第6話 ボス貓鬼の霜雪(そうせつ)

 密偵活動一日目。


 真夜中に家をコッソリ出る凪咲なぎさと猫騎士姿のノアム。辺りは真っ暗。ノアムに連れられて、街灯も少なく、子ども達が遊ばないさびれた『ねこまた公園』にやってきた。


 暗闇をぞろぞろと徘徊はいかいする小さなあやかしたち。貓鬼びょうきたちの百鬼夜行ひゃっきやこうを遠くから視察中しさつちゅうです。


百鬼夜行ひゃっきやこうと呼ばれるそのあやかし一行の異形いぎょう集団を目撃すると人は死にいたるるとつたえ聞いておりますが、そんなことはないです」

「そうなのね、よかった。二股しっぽの二足歩行の猫さんがいっぱい。カワイイね。ところで百鬼夜行って、ぞろぞろ歩いて、なんでお散歩しているの?」


「シー。お静かに、凪咲なぎささん。猫じゃなくて貓鬼びょうきという妖怪です。霊感のない人間には彼らは見えません。それに散歩じゃないです。闊歩かっぽしているので困っています。大事に可愛がっている室内犬や猫を外に放りだす事件や、キャットフードを盗んで食べるなど。まったくあやかしの風上かざかみにもおけない」

 深くため息をつくノアム。


「風上って。ノアム、あやかしの立ち位置がわからないです。妖怪って武士精神⁉」

「……騎士です」


「ところでわたしがどうやってスパイ活動するの?」

「早速ですが、貓鬼のボスに気に入られてください」

「はぁあああ? わたし人間だってば! もちろん妖怪だろうとモフモフで猫フォルムに気に入られたいけども! けども!」

「大丈夫です。一度、あやかし世界に入ると匂いがついて貓鬼とお話ができるのです。気に入られるためのアイテムを買っておきました。これをどうぞ」


 ノアムが凪咲に渡したものは市販しはんで売られている猫じゃらしだった。持ち手のぼうひもづけされたボールに羽根はねつき尻尾しっぽ


「百均の猫じゃらし。あのさぁ……。あやかしであって、猫じゃないっていってなかったっけ?」

「お恥ずかしながら、やはり元・猫なのでこういうものに弱いのです」

 少し照れるノアム。


「――ね。一度ノアムで試していい?」

 おもむろに猫じゃらしを左右にくるくる振ると、反射的に目を輝かせ猫っぽい仕草をするノアム。凪咲が猫じゃらしを高く上げると、ノアムは先端をつかもうとジャンプしてボールをキャッチした。ふんふんと鼻息が荒い。


 ノアムは我に返った。猫本能に戻ったのがよほど恥ずかしかったのか凪咲をジトッとした目で睨む。


「凪咲さん……!」

「あーはは。ごめん、ごめん。でもこれで貓鬼びょうきにも効くことが分かったじゃん」

「確かに――。機会を伺って、ボスに会いましょう」

「ボスってどの猫?」


「ほら、白くて長い毛で目は琥珀こはく色だが、左の片目かためはななめに傷のあるのが、貓鬼びょうきです」

「キレイ! 白くてフワフワだー。でも、ちょっとおっかない感じね」

 凪咲は美しい貓鬼に釘付けだ。



 ***



 密偵活動二日目。


 満月の夜だったので、月の光を浴び霊力がいつもより増して興奮した貓鬼びょうきたちはにゃごにゃご騒がしかった。近所のお庭に入ってフェンスを破壊したり、家庭菜園の苺を食い散らかし、玄関に汚物をおいたりやりたい放題だった。しかしこの悪行あくぎょうは人間には見えないらしい。満足そうな貓鬼ご一行。


「こんばんは! そこの猫さんたち。 わたしと仲良くなりませんか」


 さわやかな笑顔で手を振る凪咲なぎさ。今夜も最終地点の公園でたむろする貓鬼たち。いきなり声をかけてくる人間に貓鬼は面食らった。


「なんと! ワシらがみえるのか⁉」

「あやしい奴だにゃご」

「本当に見えるにゃご」


 目を光らせ爪を立て警戒けいかいする貓鬼。凪咲は怖くなって後ずさりしたのでノアムが耳打ちする。


「凪咲さん、ひるまないでください。手前の貓鬼たちは野鬼やきといって、角が一本生えていますが、特別な力はございません。話しかけてください」

 それを聞いて、再び笑顔になる。


「ええ。見えますよ。前々から仲良くしたいと思っていました。できるなら一緒に遊びたいです」

 そう言って、一歩一歩ゆっくり前へ、白いボス貓鬼の前に出て猫じゃらしを見せる。するとモブ貓鬼たちは、


「ふっざけるな! にゃごにゃご」

「自慢のするどい爪で引っかいてやる。シャー」

「めちゃ痛い目みるぞ! にゃごにゃご」


 たくさんの猫妖怪は凪咲にじりじり間を詰め、おそいかかろうとするので、ノアムがかばって凪咲の前に出た。

「なんだ妖騎士か、そこをどくにゃご」


 剣を抜く一歩手前、護拳ごけんに指先が触れる。剣を抜けば戦うことになってしまう。焦るノアム。


「待て! お前らはさがれ―――っ!!!」


 低い声でいさめるものがいた――ボスの貓鬼だ。雪のように真っ白な毛並で左の片目はななめに傷があった。野鬼やきたちはとたんに大人しくなる。


「おおっ……! 猫じゃらしか、久しく遊んでいなかったな。なつかしい――。ワシはむかし、飼い主である貴族の娘にエノコログサで遊んでもらったな……」

 ボス貓鬼はするどい眼差しから穏やかな目の色を変えた。


「そうなんですか!」

「だが、娘が嫁に行くとワシや仲間は捕らえられ殺されて蠱毒こどくにされたんだんじゃ。あれはむごい……」

「蠱毒ってなに?」

「人をのろうための毒薬じゃ。蠱毒の作り方が残忍でな。そうして出来たワシは蠱主こしゅと呼ばれる術師に使役され、ワシに取り憑かれた人間は呪い殺された」

「そんな」

 凪咲は顔をしかめる。


「なあに愚かな人間どものすること。跡目あとめ争いなど、宮廷きゅうていではよくあることじゃ。だから猫を殺すなんぞためらいもない。以来、こうして人間どもに悪さしてうさ晴らししているのじゃにゃー。放っておいてくれ」


 何百年も、ずっと……毒として人間に利用されたことをうらんだままさまよっている……。


「人間のせいで……。猫になんてことを。ひどい話……。そんなの動物虐待よ。わたしなら猫を絶対可愛がるのに! わたし、妖怪になっても猫としてあなたと友達になりたい」


 凪咲の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ止まらなかった。こぼれた涙は甘い香りがして、貓鬼たちの心は不思議におちついた……。


「やさしいのう――。涙を流してくれるとは。まるであの娘の生まれ変わりのようだ……。ワシの名は霜雪そうせつじゃにゃ」

 青白く光る雪のような美しい毛並みの貓鬼びょうきは凪咲に尻尾を振った。


「わたしは凪咲。仲良くしてね」

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