ねこ妖国の密偵

青木桃子

第1話 真夜中に猫あらわる

「ねえ、お母さん。一生のお願いっ‼」


 結川凪咲ゆいかわなぎさは夕飯を食べながら手と手を合わせてお願いポーズをする。


「だめよ。あんた何回一生のお願い言うつもりなの。もう!」

 母は呆れながらため息をついた。それでもめげず凪咲はもう一度言ってみる。


「受験がんばるからぁ~。猫飼って」

「無理。ここマンションだし、ペット禁止なのよ。そんなに飼いたければ、大人になって家を出てから飼いなさい」

「でもさーこのマンション表向き禁止だけど、みんな堂々と犬も猫も飼っているんだよ? ねぇいいでしょ~」

他所よそはよそ、うちはうち。とにかく駄目だめです‼」

 猫なで声で話してみるも、母に通用するはずもなく凪咲は撃沈した。


(わかってないなぁ。母さんは……。受験を乗り切るための癒し猫なのに)



 ――今年の春、凪咲は小学六年生になった。


 田舎で母親同士の関係が濃いのが影響して、半数の児童が中学受験する流れになった。すると今まで学校生活が穏やかだったのに、受験が現実味を帯びてきて急にピリッとした空気に変わり、居心地が悪くなった。よくわからない不安が凪咲を襲う。


(ストレスがたまるよ……あー猫ほしー。ふわふわモフモフに触って癒されたい。わたしは猫派なのに母さんは犬派で、しかも猫が苦手なんだよな)


「じゃあ聞くけど、どうして猫が苦手なの? 犬と同じくらいかわいいじゃん」

「だって、猫って、何もかも分かったような顔をするじゃない? 母さん嫌なのよね。あの目が蛇みたいで」


(蛇って……。爬虫類はちゅうるいじゃないしっ!)



 凪咲は母に懇願こんがんするのをあきらめて、自分の部屋に戻った。椅子に座って、祖父母に買ってもらった学習机にほおづえをついてクールダウンする。


 そのあと勉強をしようと図書袋から本を取り出す。最近は学校から宿題は原則ないので、代わりに家庭学習になった。自分の苦手な教科や、歴史人物について、好きなことを調べ、ノートにまとめて提出する。そこで学校の図書館で借りた『妖怪図鑑ようかいずかん』で今日は渚の好きな猫の妖怪について調べることにした。


「ふんふん。化け猫に猫又ねこまた……仙狸せんり。猫の妖怪ってたくさん種類があるのねー」


 夢中になって調べ深夜十二時近くになり、いったん休憩しようとベッドに寝転がったら、いつの間にか眠ってしまった――。



 ***



「――もし、そこのお嬢さんマドモアゼル


 デスクライトの薄明りの中、低い男の声がする。

「う……ん」


「起きていただけないでしょうか」

 凪咲の耳もとにささやく声。イケボだなと思いながら睡魔すいまに勝てない。ゆさゆさと凪咲の二の腕が揺れる。お母さんではない誰かが起こそうとしているのだろうか、少し目を開けると、一匹の銀灰色ぎんかいしょくの短毛の猫が凪咲の顔をのぞき込んでいた。

「!」


 凪咲はおどろいた。なぜならその猫は中世ヨーロッパの騎士きしのような服を着て、サーベルをいて人間のように二本足で立っていたからだ。


「わたくしの話を聞いていただけないでしょうか」

「い、今。しゃべっ……!」

 猫騎士は、小さいながらマントをひるがえし、ひざまずいた。


「驚いたって事はわたくしの姿が見えるのですね」

「ね、ね、ね、猫がしゃべっているー??」

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