4 海賊

 翌日、バタルとガザンファル船長がサージビアへ戻ると、船に残っていた船員たちが待ちかねたように船端へと押しかけた。


「船長! よかった、帰ってきてくれた!」


 褪せたターバンの水夫が声高に叫んだのを皮切りに、他の船員たちも手を振り、 身を乗り出し、各々わめき始める。その声は厳つい彼らのものと思えぬほど悲壮に甲高く、ガザンファルは鬱陶しそうに耳を塞いで顔をしかめた。


「うるっせぇぞお前ら。情けねぇ声出してんじゃねぇ。なにがあった」


 船長に一喝されるも、船員たちは簡単には静まらない。ガザンファルが桟橋を渡りきるなり、餌にたかる蟻のようにわっと群がった。


「船長、あいつやばいですって」

「誰もかなわねぇ。絶対に人間じゃない」

「なんとかしてくれ。あんなのといたんじゃあ寿命が縮む」

「あいつの仲間と一緒で、船長はなんともなかったですか」


 口々に申し立てるばかりでまるで要領を得ない船員たちを見渡しながら、ガザンファルはオレンジ色の頭を掻いた。一体、彼はどうするだろうとバタルが後ろから見守っていると、やがて船長は上着の左右のポケットへ無造作に手を入れた。


「分かったから。とりあえず落ち着け」


 言うと同時に、金貨がばらまかれた。砂漠の洞穴から持ち帰ったものだ。船員たちは今度は盛大な歓声をあげて、床に這いつくばって金貨を拾い始めた。


「三枚拾った奴から順番に話せ」


 いち早く金貨を三枚拾い高々と掲げたのは、これまでにも先頭を切って敏捷さを見せていた小柄な水夫だった。


「はい、船長! 実はあの白人アフランジが――」

「おかえりバタル。また生きてたね」


 水夫の発言を遮るように声が振ってきた。目線を上げれば、甲板室の真上、舵のある船橋せんきょうから、白人アフランジの碧眼がこちらを見下ろしていた。手摺りに身を預け、悪党に囲まれているとは思えぬ優雅さで水煙草シーシャの煙を潮風にくゆらせている。


 白人アフランジジャワードの声で、船員たちの間に緊張が走った。それでなにがあったかを、船長が察知しないはずもない。ガザンファルは金貨を握って這いつくばっている船員を跨ぎ越し、ジャワードを真正面から見上げられる位置まで甲板を進み出た。


「てめぇ。うちのもんになにしやがった」

「ぼくが悪いみたいに言われるのは心外だな」


 凄むガザンファルに、ジャワードは物怖じすることなくゆったりと煙を吐きながら答えた。


「先に手を出したのはそっちだ。白人奴隷なら高く売れるとでも思ったんだろうけど、生憎と今は、誰かの思い通りになってやるつもりはないんだ」


 ジャワードの発言によってバタルもおおよそのところを把握し、やや軽蔑を込めてガザンファルの背中を見据えた。


「……そんなことまでしてたのか」


 察するに、悪いのはガザンファルたちの方で間違いないのだろう。ジャワードはそれを一人で撃退したのだろうけれども、ごろつき集団をこれほど震え上がらせるとは、一体なにをしたのかは非常に気になった。ジャワード本人に聞いても、素直には教えてくれないかもしれないが。


 バタルの呟きは聞こえただろうが、ガザンファルはジャワードを見上げたままで振り返らなかった。ただ少し居心地悪げに、片手を腰に当てて後頭部を掻いている。


「あっちもこっちも返り討ちたぁ、おれも焼きが回ったかねぇ」

「君らの能力のせいじゃないさ。相手が違えばうまくいっただろうね」


 ターバンから細く垂れる自身の金髪を指先でもてあそびながら、ジャワードは悠々と言う。いかにも余裕ありげな白人アフランジの態度に、ガザンファルは舌打ちしてきびすを返した。


「あの姉ちゃんだけじゃなく、白人アフランジまで曲者くせものたぁな。お前、そんな普通でよく一緒にいられるな」


 真横まで戻ってきたガザンファルに囁かれ、バタルは思わず同意した。


「……おれもそう思う」


 魔人ゼーナはともかくとして、ジャワードとここまで行動を共にしているのは、バタルも不思議でならなかった。こちらから頼んだ覚えはないのだが、なぜか当たり前のように美貌の白人アフランジは隣をついてくるし、先の行動の提案までしてくる。それでバタルに協力的かと思えば、いとも簡単に突き放したりもするのだから、彼がなにを目的として一緒にいるのかさっぱり分からない。悪人ではないと思っているが、性格がいいとは言いがたいのが正直なところだ。それでも彼の能力や知恵で助けられているのは事実なので、邪険にもできないでいた。


 ちなみに魔人ゼーナは今、船員たちの目の毒になるというガザンファルの助言により指輪に戻っている。いまだ金貨を必死で拾い集めている船員たちを見るに、ゼーナの姿に沸き立つ彼らが容易に想像がついて、助言の正しさをバタルは噛み締めていた。


「おら、お前ら! いつまで意地汚く這いつくばってやがる」


 ガザンファルが、近くにいた一人の尻を蹴飛ばして怒鳴った。船員たちは握った金貨をポケットに押し込みながら、慌てふためいて立ち上がる。整列した彼らの前を横切り、ガザンファルは檄を飛ばした。


「大急ぎで出航準備だ! 各自仕事にかかれ」

「出航って、どこに行くんですか」


 急な船長指示に、集まっている船員らが当然のごとくどよめいた。そんな彼らの方を向きながら、ガザンファルはバタルの肩に腕を置いた。


「こいつをロック鳥の島まで送る」

「本気ですか船長!」


 船員たちに動揺が走り、悲痛な叫びがあがる。だがガザンファルはあっけらかんとして、バタルの背中を叩いて船員たちの中へと押しやった。


「当然。おれに二言にごんはねぇよ」

「でも、無茶だ」


 押されてよろめいたバタルを受け止めつつ、さらなる批難の声をあげようとする船員に、ガザンファルは真っ直ぐ指を突きつけた。


「お前らはもう金貨を受けとった。それだって、おれが見てきたもんの千分の一にもならん。たった一度命を懸けるだけで、ここにいる全員が一生遊んで暮らせる財宝が転がり込んでくるんだぜ? ちょうど、傭兵のまねごとにも飽き飽きしてたところだしな。こんなところで燻ってるよりか、多少危ねぇ橋を渡っても一攫千金をとりにいった方が、らしいってもんだ」


 自信と威厳に満ちあふれた声で船長は言い切り、その迫力に、絶えず騒がしかった船員たちも静まり返る。一人一人の目を見ながら、ガザンファルは息をのむ彼らをゆっくり見渡した。


「出航は明朝。準備は抜かるな。距離は短けぇが危険な航行だ。ありったけの武器をかき集めろ。もりと矢もたんと用意しとけ。無茶は百も承知。ビビって船を降りてぇって奴がいても止めはしねぇ。ただし、当然そいつは分け前なしだ」


 風が吹き、ガザンファルのオレンジ色の髪が燃え上がる炎のように逆立った。猛き獅子のごとき威風堂々とした姿に、バタルも思わず目を奪われる。


 誰も声をあげないとみるや、ガザンファルは尖った歯を光らせ、傷のある顔でにやりと笑った。船全体に、昂然こうぜんたる船長の咆哮が響き渡った。


「お前らの腕の見せどころだ! 黄金に抱かれたい奴は仕事にかかりやがれ!」

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