第2話 猫騎士に招かれる

 凪咲なぎさは、寝ていたところを起こされ、しかも騎士風の恰好かっこうをした猫がしゃべる。あわあわと声にならない声で口をパクパクさせた。


(落ち着け、これは夢かもしれない。うん、きっとこれは夢だ)


 いそいそと頭まで布団をかぶって再び寝ようとした。


「あの……」

 猫が凪咲に遠慮えんりょがちに話しかけてくる。

「えええー! やっぱりこれ夢じゃないの⁉ なんで猫が騎士?」

 凪咲はベッドからびょうで飛び起きて、何歩か後ずさりした。


 警戒けいかいされるのはまずいと思ったのか、ひざまずいたまま胸に手をおき、紳士っぽい猫騎士は説明をする。


「実はわたくし、猫ではございませんし、夢でもありません」

「どっからどうみてもしゃべるモフモフ猫だよ! 夢決定!」

「残念ながら現実です。ほっぺたつねってみてください」

 凪咲は素直に言われた通り自分のほおをつねる。


「痛い」

 頬は赤くなって、ひりひりする……。

「やっぱり現実なんだ」


 凪咲は泣きそうな顔になる。


(猫は飼いたかったが、こういう出会いを想定そうていしていなかった!)


 猫好きな凪咲は、学校から帰るとベッドで横になって学習用タブレットで毎日のようにマンチカンやスコティッシュフォールド、ラグドールを愛でていた。


血統書付けっとうしょつきの猫もいいけど、何といっても偶然の出会いだよね)


 通学途中に段ボール箱に入った捨てられた仔猫を拾い、母に文句言われながらも飼う……。それはもう運命デスティニー


(なのに夜中、騎士っぽいしゃべる猫に起こされることになろうとは。ありえないシチュエーションなんだけどっ!)


「えっと、あなたはしゃべる猫。むかし読んだ絵本から飛び出したとか? それならファンタジーね。そうよ。やっぱり夢だ……ブツブツ……」

「落ち着いてください。あのですね、猫がしゃべるはずはないのです。彼らは猫ですから、せいぜいミャオかニャーでしょう」

「モフモフ! 耳はとがっているし、まごうことなき真の猫。猫じゃなければあなたはなに者?」


「はい、よくぞ聞いてくれました。わたくし、猫の妖怪です」

「はあああ? じゃあ、ほぼ猫じゃん!」

「元・猫であり、今は猫妖怪です」

「猫妖怪は猫じゃないの?」


「はい。ですから違います。まあ、飼い猫が何年も生きて神通力じんつうりきを手に入れたので、レベルアップして神に近い存在になったとでもいいましょうか。人間界の正式名は貓鬼びょうきです。日本版は猫又ねこまた——でお分かりになりますか?」

 限りなく猫っぽい騎士が外套マントをもちあげて腰をひねる。尻尾しっぽ二股ふたまたにわかれていた。


「わー尻尾が二つある! かわいい。えーっと。今日勉強したので、猫又は分かります。諸説しょせつあるけど、飼い猫が長生きすると尾が二股にわかれるんですよね。人間に化けて人をたぶらかす。あと人間を食べるとか……。 えっ。わたし食べられちゃうの⁉」

 凪咲はふるえて猫騎士を見つめる。


「まさか、あれは人間の作り話ですよ。それよりあなたに来ていただきたいところがございます」

「……どこよ」

 おそるおそる訊く。


妖国ようこくです」

「ようこく?」

「そうですね、あやかしの国と申しますか……」

「はぁ……」

「妖怪たちの楽園であり神域しんいき――。選ばれし神猫が支配するあやかし世界です。お嬢さまマドモアゼルをご招待いたします」


「あやかし世界⁉ 招待されて、うれしいような、怖いような……。行きたくないような、やっぱり行きたくない」

「行きたくない⁉  それは困りましたね。ああ、不安なのですね、でも大丈夫です。身命しんめいしておまもりいたします。わたくしは騎士ですから」

 猫目から蒼玉サファイアブルーの瞳が真っ直ぐに凪咲を見つめた。

「……本当に? 信じていいのね猫騎士さん」


よう騎士です。申し遅れました。わたくしの名前はノアムです」

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