第22話 鬼の所業(森川視点)
レストラン『輝光亭』で、拓海と別れた後の森川。
彼は一人街の中を歩いて行き、早朝の現場へと戻っていく。森川が現場へと辿り着くと、そこには数名の警察官がブルーシートの周りに立っており、その周りではKEEP OUTと書かれた黄色と黒のテープで囲われていた。森川が近づいていく様子に気づいた一人の警察官は、テープを乗り越えて森川の元へと歩み寄る。
「すみません、ここは一般の人の立ち入りは禁止されています。」
「あぁすみません、私も警察です。」と森川はポケットから警察手帳を掲げて見せる。森川の警察手帳を確認した警察官は、敬礼をする。森川も警察官へ敬礼を返した。
「大変申し訳ございません。この現地の方ですか?」
「いえ、私は非番で…たまたま旅行先で来ただけにしか過ぎません。現地の警官ならば、駐在所にまだいると思います。何か、手伝える事はありますか?」と森川は現状を伝えた後、目の前にいる警察官に指示をあおぐ。警察官は、一度現場を一瞥した後に森川へと顔を向ける。
「それでは、詳しい状況を確かめたいので現地の駐在警察官を呼んでいただけますか?我々も連絡を受けて来たばかりですので、色々と事情聴取や、調査なども進んでいませんから。」と警察官は森川へと伝える。
「分かりました、では一度朧谷温泉街の警察官を呼んできます。」と警察官に軽く会釈をして、駐在所へと真っ先に向かっていく。
森川が駐在所へ辿り着くと、駐在所警察官である東雲健太郎はデスクの引き出しを開いて何かを確認しているようだった。
「すみません、森川ですが。」と森川が声を掛けると、東雲は驚いた様に勢い良く引き出しを締め出し、焦りを誤魔化すような笑みを浮かべながら顔を上げる。
「はい、どうかしましたか?森川さん。」
「あ、あぁ…ちょっと、現場にいる他の刑事から事情を聞きたいとの事で、呼びに来たのですが……お取り込み中でしたか?」と森川は取り繕う様に話を進めるが、先程の東雲の不審な行動に対して怪訝そうな表情を浮かばせていた。東雲は軽く首を横に振り、何事も無かったかのように振舞って見せる。
「いえ、対した用事では無いので…直ぐそちらに向かいますね。」と東雲は立ち上がり、森川の元へと歩み寄って来る。森川は東雲の様子に不審に思いつつも、今は現場を確かめる必要があると考えた。
「では、待たせると悪いので急いで行きましょう。」
森川は東雲を促しつつ、足速に現場へと戻っていく。
殺人事件が起きた現場に戻った森川と東雲は、早朝の現場で何が起きたのかを、現場に駆けつけた刑事達へと説明していく。現場に駆けつけた鑑識や、ほかの刑事達も森川達が来る前に聞き込みをしていたようで、互いに持っている情報を交換をしていく。
「被害者は
「話を続けて、死亡推定時刻と死因についても詳しく。」と現場の刑事が伝えると、鑑識は頷く。
「死亡推定時刻は約22時~22時30分前後、死後6時間以上は経過していると思われます。争った形跡もなく、死因は複数の外傷による失血性ショック死と思われます。」
「この時に、目撃情報とかは?」
「いえ、この街には監視カメラの設置も無いようで…時間帯的にも、この街では22時以降は外出禁止令が出されているようで、目撃情報自体はほぼないと思われます。」と鑑識が曇った表情を見せながら、刑事に伝える。芳しい情報が残されていないことに、刑事は苦虫を噛み潰したような険しい顔になる。
「発見した時刻については、何か知りませんか?」
刑事が発見当初について、森川と東雲に問い掛ける。
「発見当初では、私と東雲が駆け付けた時にはすでに人だかりが出来ていました。恐らく、状況的には早朝6時以降に外出禁止が解かれた時間帯ですので、その際に外に出た住民の一人が発見し、現場が明らかになったと思われます。その時には既に、殺害されてから時間が経過していたようなので…長時間の間放置されていたと思われます。私の他にも、現場近くで目撃した人は一人います。」と森川は刑事に詳しい内容を伝えていく。森川の話を真剣な表情で聞いていた刑事は、最後の一言を聞いて動きを止める。
「森川さん、貴方以外で現場近くで目撃した人物はどの様な人ですか?」
「はい、彼は藤原拓海という男性で、私と同じ朧谷温泉街へ旅行目的で宿泊をしている人です。」
森川は、共にこの現場へ駆け付けた拓海の事を伝える。刑事は眉をひそめながら、顎に手を当ててブツブツと何かを呟いていた。
「取り敢えず、聞き込みを重点的に行っていきましょう。夜間に行われた殺人とはいえ、何処かしらに目撃情報は残されている筈です。森川さん、出来るならば藤原拓海さんにも事情聴取をしていただけますか。彼も何か知っているのかもしれないので、よろしくお願いします。」と刑事が森川に伝える。森川は承諾したが、心の中では『もしかしたら、拓海君が疑われる可能性も出てきたな』と不安視をするように呟く。
森川を含めた刑事達は、新たな目撃情報や事件現場の詳しい情報を集める為に一度解散する事となった。
森川はスマートフォンで拓海に電話をかけるが、何度かの呼び出し音の後、拓海は応答しなかった。無機質なアナウンスがスマートフォンから流れてくる。
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません。』という声が森川の耳に響く。森川は焦りを感じながらも、スマホをポケットにしまった。
「クソ、一体どこに行ったんだ拓海君。急いで合流しないと、下手したら君が疑われるんだぞ。」と森川は呟きながら、次に拓海が行きそうな場所について考え込んだ。昨日の会話と、今朝の『輝光亭』の会話を思い出しながら、頭の中で選択肢を洗い出す。
「この時間帯、まだ『黒面の鬼』について調べているはずだ。ならば…行くところは一つしかないかもしれない。」と、森川は拓海が最も可能性が高い場所として、山にある『鬼の祠』を選んだ。
心に決意を抱いた森川は、一刻も早く拓海と合流するべく、山へと向かう為朧谷温泉街の道を走り出す。
山に続く道のりは長いものだったが、森川の足取りは早く、息が切れるほどの急な坂道でも気にせず駆け上がっていく。汗が額から流れ落ちるが、彼は拓海の安否を確かめるため、そして自身の信念を貫くために全力で進んでいくのだった。
森川が現場から離れた後、その場に残る刑事達は話をしていた。彼らは、森川の発言に対して僅かに疑問が生じていたようだった。一人の警察官が、刑事へと声を掛ける。
「先程の話、冴島さんはどう思いますか?」
「正直なところ、まだ確かな情報はないが……推測でしか言えない。少なくとも、森川刑事は重要参考人でもある藤原拓海の件について色々知っているかもしれないかな。」と冴島と呼ばれた刑事は答える。
「確かにそうですね、一般の人とは思えない様な気がすると言ってしまえば……ただの決めつけかもしれませんがね。」
「少なくとも、今回の事件は人為的なものである事は確実だろう。現場の近くでは、未だに被害者を殺害する際に使われた凶器は見つかって居ない。」
「現場周辺もできる限り調べてくれ、凶器が隠されていたり、捨てられている場合もある。何かしらの手がかりがない限り、我々にとっても打つ手はないだろう。」と、冴島は周囲の警官たちに指示を出していく。
その場に残った冴島は一人、街の周囲を見渡しながら事件について思い返していく。
『そもそも、本件を含めたこの殺人事件……今年で確認される限りもう4件目だ。どれも同じような手口で行われた殺人事件だが、決まってこの事件は犯人の手がかりはひとつも見つからないままだった。』
『もし今回の事件が、藤原拓海という観光客による何らかの「模倣殺人」だとしたら、それは見過ごせない事かもしれない。』冴島の頭の中では、重要参考人となる藤原拓海の事を視野に入れつつ……今まで起きた事件について振り返っていく。
「一度彼の身辺情報も調べてみる価値はあるかもしれないな……この事件について、何か知っているかもしれない。」と冴島は、これから自分が何をするべきかの目処をつけ、一度本部に連絡を入れようとスマホを取り出す。
彼の目に映る液晶画面を見つめながら、唇を噛む。
「朧谷温泉街には、鬼が出る……か。馬鹿馬鹿しい、大体そんな非現実的な存在がこの世にいるはずも無い。それに、この殺人事件もまた鬼の仕業だと言うのならば、そんなことで人が犠牲になる必要だってないだろうに。」冴島はブツブツと独り言を呟き、ブルーシートを被せられた遺体を睨みつける。朧谷温泉街で起きた事件に幾度か関わってきたことのある刑事、冴島は未だに捕まらない犯人に対する憤りと、今回起きてしまったこの殺人事件に対するやるせない気持ちを抱えていた。
「鬼が出るか蛇が出るか、やはり過去の事件の記録も洗い出した方が良いのかもしれないな。こんなのは普通じゃない。必ず人間の仕業である事は分かっているのに、どうしてここまで捕まらないと言うんだ。」
強い怒りを抱えながら、手に持ったスマートフォンを強く握りしめる。その目には、犯人に対する激しい憎悪とこの事件に対する確固たる意思が浮かび上がっていた。
冴島はスマートフォンに登録されている、県警本部の電話番号を入力していく。何度かの呼び出し音の後、応答する声が聞こえてくる。冴島は一度深呼吸を行い、落ち着きを取り戻した様子で相手に答える。
「もしもし、冴島です。過去にあった『朧谷温泉街殺人事件』について、情報を洗い出したいのでファイルを一度用意していただけませんか?あと…本件の重要参考人と思われる、藤原拓海という男性について調べていただけませんか?……えぇ、はい。もしかしたら、彼も色々と今回の件に深く関わっている可能性があるので…はい、はい、よろしくお願いします。」と冴島は用件を済ませると、通話ボタンを切った。
冴島は一度本部へと戻り、先程本部にいる相手に頼んだファイルを一度目を通そうと考える。
「何としてでも、私の手でこの事件を終わらせる。」とズボンのポケットの中にスマートフォンをしまいながら、目的の為に急ぎ足で街の中を駆けていく。
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