第3話 招かれざる客

 あやかしの騎士きしであると名乗なのるノアムが立ち上がり、シーツをはがすとベッド下に階段があった。


 いつもならベットの下はすっきりしていて、何もおいていないはず。なのにノアムが作ったっぽい。


「いつのまに!」

 凪咲なぎさは(キィィ。勝手にこんなもの作って――怒っ!)というニュアンスでつぶやいたのだが、ノアムは別の意味で受けとったのか目をかがやかせる。


「おほめのお言葉いただきました! はい。せんえつながらわたくしが神通力じんつうりきであやかし世界に行くための階段を制作しました」

 胸に手をおき、誇らしげな猫騎士ノアム。


「……はぁ」

(いや、褒めてないし)


「さあ、こちらへ。暗いので足元にお気を付けください。わたくしの手を離さないようにしてください」

「はい」

 さりげなく猫騎士ノアムが紳士のように手を伸ばすので、凪咲は思わずノアムの肉球にくきゅうに触れる。


「猫球がやわらかい!! ぷにぷにだ」

肉球にくきゅうです。あまり触らないでください。くすぐったいです……」

 猫騎士ノアムは真顔で怒っているような、肩を震わせ我慢している。


「猫ってあまり肉球を触らせてくれないイメージだけど、くすぐったかったのね」

「だから、今わたくしは猫ではないのです」

「猫時代のこと忘れたの?」

「いえ、えーっと、そうですね。はるか遠いむかしの猫時代、ふれられるのは、非常ひじょう不快ふかいだったと記憶きおくしております」


「でも飼い主さんだけさわらせてもらえたって聞くよ?」

「猫によります。気持ちいいと思う猫もいますが、好きな飼い主様のために我慢がまんしている場合もあります」

「そっかー。世の飼い猫さんも自由にしているようで気をつかってくれているのね。健気けなげだ」


 階段を下りた先は行き止まり。その奥に扉があった。扉の前でノアムはサーベルをかかげて、彫られた魚型のかぎを取り出し、鍵穴かぎあなす。


「では、あやかし世界の扉……開錠かいじょうっ!!」



 ***



 辺りは真っ暗。湿気しっけびた空気、生温なまぬるい風が吹いてきた。森の中を歩いているのか葉っぱや枯れ枝をみしめる。目をこらすと小さな明りが見えた。妖怪の住むまちだった。


「あやかし世界に到着しました。日本では幽世かくりよと呼ばれています。これから妖国ようこくに住まう王様に会っていただきます。粗相そそうのないように」

「そそう? ってゆーか、王様⁉ 猫妖怪なんだよね?」

 少し不安になる凪咲。

「そうですよ。では、わたくしは妖国スタイルに戻りたいと思います」


 そう言って、刀剣をさやに納めると、キラキラっとした光に包まれ、人の姿になった。


「どうですか?」


 人型変化へんげの猫騎士ノアム。天使のがあるサラサラの金髪。蒼玉サファイアブルーひとみに鼻すじの通った外人風顔。


(イケボでイケメン騎士だ)


とうとい……」

 思わず凪咲は呟く。


「尊いとは?」

「いえ。ひとりごとです……。猫よりも人と話たかったので、わたしは嬉しかったです」


 秘密の扉から妖国の「王の間」までたどり着くのに時間はかからなかった。


 きらびやかな宮殿きゅうでんの奥、猫をした王冠おうかん。ギョロリと大きな猫目、長い髭、いかにも威厳いげんありそうな猫妖怪のキングが猫足の黄金の玉座ぎょくざ鎮座ちんざする。


「ゴホンッ――。現世うつしよ世界に住まうしょうする者。妖国ようこくへようこそ。我は猫妖怪の中でも霊力ナンバーワンのめちゃくちゃ強い猫魈ねこしょうじゃ! しかも尻尾も三つに分かれておるにゃ!」

 どや顔の王様。


「あ……えっとぉ、うん。お招き……ありがとうございまーす!」

 凪咲は敬語けいごってなんだったかなと思う。


 そこへ、猫の体、二本足で立つ、軍服を着た猫将軍が血相を変えてやってきて言った。


「王様、大変です! あの者たちが人間界から来たタイミングで魔物が人間界に逃亡しました!」

「にゃにぃ?」


 猫将軍は凪咲をにらみつけて言う。


「そこのお前たち、まさか逃亡の手助けしたんじゃないだろうな! もしかして、逃げたのは妖孤ようこじゃないのか? 傾国けいこくの美女だった九尾きゅうびの妖狐。くっそー女狐めぎつねめっ。甘い声でまどわす男の敵! お前たちどうしてくれる⁉」


 猫将軍に責められ、凪咲はいったい何が起こったかわからなかった。ノアム騎士は凪咲の前に立って護る。


「妖狐ではありません。妖狐の匂いはしませんでした。空気が湿っていたので、もしかして化蛇かだというあやかしではないでしょうか?」


「化蛇か……ありえるな。異界の入り口にひそんでいて、開いた瞬間小さな蛇になって逃げたのやも――。今日は雨だったからな」


 凪咲はノアムに尋ねた。

「化蛇ってなんですか」

水獣すいじゅうですが、簡単にいうと大蛇だいじゃ妖怪です」

「いやぁぁー蛇キラーイ」


近年きんねん、あやかし達が現世うつしよで悪さするだろうと我々は危機感を持っておりました。そこで人間と仲良くなってからと思いましたが、待ったなしの事態です。そこで凪咲殿!」

 猫将軍がひざまずく。同時に周りのモブ猫又たちも同じく跪く。


(殿って初めて言われた!)

「な、なに?」


よう国の密偵みっていになっていただきたい」

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