19 集結

 空飛ぶ絨毯が谷の影に入ったところで、その縁から美しき白人アフランジの若者が顔を覗かせた。彼は眼下にバタルたちの姿を認めると、挨拶代わりに軽く手を振った。


「やあ、バタル。またずいぶんと面白そうなことになっているじゃないか」

「ジャワード!」


 いつも予想外の場面で姿を見せる白人アフランジの魔法使いは、バタルの呼びかけに人好きする笑みを返した。


 ゆっくりと地面に降りる絨毯へと、バタルは駆け寄った。島の海岸で別れてさほど経っていないというのに、ずいぶんと久しく感じられる。離れているわずかな時間のできごとが、あまりに目まぐるしすぎたのだ。


 絨毯から立ち上がったジャワードは、ターバンから細くこぼれる金髪を揺らして体を伸ばした。


「短剣の坊やが戻ってくるのが見えたからね。出遅れてはいけないと思って来てみたが、どうやら正解だったらしい」


 ジャワードがなにをもって正解と断じたかは分からなかったが、彼が意味不明なのはいつものことなのでバタルは気にしなかった。


「あらやだ、他にもお仲間がいたのね」

「またおかしな奴が出てきたな」


 ウマイマとコッコが、バタルの後ろから白人アフランジの姿を覗き込んだ。観察するようにくるくると首を回す鸚鵡を肩に乗せたまま、ウマイマはらしくなく面食らった顔をした。


「あら、あんた――」


 言いかけたウマイマに向かって、ジャワードが口の前に人差し指を立てた。


「口はわざわいの門だよ」


 怪しげにほほ笑むジャワードに、ウマイマの目が胡乱に細められる。


「それもそうね。それにしても、変わってるわね、あなた」

「オレ様もすごく変わってると思うぞ。髪の色がきんきらだ」

「君らだって大差ないだろう」


 出会って早々に、コッコも交えつつ応酬を繰り広げる二人を、バタルは横目に見比べた。


「知り合いなのか?」

「そうでもない」


 ジャワードはすぐに否定し、同意を求めるようにウマイマへ視線を送った。鏡の魔人は、筋肉で盛り上がった肩を軽くすくめた。


「ええ。少なくとも初対面ではあるわね」


 とてもそうは見えないとバタルは思ったが、ウマイマが一歩距離をとって会話から離脱したのであまり問い詰めることもできなかった。そもそもジャワードは秘密が多い人物なので、いまさら謎の一つや二つ出てきても驚きはしない。問い質したところで、はぐらかされるのがおちだ。よほど重要なことであればいずれ話してくれるだろうと、バタルは考えた――それも断言しきれないのが、ジャワードという男ではあるが。


「ガザンファルたちは」

「あの海賊たちなら、今朝方、島を出たよ」


 この島まで送り届けてくれた船員たちを気にかけていたので、バタルはひとまず胸を撫で下ろした。


「そうか。あとは無事にサージビアの港まで帰れるといいんだけど」


 島を出たとて、すぐにロック鳥の脅威がなくなるわけではないし、食人鬼グールの件もある。長い距離ではないとは言え、突貫工事で修理された船で無事に乗り切れるものだろうか。


 案ずるバタルの肩を、ジャワードが軽く叩いた。


「彼らなら大丈夫さ。あんなにしぶとい人間といえば、他には君くらいしかいない」

「……それ、褒めてないだろう」


 自身でもよく生きていると思うのだから、ジャワードの言いたいことも分からないではない。けれど自ら望んでその状況に身を置いているわけではないだけに、内心としては複雑だった。

 渋い顔をするバタルに、ジャワードは軽く笑い声をたてる。


「褒めてるさ。君ほど幸運に愛されている人間も、お揃いの服を着るほど魔人に愛された人間も、ぼくは知らない」


 ジャワードに言われたことで、バタルはゼーナと同じ服を着ている気恥ずかしさを急に思い出した。当のゼーナは嬉しげな様子なので、今さら照れくさいとも言えず、バタルは誤魔化すように小さく咳払いをして口元を歪めた。


「故郷をロック鳥に壊されて、妹がいまだに見つけられてなくても、幸運って言えるのか」

「言えるさ」


 皮肉のつもりで言ったバタルに対し、ジャワードは断言で返した。白人アフランジの空色の目がバタルを通り越し、後ろに並ぶ魔人たちへと注がれる。


 指輪の魔人ゼーナは姿勢を正して真っ直ぐにバタルの背中を見ているが、短剣の魔人ズラーラはそっぽを向いていた。前に会った時に、ジャワードがからかったためだろう。鏡の魔人ウマイマは白人アフランジの方に目を向けているが、眼差しは胡乱げだ。その肩では、物言う鸚鵡がウマイマをまねるようにすがめた目をしていた。


 外見も性格もまったく違う稀なる者たちが、たった一人の主人シディのもとに集っている。それは、誰をもの胸を高鳴らせる光景だった。


「スライマンの魔人が三人に、魔法の鸚鵡が一羽。黄金よりも貴重な宝の山だ。これだけの力が揃っていれば、叶わない願いはないだろう」


 力強く、ジャワードは請け合った。けれどバタルは、いまだ自信も確信も持てないでいた。


「本当に、そう思うか」


 バタルが低く問えば、ジャワードはあらゆる否定の言葉を引っ込めさせる不敵さで笑って顔を寄せた。


「実はぼくは期待しているんだ。死の経験を経ている君が、英雄になることをね」


 見詰める空色の瞳の奥で、希望と好奇心が躍った。





 集いし者共に光輝あれ。輝かしきスライマンの威光が恵みとなりてかの者たちに注がれん。




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