第4話 貓鬼のために密偵活動

妖国ようこく密偵みってい……。ええー何も知らないわたしが? 妖国の猫ちゃんたちのために、スパイ活動ですか?」

 凪咲なぎさ動揺どうようをかくせない。


「そうです。あやかしがえるあなたにお願いします。早速の依頼いらいだが、化蛇かだをつかまえるのに力を貸していただけないでしょうか。あいつは悪いやつでこの前とらえたばかりだったのに、人間界の現世うつしよに逃亡したら、めちゃくちゃ迷惑かけると思います」


 猫将軍とモブ猫又、さらに化け猫たちがわらわらと集まり、頭をぺこりと下げる。


(かわいい猫……いや、ちがう妖怪だった。猫又って言ったっけ? あーでも。密偵みっていなんてやったことないしぜったい無理)


「いっ……いやだ! 断る」

「――はくじょうだな」


 猫将軍は大きな長いため息をつき、あからさまにがっがりする。まるでこっちにがあるような空気にした。

「はぁぁぁ?? わたしは受験生なの! そっちの事情は自分達で解決すればいいでしょうが」

「そこをなんとか」

「いやです。わたしに何のメリットもない」

 凪咲はキッパリはっきり言う。


「メリットですか……。では申し上げます。猫の無抵抗むていこうで、おさわり自由、一日十分の権利を与えます。猫界隈かいわいでは異例いれい好待遇こうたいぐうであります」

「……!」

 凪咲の眉がピクリと動くのを見逃さず、猫将軍が目を光らせた。


「ならば、一日に二十分でどうでしょう?」

「うっ……」

「にゃふう……。やはり引き受けていただけませんか。今季こんき限りのすごい特典とくてんだったのに残念ですが――」

「いい……YESイエス! YESイエス! 喜んで引き受けます」

「そうですか! 契約成立けいやくせりつですね」

 したり顔の猫将軍が自慢の長いひげを肉球で触る。


(しまった! 勢いで引き受けてしまった)


 言ったそばから後悔する。撤回てっかいするのを恐れてノアムが口を挟む。

「大丈夫です。わたくし妖騎士ノアムが、命に代えても、お嬢さまマドモアゼルをおまもりします」


 ノアム人型騎士は誓いのポーズ、拳を心臓におきひざまずく。戦ったら強そうなからだつき。整った顔立ち、りりしい眉、サラサラ金髪で蒼玉サファイアブルーの猫目で凪咲を見つめた。しかもイケボ。説得力せっとくりょくのある低い声だった。


「ううっ。だまされた気がするけど、守ってくれるならがんばる」

「はい、ノアムに任せてください」



 ***



 神猫が支配する、幽世かくりよ。凪咲はあやかしたちが住まう異世界から無事帰還した。


 妖国ようこくでの出来事が嘘のようだ。現実に引き戻される。

 次の日、小学校の教室にいた。


 小学六年生ともなると身長が百五十センチ以上背が伸びてパステルカラーのランドセルを背負うと違和感いわかんを覚える。


(はあ。学校は地獄だと思う。こんな地獄のような箱に閉じ込められたら息苦しいよ)


「なぎさー。もしかして中学受験組⁉」

 給食のあとに、友達の井口光莉いぐちひかりがこっそり聞いてきた。


「いちおう……まあ……」

「うっそ。てきだ、敵ーっ!」

「なんで敵なの? 光莉ひかりは受験しないの?」

「あ……だって大山川おおやまかわさん派と、うちの母は仲悪いから」


 大山川家は代々続く名家で教育熱心で有名な一家だ。事の発端は大山川の母親が役員会の打ち上げで「子どもにとって当然の権利だから中学受験をするべき!」と熱弁したからだ。


「光莉のお母さんと受験がどーゆー関係しているの?」

「大山川一派は受験組でしょ。うちの母は中学受験反対派だから対立しちゃってさ。受験なんてそれぞれ家族の事情もあるし、好きにすればいいじゃん。いちいち干渉しないでほしいよ」

「ソレな。うちらまきぞえ食らってるし、なのに猫ようかい……」

「なに猫ゆかい? いま猫の話したっけ」

「あーはは。なんでもない」


(危ない。危ない。猫妖怪の密偵に任命にんめいされたことをうっかり光莉に話すところだった。最高機密トップシークレットだったよー)



 ***



 凪咲は家に帰って二階の自分の部屋でくつろいでいると、貓鬼びょうきで騎士のノアムが猫モフモフ姿の二本足で立っていた。ベッド下に作った入り口、あやかし世界から一人でやってきたのだ。


「あれ? 今日は猫おもてなしの日だったのに猫がいないね。おさわり自由二十分の契約ってノアムのことだったの?」


「いえ――。次回からどんな種類の猫をおもてなしするべきか聞き取り調査に参りました」

「え、じゃあ今日はおさわりナシか」

 凪咲はため息をつく。

お嬢さまマドモアゼルさえよければ、今日のところはわたくしがお相手いたします」


 おもむろにサーベルを置き、外套マントも脱ぎ、軍服も脱ぎ始めた……。


「ちょーっとまった―――――‼!‼」

「なんですか?」

「何で服脱ぐ? わたし、女の子の前で⁉」

「……脱いだらほぼ猫ですよ。モフモフだし」

「いい? 誇りをもって!! いったん、よう国で人型ノアムを見たからわたしの中ではノアムは猫騎士であって猫じゃないよ」

「……そうですか」


「じゃあ、女の子の前で裸にならないで服を着て。今日は本物の猫は我慢する」

「本当にいいのですか? いつでもプライド捨ててモフモフ猫になりますよ」

「結構です。あなたは騎士。だから今日は猫のぬいぐるみで我慢します」


 凪咲はまくらそばに置いてある大きい猫のぬいぐるみをギュッとして顔をうずめた。

「これが本物だったらなー。もっとモフモフかな。楽しみはとっておくね」


 凪咲はいつの間にか寝てしまい、ノアムは布団をかけてあげた。ぬいぐるみと一緒にスヤスヤと眠った凪咲を見ながら思った。


(なんだか憎めない娘だな……)

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