第34話 作戦会議
祠参りを終えた拓海、証拠集めを終えた森川と松本達は、森川の連絡を受けて月華荘へと戻って来た。
拓海達が玄関口に入ると、先に戻っていた森川と松本が玄関の中で待っていた。
「丁度良かった、拓海君、今から部屋に行ってもいいかい?」と森川は、拓海、さくら、香織、未来の四人の顔を見てから、拓海へと視線を移した。拓海は森川の言葉に気づき、さくら達三人に顔を向ける。
「ちょっと森川さんと松本さんと話をしてくるから、さくらは一旦香織さんの部屋に行ってくれないか?帰るまで、ちょっと色々と用事があるから。」と声を掛けると、さくらは不服そうな声を上げようとした。
しかし、祠参りの際に事前に話を聞いていた香織は事情を知らない未来とさくらを部屋に行くよう促した。
香織に促されるがままに、さくらと未来は一足先に二階へと向かう背中を、拓海は見届けた。その場に残ったのは、森川と松本、拓海の男性三人だけだった。拓海は口を開き、森川に声を掛ける。
「証拠集めの件ですよね。香織さんにはその件について先に伝えてあるので…彼女たちには申し訳ないけど、もう少し待機してもらうつもりです。では、森川さん、松本さん、一度朧月の間に行きましょうか?」と拓海は静かに松本と森川を交互に見つめた。
「勿論だ、だが正直なところ時間はあまりないんだ。どうにか証拠品は駐在所から押収したが、向こうに気づかれるにはそう時間も掛からないだろう。」と森川は、既にしまってある上着の内ポケットをポンポンと叩いて示した。松本も、やや表情を曇らせながら頷いた。
「私も重要な目撃証言を得ることに成功した。だけど、その証言をしてくれた人は妙な感じがしたんだ。それについても話をしたいから急いだ方がいいかもね。」と松本の話も聞き、拓海は時間がそろそろ無いことを察して、朧月の間へと行こうと二人に先を促した。
拓海、森川、松本の三人が朧月の間へと訪れると、三人は部屋の机を囲んで座椅子に座った。ピリピリと張り詰めたような空気が、拓海達三人の間に広がった。拓海は口を開こうとするが、重苦しい雰囲気に気圧されてしまい、再び口を閉ざした。
すると、森川が上着の内ポケットからタオルが包まれたビニール袋を机の上に広げた。
「まず、俺から一つ。これは朧谷温泉街の駐在所から押収した殺人の証拠品だ。」と森川は二人に見せるように袋を広げ、赤黒い液体を付けた草刈り鎌を見せた。袋越しに微かに伝わる鉄臭い匂いは、朧月の間にいる三人の顔を歪ませるくらいに強烈な匂いを放っていた。
拓海は服の襟を持ち上げ、鼻を抑えながら証拠品の草刈り鎌に顔を近づけた。赤黒くベッタリとついた血のようなものの他に、ところどころ刃は錆び付いており、この刃で何人もの人を殺したと事実を物語っていた。拓海は草刈り鎌から顔を離し、再び座り直す。森川は血の着いた草刈り鎌を袋に包み直し、松本へ顔を向けた。松本は森川と拓海を交互に見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「私の方なのですが、実は中島明美という女性からある証言を頂いたんです。彼女の話は、街中で集めた証言の中でも信憑性のあるものです。内容はこんな話でした。」と松本は、中島明美という若い女性から聞いた目撃情報についての話と、警察官から口止めされた事を拓海と森川の二人に伝えた。
「どうしてそんな事をしたのか分からないのですが、明らかに明美さんの様子から、ただならぬ事があったという事だけは伝わりました。これくらいしか、有力な情報は得られませんでしたね。」と松本は呟くと、森川は眉間に深く皺を寄せ、唸りながら腕を組んだ。
その時、拓海は小さく手を挙げて松本と森川の二人へ言葉を発していく。
「すみません、今の証言と先程の証拠品からあまり情報がないのですが… もしかして、彼は初犯では無い可能性があるのではないでしょうか?何と言うか、あまりにも手馴れた感じがするんですよ。そう言えば、森川さんは他の警察の人と連絡を取っていましたよね。それについて何か情報はありましたか?」と拓海が森川へ話掛けると、森川はハッとした様子で拓海の方へ顔を向けた。
「あ、あぁ。そう言えばそうだった。俺が昨日地元警察署の冴島刑事に、とある人の経歴について調べてもらったんだ。案の定、経歴もそうなんだが…どうやら空白の期間もあったようだ。」
「空白期間?それは一体…」と拓海は訝しみ、身を乗り出すように話を聞いていく。しかし、森川は顔を顰めてゆるゆると首を横に振る。
「それについてはまだ分からない。だが…もう一つだけ、不可解な話があったんだ。」と森川は、口を引き締め、難しそうに顔を顰めて口を閉ざす。
「それって何ですか、森川さん。もし良かったら、教えてくれませんか?」と拓海は森川へ話を促した。
森川は軽く一つ咳払いをし、松本にも良いかと視線を送った。松本は黙ったまま、頷いて言葉を促した。
「更に不可解な話を挙げるなら、今年を含めてこの5年間は何度か同じような殺人事件があったんだ。」と森川が口に出すと、松本と拓海は勢い良く立ち上がる。
森川は二人に座るように促し、松本と拓海は静かに座椅子へ座り直した。拓海は、自身の抱える疑問を森川へ直接投げ掛けた。
「とすると…どうして今まで5年もあった殺人事件が、そんなに表沙汰になってないんですか?」
「それについて、俺も気になって聞いてみたんだ。どうやら、この朧谷温泉街には街の権力者による揉み消しがあったらしい。」と森川は拓海に告げる。拓海は口を震わせながら、軽く目を逸らして顎に手を当てた。
「……確かに、この街は有名な観光地ですよね。あまり殺人事件や不祥事を表沙汰にすれば、収益に関わる。だから揉み消すなんてことはあるだろうけども、それだけなのか…?」と拓海はブツブツと呟いた。
二人の会話を静かに聞いていた松本は、ふとポツリと言葉を呟いた。
「もしかして、この事件とか関わってるのが…その警察官が事件のもみ消しに加担したとかは?」
「ちょっと待ってください、それだと…殺人を犯した殺人犯が、この街の権力を使って事件を表沙汰にしないように色々手を回して隠蔽したと?!」と拓海は大きく目を見開き、松本に食ってかかる。松本は慌てて軽く首を横に振って、「ただの可能性かもしれないよ!」と拓海を宥めた。拓海は松本に謝り、またブツブツと呟きながら考え事を始めていた。
「可能性としては、有り得なくは無い。」と唐突に森川は呟いた。拓海は、不安そうに顔を顰めて口をへの字に曲げた。松本もどういう事かと森川へ問い掛けた。
「今までの情報をまとめると、殺人事件の発端となるその警察官は…街で得た権力を使い、自身の殺人事件を巧く隠蔽し続けた。確かにこの閉鎖的ではなくとも、独自に組まれたコミュニティで有力な権力を持つことが出来れば…とも考えられないか?そこまで至るには、それ相応の信頼の構築も必要と考えられるからな。」と森川は今まで集めた情報を元に、推理を拓海と松本の二人に伝えていく。そして、話し合いを深める中で、拓海が自身の腕時計を確認した。松本も拓海につられたのか、ポケットからスマートフォンを取り出して液晶画面を眺めていた。森川はズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、机の上に伏せるように置いた。
「大体の話はまとまってきたが、推理タイムはここまでだな。既に証言もまとまっているし、こうして証拠品も手に入れた。後は俺達ができることはないし、ここは地元の警察に提出しておかないか。」と森川は拓海と松本へ提案した。松本は「その方がいい」と承諾し、拓海も松本と共に森川の提案に同意した。拓海は妹に「これ以上、危険なことをしない」という約束を交わしたことから、地元の警察官に全てを任せることが良いと考えていた。
森川は二人の同意を得ることができ、行動に移そうと立ち上がる。その時、朧月の間の扉を叩く音が聞こえ、三人は互いの顔を見合せた。
「拓海君、俺が行くより部屋の主である君が出迎えた方が良いんじゃないだろうか。」と森川は拓海に声を掛け、拓海も妹が帰ってきたのかと思い、軽く頷いた。
「そうですね。もしかしたら、妹が気を使って部屋をノックしてきたかもしれませんし…ちょっと待ってください。」と拓海は立ち上がり、森川と松本に声を掛け、先に扉へと向かっていく。拓海はドアノブに手を掛け、回していく。扉を開くと、その先には不安そうに目を伏せて待つ女性の旅館スタッフが立っていた。
「あの、拓海様で間違いないですね?申し訳ございませんが、ただ今玄関に警察の方がいらっしゃっています。」と女性スタッフは拓海に声を掛けた。拓海は部屋の奥に居る森川と松本へ顔を向ける。ただ事ではないと察した森川は、扉の近くにいる拓海の元へと近づいていく。
「どうしたんだい、拓海君?」
「あ、森川さん。今、スタッフさんから玄関に警察の人が来ているって。」と拓海は女性スタッフと森川を見比べた。森川は女性スタッフの様子と拓海の言葉に気づき、拓海の前に出る。
「森川です、警察が来ているんですね?今、そちらに向かうので待ってもらうよう伝えてください。」と森川は淡々とした口調で、女性スタッフに伝えた。女性スタッフは恭しくお辞儀をすると、朧月の間から離れて行った。
森川は女性スタッフが離れていくのを見届け、朧月の間の扉を閉じた。拓海と森川は扉の前から離れ、部屋の前まで行くと互いの顔を見合せた。
「やはり、駐在所から証拠品が見つかった事が気づいたか。」と森川は内ポケットにある証拠品を軽く叩く。
拓海は、チラと窓の方へと視線を向け、森川へと視線を戻した。松本は、二人の様子を伺いながら言葉を待つ。森川は、確かめるように拓海と松本の顔を交互に見る。
「しょうがない、向こうが来たからには勝負に出る必要があるかもしれない。拓海君、俺に着いてきてくれないか。」
「分かりました、でも…本当に大丈夫ですか?相手が、何かしら凶器を要している可能性もあるんじゃ…」と拓海は不安そうな声を上げるが、森川は「大丈夫だ」と一言だけ告げた。松本は、静かに森川の判断を待った。
「私はどうしましょうか、出来る限り二人のお手伝いをしたいと思っていますが…」
「いや、余計に人を増やしても相手がどう出てくるか分からない。俺達が10分以上帰って来なかったら、その時は月華荘のスタッフか警察に伝えてくれないか。」と森川は伝えた。松本は拓海と森川の顔を交互に見たあと、口を噤みながら深く頷いた。
「決まったな、それではその通りに動くとしよう。拓海君、それじゃあこれ以上待たせる訳にも行かないだろうし…早速向かおうか。」と森川は伝え、拓海は顔を強ばらせながら、しっかりと頷いた。森川と拓海は朧月の間から離れ、月華荘の玄関に向かって歩いていく。
そして、月華荘の玄関に着いたとき、そこには不安そうな表情を浮かべて待つ月華荘のオーナーと、森川と拓海を睨むように見つめる東雲健太郎の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます