第3幕 亡き妃と魔法のランプ
1 君主
ジャワードの顔の近さにバタルは仰け反り、胸を押して離れさせた。それに特に気を害した様子もなく、美貌の
「そういえば、前にも言ってたな。英雄がどうとか。おれはただ、妹をとり戻して平穏に暮らしたいだけだ。そこに名誉はいらない」
「こういうのは結果そうなるものであって、望む望まざるはあまり関係ないさ。それに、そこに短剣の坊やがいるということは、君がとり戻したいという妹の所在はもう分かったんだろう」
ジャワードに言われ、そうだと思い、バタルは短剣の魔人ズラーラの方に体ごと向き直った。真っ先に聞くべきはずが、少年魔人の癇癪から始まる一連のできごとですっかり後回しになってしまっていた。けれど聞くのが遅れたのが、そればかりが理由ではない自覚がバタルにはあった――ズラーラが妹ファナンを連れていない。
嫌な予感を必死で振り払い、バタルは唇を震わせた。
「ズラーラ。ファナンは」
意地悪な
「
ズラーラが断言した瞬間、バタルは反射的に距離を詰めていた。
「じゃあなんで、一緒に戻ってこなかった」
少年魔人の細い肩をつかみ、普段のバタルならば決して子供に対して使うことのない問い質す口調になった。見た目は小さくとも百戦錬磨の少年魔人はその程度でひるまず、毅然とした姿勢を崩さないまま答えて言った。
「場所が悪かった。おれには手が出せない」
「どこだそれは」
「
思いもかけなかった答えに、バタルは意表を突かれた気がした。
砂漠の
「マシュリカ国で保護されているのか」
「
バタルの疑念を察したように、ズラーラがやや声を大きくした。
「
「地下牢だって」
一度は開いた眉間を、バタルは再び険しくした。
「ファナンに一体なんの
「
「なら、どうして」
即座に否定したズラーラに、バタルはさらに詰め寄った。少年魔人は狼狽えず、自分より体の大きな
「
急に問われて、バタルは怪訝に目をすがめた。確かにそのような話を以前に聞いていたはずだ。だがバタルがその記憶を辿る前に、
「それならオレ様も知ってるぞ」
ウマイマの肩の上で高らかに言ったコッコだったが、次の声を発した時には右に左にと首を傾げて唸っていた。
「えーと、なんだったかな。アルジャン? アラフィム? あーあー……」
「アラディーンだ」
低めた声で言ったのはジャワードだった。途端にコッコは翼を広げ、威勢をとり戻した。
「そう、それだ! マシュリカとか言うところで一番偉い奴はアラディーンだ。前に島に来た人間が言ってたぞ」
自分の手柄とばかりにコッコは胸を張る。そんな彼の羽を、ウマイマが太い指で軽くつついた。
「よく覚えてたわねコッコちゃん」
「当然だ。オレ様は、一度聞いたことは絶対に忘れないほど賢いからな」
「話に聞いたことはある。
これも、砂漠の
「
「なんだって!」
バタルは驚かないではいられず、思わず聞き返した。
「なにかの間違いじゃないのか」
「間違いだったらこんなことにはなっていない」
すぐさま反論されて、バタルは口をつぐんだ。つまり、マシュリカ国の
そんなバタルの内心にはお構いなしに、ズラーラは自らの目で見てきたものを報告した。
「宮殿から城下まで、まとめて
バタルは船上で見た
「マシュリカの状況は分かった。でもファナンがいる場所まで突き止めたなら、どうして連れ出してこなかった。ズラーラなら、
無敵とも言えるほどの魔人の強さを、バタルはこれまで何度も見てきている。ズラーラが
「
ズラーラは嫌なことを思い出したように、あどけない顔をわずかにしかめて言った。
「牢の扉は魔法で閉じられてた。外からも内からも、人間の手では開けられないようにする魔法だ。そしてそれは、おれにも触れられなかった」
「それは……」
思わずといったように声を発したのはゼーナだった。会話に割り込んでしまったことに焦った様子で口元を押さえた指輪の魔人に、バタルは顔を向けて先を促した。
「なにか気づいたなら言ってくれ。ゼーナの意見も大切だ」
「いえ、あの。意見ではないのですが……」
歯切れ悪く言ったゼーナは、やや迷う仕草をしてから、ズラーラを見た。
「……魔人の魔法、ですか」
恐る恐る発せられた言葉には、明確な確信もこもっていた。重々しく、ズラーラが頷いた。
「間違いない」
「どういうことだ」
話が見えずにバタルが問うと、鏡の魔人ウマイマが体の前で両手を合わせて答えた。
「基本的に、魔人は他の魔人の使う魔法に直接干渉できないのよ。ズラーラちゃんが手出しできなかったってことは、そういうことなんでしょう」
ウマイマが簡単に説明すると、ズラーラはそれを補足するように続けた。
「魔人の魔法の源泉はみんなスライマンの魔力だから、どうしても同じ性質を持つ。だから、まったく違う魔法同士でもぶつけると融合や同化を起こして、思わぬ暴走をする可能性がかなり高いんだ。おれたち自身もなにが起こるか分からないし、どれだけの被害が出るかも分からないから無闇に手が出せない。というのが正直のところ」
忌々しそうに、ズラーラは口をへの字に曲げた。
力が強大過ぎるゆえに思い通りにならないこともあるのだと、バタルは改めて知った気がした。ファナンを連れ帰れなかったことに、バタルが苛立ったのと同じくらい、ズラーラも歯がゆい思いをしているのだろう。そんな彼を責めてはいけないと、バタルはどうにか冷静な自分をたぐり寄せるようにして思考を巡らせた。
「マシュリカ国に、魔人がいるってことか?」
「おれの口からは言えない。禁に触れるから。でもあの国で今、
ズラーラの仄めかす言い方に、バタルはもう一度考え込んだ。けれど長く思索せずとも、ここまでの会話ですでに答えは出ていた。
「まさか、マシュリカ国の
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