3,ザイニンたち

「走れ!」

 通路の分岐点にいた少女が、手を振っている。

 トオルが駆け込むと、少女は腕をいっぱいに広げて通路を塞いだ。

「止まれ!」

「どっち!?」

 彼女はランタンの明かりにまぶしそうに帽子のつばをさげた。少女は。サファリハットと呼ばれる、日差しよけの広いつばがついた帽子だ。ただでさえ暗い地下で、さらに視界を狭めているはずだ。


「この地下通路は罠だらけなの」

 少女が示す先。黒い壁にはごく小さな隙間がある。ランタンの明かりがなければトオルにはとても見えないほどだった。

「伏せて。この罠は膝の高さなら反応しないから」

「でも、さっきのやつが……」

「リーパーは足が遅いから、罠に対処しながらでも逃げられる。死にたくなかったらあたしの言うとおりにして」

 言うが早いか、彼女自身が腹ばいになった。


「聞きたいんだけど、どうして帽子を?」

 同じく床に伏せながら、トオルは聞いた。ランタンに照らされて見えるのは、彼女のすり減った靴底だけだ。

「冒険家だから」

 数メートル進んだところで、少女が立ち上がる。同じ地点で、トオルも体を起こした。


「あたしはツルネ。よろしくね」

「よろしく、ツルネ。僕は……」

 トオルの言葉を遮って、ツルネはまたすぐに歩き出した。

「自己紹介は少し後にして。近くに仲間がいるから」



   🔦



 ツルネの元気がいい足取りを見ていると、勇気づけられる気がした。

「おかしい、今日は罠の数が少ないような……」

「日によって変わるものなの?」

「そんなはずはないんだけど。まるで、君が一緒にいると遠慮してるみたい」

 しばらく進むうちに、背後から聞こえていた、あの「かちゃり、かちゃり」という足音は聞こえなくなっていた。


「いた。ドス、そっちはどう?」

 ツルネが手を振りながら話しかける先……通路の壁面に向き合っていた少年がいた。

 背がトオルよりも高い。体つきはがっしりしていて、《都市》で会っていたらスポーツ選手なんじゃないかと思うだろう。口元にはマスクを着けていて、表情が分からない。だが目元は優しげだった。

「ン……」

 ドスと呼ばれた少年が、手元でいくつかの仕草をしてみせた。手に持った手帳を示して親指を立て、自分の頭を示してから首を振る。


「書き写しはしたけど、解読はこれからってことね」

 その仕草でツルネには意味が通じたらしい。

 言われてみれば、ドスの向かっていた壁面には、看板のようなものが掲げられている。そこに書かれている文字は、《都市》の言葉ではなかった。別の国の言葉だ。

(なるほど。彼は言語の解読係ってことか。でも、どうして《都市》の地下に外国語が……?)

 いぶかしんでいるトオルの肩を、ツルネがバシッと叩いた。


「こっちはちゃんと新入りを見つけてきたよ」

「えっと……はじめまして。ボクはトオル。市民IDはBの……」

「B! ってことは、上級市民?」

 驚きの表情でツルネが声をあげた。《都市》の市民のIDには、B、G、Rのどれかがつけられている。Bは上層、Gは中層、Rは下層の居住ランクを示している……が、現在ではGとRの間にほとんど区別はない。ひとまとめに「下級市民」と呼ばれるだけだ。


「ン……ン」

 ドスが手つきでランタンを示した。彼は言葉を発することができないようだ。

「これは……血がついてるけど、僕のじゃないよ。母さんが一緒にいたんだけど……気づくといなくなってて、代わりにこれが」

了解ラジャー、だいたい事情はわかった。でも、ここはまだリーパーのナワバリの中だから」

「さっきも言ってたけど、リーパーってさっきの怪物?」

「そう。あたしたちはあいつが現れないところに集まって暮らしてる」

 言うが早いか、ツルネはまた、確信に満ちた足取りでずんずんと歩き始める。


「ようこそ、ザイニンの村へ」



   🔦



 ざわめきがあった。曲がりくねったアリの巣のような通路の中で、ぽっかりと半円形の空間ができている。広間には人の息づかいが、足音が、衣擦れがあった。

「みんな! 新入りを紹介するよ!」

 ツルネが元気いっぱいに叫ぶと、広間の人々が集まってきた。

 いくつもの顔が並ぶ。年頃はみな十代だろう。少年少女ばかりだ。


「上級出身のトオルだ。あたしたち下級市民が知らないことも知ってるはずだから、脱出の手がかりを見つけてくれることに期待してる」

「ツルネ、まだ脱出できると思ってるのか?」

 少年たちのひとりが冷たく言った。

「そのために何人が犠牲になったと思ってるんだ。いいかげん、諦めた方がいい」

「お前は体力ありそうだし、『調達チーム』に入ったほうがいいよ」

「それより、明かりがあると助かるわ。『生活チーム』にそのランタンをくれない?」

 少年少女たちがガヤガヤとトオルを囲む。いきなりあれこれ言われても、トオルにはなんと返していいか分からない。


「……ン」

 ずい、とドスが前に出た。体格に優れた少年に圧されて、トオルを囲んでいた少年達が一歩引く。

「分かってるよ、ドス。掟を破るつもりはない。でも、『探索チーム』に誘うのはトオルのためにならないよ」

「それはトオルが自分で判断することでしょ。ほら、持ち場に戻って」

 こうして、急な歓迎会はお開きになった。


「チームって?」

「村では役割を三つに分けてるの。処理場から食料を見つけてくるのが『調達チーム』」

「処理場?」

「《都市》の住民が廃棄したゴミはこの《基礎》に集められるわけ。それが集積されているところが処理場。もうずっと、ゴミが溜まってるだけだけどね」

「う……」

 ゴミ捨て係だったころ、このゴミはどこに行くのだろうと考えないでもなかったが。まさかその答えが、地下に捨てっぱなしになっているとは思わなかった。

(ここじゃ、《都市》の食べ残ししか食べるものがない……ってことか)

 気分が落ち込んでくるが、捨て鉢になっても仕方ない。


「生活チームは?」

「この村での色々を請け負うチーム。被服、洗濯、ときどき、調達チームが見つけてくる道具の修理とかね」

「それで、最後が……」

「探索チーム。あたしとドスのふたりだけ。あたしたちは、この《基礎》から脱出する道を探してる。今は、《基礎》の地図を作ってるところ」

 村にいる人数は、二十人にも満たないぐらいだろう。二人しか探索に出ないのは、それだけ危険だからに違いない。


「君にも、何か働いてもらうよ」

「わかってる。働かざる者食うべからず、って言うしね」

 さっきの様子を見るに、探索では役に立てそうにない。勧められた通り、調達チームで食料探しをするのがよさそうだ……と、トオルは考えていた。


「ン……」

 ドスが一角を指さしていた。

「ああ、そうか……もう一人、挨拶してもらわないと」

 その先には、ぽつんとテントが張られていた。

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