12 驕り
緋色の鸚鵡は、つぶらな目でバタルたちを見下ろしていた。丸まった嘴をぱくぱくと動かし、そこから流暢な言葉が発せられる。
「さっきからなんなんだよお前。まさか、オレ様に言ってんのか」
小さな鸚鵡の嘴から出た甲高い少年の声に、バタルは唖然とした。
「もしかして、今喋ってたのって、お前か?」
まさかと思いながらバタルが恐る恐る話しかけると、鸚鵡は首を前後に揺らした。
「お前とはなんだ、お前とは。このコッコ様に向かってお前呼ばわりとは、けしからん奴め。いいか? この世でこんなに素晴らしい声を持っているのは、オレ様くらいだ」
「……鸚鵡なのにコッコ?」
コッコと言えば鶏の鳴き声ではなかろうかと思い、バタルはつい小声でぼやいた。けれど鸚鵡のコッコは耳聡く聞きつけ、嘴を鳥籠の格子にぶつけて文句を言った。
「コッコ様、だ! 様をつけてもらわなきゃ困る」
なんとも面倒な生きものに絡まれたらしい。鳥籠に入れられていながらよくこんなにも不遜になれるものだと、感心すらしてしまう。バタルが渋い顔をしていると、その肩をゼーナが軽く叩いた。
「お話できそうな方ですし、なにかご存じか聞いてみてはどうでしょうか」
確かにこれだけはっきりとした自己主張ができるならば、たとえ小鳥であっても情報を聞き出すことは可能かもしれない。ゼーナの提案に同意して、バタルは一旦眉間を開いた。
「それじゃあ、コッコ様。実は一つ、聞きたいことがあるんだが」
バタルが言われたとおりに呼びかけると、コッコは満足そうに、ふむ、と唸った。
「いいぞ。お前はなかなか見どころがありそうだからな。誰よりも、ものを知っているオレ様がなんでも答えてやる」
より高い位置にいるというだけで、自分が優位だと勘違いしてるのかもしれない。相手はとるに足らない鸚鵡だと思うことで、バタルは呆れと苛立ちを堪えた。
「お優しいコッコ様に感謝申し上げるよ。それで早速なんだが、さっきここで女の子の声がしただろう? その声の主がどこにいるか知らないか」
コッコは両翼を大きく広げ、緋色の羽毛を膨らませて胸を張った。
「それに気づくとは、さすがオレ様の見込んだ男だ」
まるで
「それは、知ってると受けとっていいのか?」
重ねられた問いに、コッコはなぜか、ふふふ、と怪しげな笑い声をたてた。
「分かってて聞いているんだろう。まあ、オレ様が天才過ぎるから仕方ない。まだまだ練習している最中だから、ちょっとばかし恥ずかしいが、どうしてもと言うことなら聞かせてやろう」
そう言うとコッコは嘴で器用に羽繕いをして姿勢を正した。なにをするつもりだろうかと見詰めるバタルの前で、コッコは息を吸い込むように口を大きく開いた。
「助けてー! 助けて兄さーん!」
嘴から飛び出した声に、バタルはただあんぐりと口を開くしかできなかった。できごとを振り返れば、流暢に喋る鸚鵡を見つけた段階で、嫌な予感がよぎらなかったわけではない。それをあえて気づかなかった振りをしたものの、実際にファナンの声を聞いてしまえば無視できないものになってしまった。
「今の……お前が? 本当に?」
信じたくない心理から、バタルは確かめずにはいられなかった。そんなバタルをさらに打ちのめすかのように、コッコは長い尾羽を振って目を笑みの形に細めた。
「そうともさ! オレ様は世界一の鸚鵡だからな。声まねをさせたら、オレ様の右に出る奴なんか、この世にだーれもいやしないぜ」
きゃらきゃら、とコッコは得意げに笑って見せる。バタルは急に全身の力が抜けて、崩れるように膝をついた。慌てて手を伸ばしたゼーナに支えられて倒れ込むには至らなかったが、深く項垂れるともう顔を上げることができなかった。
「声まね……そんな……」
やっと見つけたと思った妹の手がかりが偽物だったなどと、簡単に受け入れられるはずがなかった。
(おれがなにをしたって言うんだ……)
見えたはずの希望をとり上げられるほどの悪事を、自分はしただろうか。この先の旅の資金の足しにと、盗賊の財宝から多少の
「バタル様、こちらへ」
突然ゼーナが囁き、強くバタルの腕を引いた。思考が止まっていたバタルは、されるがままに体を引きずられる。自ら動こうとしない
巨人は焼いた鶏肉の塊を抱えていた。先ほど外で手に入れた、ロック鳥の肉だろうか。皮目がこんがりと焼き上げられた鶏肉は、いかにも食欲をそそる匂いを漂わせ、バタルは唾を飲み込んだ。考えてみれば、この島に上陸してから今まで、粗食しか口にしていない。焦りや危機感から意識していなかったが、バタルは自身が空腹であることに気づいた。
匂いだけで胃を刺激してくるその肉が、扉の横の餌桶へと無造作に放り込まれる。途端に、バタルが隠れている布の山が蠢いた。近くで寝ていた豚が身動きしたのだ。硬直するバタルの真横を、白い豚が四肢をばたつかせて、丸い体で転がっていく。そうして餌桶まで移動した豚は不器用に体を起こすと、焦げ目のある鶏肉へ齧りついた。他の二頭の豚も同様に寝床の布の上を移動し、行儀悪く音をたてて鶏肉を貪り始めた。
豚たちが餌を食べ始めたのを確かめた巨人は、今度は窓横の棚へと足を向けた。その棚の上には鸚鵡のコッコがいるはずだ。そういえば、ついさっきまであれほど騒がしく喋っていた声が、いつの間にか聞こえなくなっていた。おそらく、巨人が飼育部屋に入ってきてからだ。
棚の前に立った巨人が左腕を伸ばし、コッコが入っている鳥籠をつかんだ。繊細な作りの鳥籠は巨人が持つにはあまりに小さく、指先に少し力を込めただけでつぶれてしまいそうだ。中にいるコッコはと言えば、先ほどまでの不遜な身振りはどこへやら。鳥籠の底で小さく縮こまり、小刻みに震えていた。
巨人は壊さないよう慎重な手つきで、鳥籠を眺め回した。鳥籠をというよりは、中にいるコッコを見ているらしい。それもつかの間のことで、細く裂いた鶏肉を格子の隙間から押し込むと、鳥籠を棚の上へと戻した。
飼育部屋の動物の世話を終えた巨人は息を潜めるバタルに背中を向けて、静かに扉から出て行った。
扉が完全に閉まると、飼育部屋の中は、豚たちが鶏肉を咀嚼する音が響くばかりになった。その湿った音に不快感を覚えつつ、バタルは被せられた布を掻き分けて億劫に体を起こした。すぐに、寄り添う位置へとゼーナが現れる。
「申しわけありません。先ほどは強引なことを」
「いや、いいんだ。ありがとう」
非礼を詫びるゼーナを押しとどめて、バタルは立ち上がる。一連のできごとで、バタルは冷静さをとり戻していた。そして気づいた。まだ希望がついえたわけではないことに。
床を踏みしめるように真っ直ぐ立ったバタルは、顎を上げて呼びかけた。
「コッコ、もう一度教えてくれ」
「コッコ様だ」
すかさず指摘するコッコに、バタルは呆れて言い直した。
「……コッコ様。教えて欲しいんだ」
「うむ。いいぞ。今度はなにが聞きたいんだ」
不遜だが、かなり単純で憎めない性格だ。コッコ様と呼ばれただけで気をよくしたのを見てとって、バタルは鸚鵡の気分を損ねぬよう考えつつ続けた。
「さっきの声まねは確かにすごかった。確かに天才だよ、コッコ様は」
バタルが称えると、コッコはつぶらな目を輝かせて鳥籠の格子に顔を押しつけた。
「お前もそう思うか! オレ様も常々思っていたんだ。世界中をどんなに捜したって、オレ様ほどの鸚鵡はいやしないって。この声も、羽の色も、毛並みも、すべてが完璧だ!」
それはさすがにどうだろうかとバタルは思ったが、今は口にしないでおくことにした。
「それで聞きたいのは、コッコ様自慢の声まねについてなんだが」
「お前もオレ様みたいにできるようになりたいのか。どうしてもというなら弟子にしてやってもいいぞ。まあオレ様ほどになるには――」
「そうじゃなくて」
コッコに喋らせ過ぎると話がちっとも進まないので、バタルは強引に遮って続けた。
「声まね、ということは、どこかで聞いた声を再現してるってことだよな」
「まあ、そうだな」
「それじゃあ、さっき聞かせてくれた女の子の声を、どこで聞いたのか教えてくれないか」
これが希望の綱だと、バタルは考えていた。コッコが実際にファナンの声をどこかで聞いているのなら、必ずそこに所在の手がかりがあるはずだ。
「なんだ、そんなことか」
問いが自分についてのことでなかったからか、コッコの声色の熱量が下がった。緋色の鸚鵡は格子から顔を離して、考え込む様子でふむと唸る。
「そんなに知りたいなら教えてやらないこともないが――一つだけ条件がある」
「条件?」
取引を持ちかける知能が鸚鵡にあろうとは思わず、バタルは聞き返した。コッコはばさりと音をたてて、翼を広げた。
「オレ様をここから出してくれ!」
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