第5話 ノアム留学生

「ただいまー」


 凪咲なぎさは学校から帰ってすぐ自分の部屋に入り、ベッドの上でくつろぎながら、タブレットでお好みの猫をでる。毎日の日課にっかだ。先日、スパイ契約けいやくをかわして、二十分の猫おさわり自由の権利けんり獲得かくとく。その派遣はけんしてくれる猫を吟味ぎんみしていた。


「むふふ。記念すべきおさわり第一号は、スコティッシュフォールドにしようかな? やっぱり王道の三毛猫みけねこ⁉ ねーノアム、どっちがいいと思う?」


 ちょうど部屋に来ていた、モフモフ猫姿のノアム猫騎士に声をかけた。

お嬢さまマドモアゼルの好きな猫でよろしいですよ」

「マドモアゼルって言われるのなんかヤダ。もうさ、凪咲でいいよぉ。ねぇノアム。そういえば密偵みっていって、いったいナニすればいいの?」 


「早速、やる気になっていただき感謝します。ところで学業がくぎょうのほうは大丈夫ですか? たしか――中学を受験されるとおっしゃっていましたね」

「ううっ。不意打ふいうち! 心臓しんぞうたれた」


 凪咲は、その場で倒れ込む。おふざけでごまかそうとしたが、ノアムは冷ややかな眼差しだ。


「……凪咲さんの成績せいせきはどのような状態なのですか? 正直にお答えください」

 ノアムは猫騎士姿で目はくりくりと大きくてかわいいのに圧が強かった。


「ぐっ……。可もなく不可もなく。でも気を抜くと一気に下降します。今の成績は〇多め、◎が少なくて、△がある。特に算数と英語がまったく無理ゲー」

「ダメじゃないですか!」

「あーんだ。ホントにダメだ……。それなのに中学受験なんて意味分からない~。うちの母は大山川家の一派だからなりゆきで受けることになってね……」


「にゃふぅ……。派閥問題はばつもんだいですね。あやかし界でも派閥はあるので気持ちがわかります……。人間界で使用すると異世界妖力使用違反いせかいようりょくしよういはんにより警告けいこくを受けるので、あまりしたくはありませんが、仕方ないです。わたくしが一肌ひとはだ脱ぎましょう」

「?」


 親指と中指でパチンと指を鳴らし、気がつけば猫ノアムから人型ノアムに変化へんげした。白い煙が立ちこめている間に、はや着替えして凪咲の前に立つ、見ると中校生風制服ブレザースタイルコスチュームにメガネをかけていた。


「ノアム! なんで人型に変化へんげしているの?」

「凪咲さん家にホームステイしている留学生りゅうがくせいが勉強を教えている設定です」

「はあ……」

「猫姿でも教えられますが、シャーペンがもてませぬ……。それにこのシチュエーションえませんか?」


 ノアムは髪をかきあげる。サラサラ髪の金髪で蒼玉サファイアブルーの猫目。王子様風の上品な美形だ。こんな中学生がいたらたちまち女子に騒がれる。


「あ……まーね」


(でも、イケメンに教えてもらうなんて、このままじゃあドキドキして勉強どころじゃないよ!)


「早く仕事を依頼したいので、勉強はスパルタ式でいきますね。理解するまで寝かせませんよ」

 ノアムの瞳孔どうこうたてに細くなり蒼玉サファイア色の目がギラギラと赤くなる。

「イケメンだけど目がこわーい! そんなぁ~~!」


 人型ノアム留学生のおかげで、苦手な算数をみっちり教えてもらった。



 ***



「ミーン、ミンミンミーン」


 セミが鳴きはじめジリジリと暑さが増して汗ばむようになってきた夏休み前。凪咲のテスト結果は百点こそないが、ひどく悪い点数はなかった。


「成績アップ、おめでとうございます。他にも生活面で積極的せっきょくてきに取り組めたようでよかったです」

 凪咲の部屋のベッド下に階段を勝手に作り、異世界の入り口から当然とうぜんのようにやって来たモフモフ猫姿の猫騎士ノアム。


「いやあ。ノアム猫先生のおかげっす」

 ペロッと舌をだす猫風味の凪咲。

「猫はいらないです。しいて言うならよう騎士でしょうか。では、成績も良くなったところで密偵依頼です」

「キャー。ついにキター! 妖怪スパイ活動っ! イヤイヤ引き受けたけど、わくわくしてきました」


「やる気になって何よりです。猫も妖怪も夜活動します。百鬼夜行ひゃっきやこうはご存知ですか?」

「知ってるー。鬼や妖怪が深夜に目的もなくぶらぶら徘徊はいかいするんでしょう。人間界なら素行不良の若者ですね」

「近からず遠からず、です……。はい。その猫だけのバージョンです。夜に出かけましょう」

「えー夜に仕事するの? ダリィ」

「凪咲さん。そんな言葉遣ことばづかいはダメですよ」

「あ……はい」


(お母さんにもあまり注意されないからびっくりした)

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