第23話 洪水と龍笛の音色

 みお神楽鈴かぐらすずを振る。すると真奈美にいていた化蛇かだは頭を抱える。


『その鈴を振るな。頭が痛い。やめろぉおおおお。ジィィ―――ッ』

「やめろと言われてやめるバカはいないのよ。真奈美さんから出ておき!」


 澪は巫女舞みこまいを舞う。鈴を鳴らしてジリジリと近づく。横には快斗が指で手印しゅいんを作り、呪文じゅもんを唱えていた。すると徐々に化蛇に乗っ取られかけていた真奈美の鱗肌うろこはだが元に戻ってきた。


「お兄ちゃん、陰陽師おんみょうじ呪文じゅもんをいつの間におぼえたの⁉ パパの指導しどうを受けるのをいやがっていたじゃん」

「あーこれ、正式せいしきじゃないやつ。配信動画はいしんどうがた」

「動画で⁉」


 化蛇の本体が真奈美の身体からすり抜け、真奈美はふらついて凪咲なぎさにもたれかかった。


「ううん……。頭が痛い……」

 真奈美は顔色も身体もすっかり元に戻った。

「大丈夫? 真奈美さん」

「うん……少し横になれば大丈夫」


「やった! 化蛇と切り離し成功せいこうしたよ。凪咲さん、そのまま真奈美さんを木の下で休ませて」

「わかった。真奈美さん、ここにすわって」


 真奈美を移動させて、木の下に座らせた。凪咲は空を見上げると、黒い雲がせまっていた。


「ミオミオ、雨が降るみたいよ」

「まさか……。化蛇が呼んだ⁉ 浮遊霊ふゆうれいや、不浄霊ふじょうれいまで集まってきたわ。ちょっとー。どれだけ力持っているのよ」


 化蛇が用水路に逃げるので、澪と快斗は化蛇を追いかけた。


「逃げた方向は、大山川家の私有地しゆうちか……。それを知っていて逃げたのね。急いで真奈美さんからお父さんに連絡してもらって、許可をもらって私有地に入ろう」



 化蛇は霊力で大きな池の水を洗濯機せんたくきのようにぐるぐる回す。早く回転させると水がうずきながら噴水ふんすいのように水が上空にあがる。


「化蛇が溜め池にいるぞ。なんだ⁉ 池の水を全部い上げてやがる。そんな水の量が降ってきたらこの辺の家が水浸みずびたしになっちまう。くっそー。俺がなんとか止めねえとな」

 快斗は走り出した。



 ***



 化蛇が吸い上げた水は黒い雲となって、バケツをひっくり返したような雨を降らせた。近年きんねん起こりやすいゲリラ豪雨ごううだ。


 ――その昔、この地域では川がよく氾濫はんらんしていた。そのため、土地が浸水しんすいして、田畑が荒れ、村は貧しかった。それを大山川家の財力ざいりょく堤防ていぼうを築き、お米や野菜が収穫しゅうかくできるようになり村は安定した。人口も増えて、豊かになったので、大山川家は人々から尊敬そんけいされていた。


「もしも洪水こうずいになったら、わたしが立派なご先祖様せんぞさまどろって、台無だいなしにしちゃうね」

 木の下で意識いしきを取り戻した真奈美がしくしく泣いた。


「そんなことない。弱い心は誰にだってある。化蛇と決着つけたら、お母さんに悩みを言ったらいいよ」

「……何でわかるの?」


「真奈美さんは成績優秀。立派な家柄で、恵まれた環境。だけどわたしには分からない大きいプレッシャーがあるのでしょう」


「うん、そう。母の期待に応えようとがんばって、いつの間にか笑えなくなってた……。テストで満点とってもそれ以上を求めてくるの。終わりがなくて、すごくつらかった。友達も本当にわたしが好きでそばにいるのかわからない……ママ友のつながりだけなのかも」


「化蛇は人の心の隙間に入り込むのが上手な妖怪なの……。あのこれ、ミオミオの受け売りなんだ」

 凪咲はペロッと舌を出してほほえむ。



『お前はきてもらおう……。甘いにおいのする上玉じょうだま稀人まれびとよ』

「!!!」


 見上げると化蛇が凪咲たちの頭上にいた。りゅうのような体でコウモリのつばさ、顔は人間のような顔に、うろこ肌だ。


「これが化蛇の顔なの……」


 水のうずが縄のようになって凪咲をからめとり、化蛇の方へ引き寄せられた。


「きゃああああ」

「凪咲さん」

 凪咲を捕まえた水の縄は解かれ、化蛇の背中に乗せる。そして空に飛び立とうとしていた。


『ついでに、川の水をこの村にあふれさせてやろう』


 浮遊霊ふゆうれいや、不浄霊ふじょうれいが集合すると悪霊に変わった。悪霊たちは水路をせき止め、用水路の水をあふれさせた。

 化蛇は川の水を村に流そうと再び水を吸い上げた。


「化蛇! もうやめて! 村の人を困らせないで!」

 凪咲は泣いてうったえる。

『くくく……。楽しいのにやめられないよ。それより自分の心配でもしたらどうなんだ。お前はワシの嫁になるんだぞ』

「えええ! 河童も蛇も、全妖怪お断りです!!」

『じゃあ、断ったらこの村をあふれさせちゃうぞ。いいか、これを止めるには対価たいかが必要だ』

「そんな……ひきょうだわ!」



「おお。すげぇ。『AYA🐾NEKO』アプリに妖語あやかしご翻訳機能ほんやくきのうがついているから、化蛇がなにしゃべっているかわかる」

「快斗さん!」


「ほんじゃー俺も水をあやつるか」

 歩きながら快斗はポケットに入れていた笛を取り出して吹く。


 ……それは深くきよらかな音色。

 心にしみるような、いにしえから脈々みゃくみゃくと受けがれた神秘的しんぴてき透明感とうめいかんのある音のひびき。


『ひゃーおっかない』

 たちまち悪霊が散って逃げていった。


「お兄ちゃん、前より上手じゃん」

 澪は照れくさそうに褒めた。凪咲もお礼を言う。

「快斗さん。ありがとうございます」


「当り前だろー。凪咲さんには言ってなかったね。俺の部活は伝統芸能部でんとうげいのうぶなんだ。この龍笛りゅうてきはな、陰陽師おんみょうじでもよく使う笛だ」


『ちっ……』

 化蛇はまだ反撃はんげき機会きかいをうかがっていた。

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