタルは呆れたが、ここで殊勝に出られてもかえって対応に困る自分が想像できたので、それ以上言うのはやめた。
すっかり目の覚めたバタルが上体を起こすと、右手を握っていたゼーナがすかさず背中に手を添えた。
「お体はなんともありませんか」
「平気だ。夢見が悪かっただけでなんともない」
安心させるように言いながらバタルはゼーナの手を放し、寝ている間に固まった筋肉を軽く動かした。両腕を伸ばして体を反らせるバタルを見て、ズラーラもようやく胸を撫で下ろしたようだった。
「本当に大丈夫みたいだな」
「まだ疑ってたのか。よほど坊やからの信用がないようだね、ぼくは」
心外とばかりにジャワードが言い、ズラーラはむっと口を曲げて
「疑われるようなことをする方が悪い」
「信じる者は救われるって言うだろう」
「その文句は嘘つきほど使うものだ」
「同じ魔人を嘘つき呼ばわりは面白いな。隠しごとはするけど」
「隠しごとの内容が問題だ」
「二人ともそれくらいにしとけ。ジャワード、あまりズラーラをからかうな」
放っておくといつまでも続きそうな応酬を、バタルは強引に割り込んでやめさせた。バタルの斜め後ろに座るジャワードは、優雅な動作で
「
「自分のせいだろう」
まだ口を尖らせて言う少年魔人の頭へ、バタルは人間の子供にするように手を置いた。
「ズラーラも、ジャワードはこういう性格だから、いちいち突っかかってたらきりがないぞ」
「そうよ、ズラーラちゃん」
ウマイマが力強く同意し、体の小さいズラーラに目線を合わせて背を屈めた。
「こんなのと同じ程度で喧嘩をしたら、ズラーラちゃんの性格まで歪んじゃうわよ」
「オレ様もそう思うぞ。オレ様も、このきんきら頭はあんまり好きじゃないからな」
コッコまでもがウマイマの肩から身を乗り出して言い出し、ジャワードもさすがに苦笑をした。
「身に覚えはたくさんあるけど、そこまで嫌われることかな」
「皆様、そのくらいにされた方が」
再び騒ぎだした男魔人らと鸚鵡に、ゼーナが仲裁に入ったが、ウマイマたちの言を否定しないあたり彼女もかなりのところまで同意なのだろう。
自分をとり囲んでされる魔人たちのやりとりに、バタルは軽くため息をついた。これだけ個性がばらばらな魔人を四人もまとめるのは、なかなかに骨が折れそうだ。それでも、この賑やかさは嫌なものではなかった。逼迫する状況にともすれば落ち込みそうになるバタルを、彼らはここまで助け、支えてきてくれている。まとめようと考えると難しいかもしれないが、自我も意思もある個として相対すれば応えてくれる者たちであることを、バタルはよく知っていた。
「ほらほら、君たち。
魔人同士の言い合いを遮るように、ジャワードが言った。魔人たちの注意が一斉に向けられ、バタルは首をひねって絨毯の青年魔人を睨めつけた。
「煽ってたのは誰だったんだか」
言ってはみるが、それくらいで態度を改めるようではジャワードではない。けれども彼が作ってくれた機会なので、バタルは居住まいを正して、魔人たち一人一人に目をやった。
「おれはこれから、マシュリカ国へ行って妹のファナンをとり戻して、また同じことが起きないように魔王アラディーンを倒す。でもこれはおれ一人じゃあできない。絶対的に皆の力が必要だ」
「そんなことは分かっている」
改まって言うバタルの言葉を、ズラーラが遮った。少年魔人は狼に似た琥珀色の目に力強い輝きを宿して、バタルを見ていた。
「
「ズラーラ様の言う通りです」
間髪入れずに続けたゼーナの方を見やれば、彼女もまた迷いない眼差しをバタルに向けていた。
「わたくしたち魔人は
「そういうことね」
ウマイマまでが続き、彼はバタルに向かって片目をつむってみせた。
「言いたいことは二人に言われちゃったわ。バタルちゃんはただ、あたしたちに願ったらいいの。そこに気負いは不要よ」
「オレ様もいるしな。大船に乗ったつもりでいるといいぞ」
便乗したコッコは根拠不明な自信たっぷりに言い、ウマイマの肩の上で胸の羽毛を膨らませた。
魔人たちの頼もしい言葉に、バタルは笑いをこぼした。彼らはもう、バタルよりずっと覚悟も心づもりもできている。今ここで、応えるべきなのはバタルの方だ。
「分かった。それじゃあ、ここから改まった話はなしだ。ただその前に、ジャワード」
バタルが呼びながら振り返ると、静かに
「ジャワードは、アラディーンにまた会いたいと思うか」
ふと、ジャワードの表情が消えた。しかしそれは刹那のことで、彼はすぐさま口元にいつもの淡い笑みを見せて、首を横に振った。
「まったく思わないね。向こうも、今さらぼくの顔を見たくもないだろう。仲がよかったとはとてもじゃないが言えないし、傷を舐め合うのは趣味じゃない。ただ――」
一拍置き、やや声音を強くしてジャワードは続ける。
「魔人なら多かれ少なかれ誰しも似た経験を通っている。彼にだけ同情する意味はない」
「そうか……」
アラディーンに
しかしこれで、彼らになにを願うべきかバタルの中で定まった。あとはバタル自身の覚悟を決めるだけだ。数度の深呼吸をして、バタルは改めて魔人たちを見回した。
「これから、ジャワードに残りの二つの願いを、ウマイマに三つの願いをまとめて伝える。あと、コッコ様にも手伝って貰うぞ」
「任せとけ。オレ様がしっかり、こいつらを引っ張っていってやるからな」
翼を広げてコッコが請け合い、バタルは腕を伸ばして嘴の下を軽く掻いてやった。
「頼りにしてるぞ。なにせコッコ様にしかできないことだからな」
おだててやれば、コッコはさらに得意になって胸を反らせた。
「おれとゼーナは?」
ズラーラがやや前のめりになって割り込み、その横ではゼーナも緊張気味にバタルを見ていた。
「二人はとりあえず、おれの傍にいてくれたらいい。現地でなにがあるか分からないから、いざという時の為に手を残しておきたい。ゼーナには、全部終わったあとで願いたいことがある」
「分かった」
「かしこまりました」
ズラーラとゼーナが揃って頷き、バタルも彼らに頷き返した。
魔人たちは不死身だ。なにも心配することはない。もっとも懸念すべきは妹ファナンの身の安全と、バタル自身が彼らの足を引っ張ってしまうことだ。魔人たちの力に頼り切りではいけない。
(ファナン、もう少しだ。もう少しだけ、待っててくれ)
困難に立ち向かいし者たちに祝福を。英知あふれるスライマンの導きにより正しき道は示されん。
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