第21話 明かされた街の真実
時が止まったかのように固まる宮司、拓海はこの時自身が言ったことを後悔していた。
『しまったな、あれこれ調べたのもあったけど…そもそもこの話は、夢で見ましたなんて言っても信じて貰えるかどうか…』と心の中で呟く拓海。
「何故、それを知っているんですか。」と宮司の声が震えているのが、拓海の耳にも聞こえてくる。
拓海はどう説明したらいいか分からず、口篭る。
夢で見たあの誰かの記憶も、男とのやり取りも、ウツギのやり取りですらも、全て現実的なものでは無いことは拓海自身がよく知っているからだ。
「え、えぇと…その……」と拓海は上手く言い表すことが出来ずにいた。宮司は拓海が言い淀む様子を察し、拓海の手を掴む。急に手を掴まれて驚いた拓海だったが、宮司は「社務所に入りましょう。」と促した。
拓海は、宮司に促されるまま社務所の中へと入っていく。しかし、宮司は拓海を社務所の奥の部屋へと連れて行くや否や、襖をピシャリと閉める。
奥の部屋の中で立ち尽くす拓海に対し、冷ややかな目で宮司が見つめる。宮司は拓海に座るように促し、拓海は怖々と座る。
「俺、何か…マズイことを言いましたか?」と拓海は宮司の表情を窺いながら尋ねる。
宮司は拓海の言葉に対し、暗い表情を浮かべる。
「どのような経緯で、この神社の隠された歴史を知ったのかはわかりませんが…これも一つの神託でしょう。」と宮司は自らに言い聞かせるように、大きなため息をつきながら呟いた。
「拓海さん」と宮司が声をかけると、拓海はビクッと肩を震わせる。恐る恐る宮司の目を見ると、どうやら覚悟を決めたような眼差しで彼を見つめていた。
「拓海さん、今から貴方にはこの街の…いえ、この朧光神社の真実について話しましょう。」
宮司は背筋を伸ばし、真っ直ぐに拓海を見つめながらゆっくりと語り始める。拓海も、この街に隠された真実を確かめるために、宮司の言葉に耳を傾けた。
「あれは、今から約177年前の江戸時代後期の話です。朧光神社の五代目の宮司が、朧谷村の宮司として務めていた時でした。」
「この朧谷村では、いえ…朧光神社では、元々山岳信仰が行われていたために祀られているんですよ。」
「ちょうど今と同じゴールデンウィークの頃、昔はゴールデンウィークなんて無かったのですが…この頃はお祭りの準備があったんです。」
「この時期に行われる、豊作を祝うためのお祭りがあるんです。村の人々は、その神々のために準備をしていたんです。」
「ですが、そんな祭りの準備をしている際に…とある村の男が祭りの準備の際、誤って篝火を倒してしまったんです。それが原因で、朧光神社は全焼する大事故となってしまったんです。」
宮司の話に、拓海はいても立ってもいられず、思わず口を挟む。
「ちょっと待って下さい、確かに朧光神社が燃えたのは知っていますが……何故、この街に『黒面の鬼』が出てしまったんですか。全焼してしまったとはいえ、それが呪いとなって及んだ原因や、街の風習となった理由には繋がらないと思うんです。」
拓海は、自身の見聞きした話にどうしても繋がらない部分に強い違和感を感じていた。拓海にとって腑に落ちない部分は『神社が全焼したのが原因で、男が呪われた』という事実そのものだった。
宮司は、拓海を落ち着く様にと諌め、彼を座らせた。
拓海は興奮する気持ちを治め、もう一度座り直す。
「実を言うと、この部分にはもう一つ確実な話があるのです。」
「この大事故の後、儀式である祭りが行われなくなった事が原因で……村では災害が起きたのです。現代ではそんな因果関係など、科学的ではないと一蹴されるでしょうが……あの時代の彼らにとっては、それが神々の怒りを買ったと恐れられていたのです。」
「具体的に何が起きたのかは、私はよく知らないのですが……大雨による土砂崩れや、農作物の不作、疫病などが村を襲ったというのです。」
「それが、村の人々を苦しむきっかけとなり……原因となった男は、怒り狂った神々の呪いによって鬼になったと言われています。彼は死ぬ事も出来ず、100年以上もこのように街の中をさまよっているんです。」
「……村の人達や、この村、いえ…この街に訪れた旅人達は男が犯した罪の内容などはあまり詳しくは知らないんです。罪を犯した、だから神々の怒りを買って鬼にされた。それだけが今でも伝わっているのです。」と宮司はどこか寂しそうな顔をしながら、話を締め括った。拓海は、宮司の口から語られた街の真実に言葉を失っていた。否、これ以上掛けられる言葉すらも何一つ口から出て来なかったのだった。
重苦しい空気が、宮司と拓海のいる部屋の中を包み込む。拓海の中では、ある考えが頭の中に浮かんでいた。
「ちょっと待って下さい、だとしたら……宮司さんは、その…」とハッキリとしない口ぶりで言葉を出そうとする。拓海にとって、この言葉を彼に伝えるということはどれだけの事を意味するのかをよく知っていた。
「どうかしましたか、拓海さん。」と宮司は不安そうな顔で拓海の目を見つめる。拓海は生唾を飲み込み、ゆっくりと重い口を開いた。
「だとしたら、宮司さんは……この神社の近くに度々歩いてくる男を見たことが無いのですか?」
拓海の言葉に対し、宮司の顔は疑問を浮かべていた。
想像した表情とは違ったのか、拓海は面食らった。
「え、嘘でしょ。髪がボサボサで、痩せこけた甚平を着た男性がいつもこの街をさまよっているんですよ。」
「申し訳ありませんが、私達にとっては『鬼が街の中を徘徊している。』という事だけしか知りません。私もこの街に住んで長いのですが、その様な男性は一度も見たことがありませんね。」と言う言葉だけを拓海に掛けていく。この時、拓海の顔から一斉に血の気が引いていくのを感じていた。拓海には目眩が襲い掛かり、思わずよろけてしまった。
宮司は驚いた様子で、拓海に駆け寄るが……拓海はゆるゆると首を横に振り、大丈夫だと伝える。
拓海の頭の中は、ぐるぐると目まぐるしく思考が巡るのを感じていた。その目まぐるしい思考の中、彼の疑問はまるで風船のように膨れ上がるのを感じている。
『あれは幻覚…?誰も、見た事がないと言うのだろうか。いや、待てよ、俺が彼と会ったのはいつだって───。』と拓海は心の中で、必死に状況を整理しようと考えていく。だが、思考があちらこちらにとっ散らかってしまい、上手くまとまらない。
「……あ、あぁ、いや…そんな筈じゃ。」と拓海は譫言のように呟く。彼の頭の中では、一つの結論が頭の中を支配していく。
「もしかして、黒面の鬼は山の神々に呪われたんじゃなくて……自分自身を許すことが出来ずに、自身を呪ったんじゃないのか?」と口から零れる言葉に、宮司の顔は真っ白になった。
「それって、もしかして自己を呪ったから……鬼となったとでも?だとしたら、彼の目的は。」とわなわなと口を震わせながら首を横に振る。
「だったとしたら辻褄が合いませんよ!だって、ウツギさんは現に彼を憐れんで居たんです!」と拓海が宮司の腕にしがみつき、声を荒らげた。
その時、拓海の口から「ウツギ」という名前を出してしまい、ハッとして宮司から離れた。
ウツギという名前に宮司は首を傾げるばかりだった。
「その、ウツギという人が…貴方に教えたんですね。」
宮司は拓海を諭すように、静かに語る。拓海は、力無く頷き、ぽたぽたと涙を流していく。
「ごめんなさい、少しだけ…待っていてくれますか?」
「?どうしたのですか、これで大体の話は分かったと思うのですが…」と拓海は疑問符を浮かべながら、宮司の顔を見つめる。宮司は、どこか言い淀んだように口ごもり、目を泳がせていた。まるで、口に出したら恐ろしいことが起きるんじゃないかという不安が彼の心を支配しているかのだった。
「拓海さん、それだとどうしても納得できない箇所が一つだけあるんです。」
「それは?」と拓海が問いかけると、宮司は肩を震わせながら、恐る恐る口を開く。
「それだとしたら、『黒面の鬼』が人を襲う動機にはならないと思いませんか?」
「どういうことですか、あの『黒面の鬼』が人を襲うと…?」
「そうです、恐らく…今朝もあったでしょう?街の人が何者かに襲われて、酷い様相だったと…」
「待ってください、あなたのその口振りだと…過去に何回かあったように聞こえるんですが…」
拓海の頭の中で、嫌な想像が広がっていく。そして、宮司の口からその嫌な想像が現実を伴うことが明らかになる。
「そうですよ、少なくとも...5年前辺りから、『黒面の鬼』による街の人や旅行者が襲われるような事件がありました。勿論、彼が行ったという確証は何一つありません。ですが、街の人達は...あれらが人間の仕業ではないという考えから、鬼の仕業だと言うことが絶えないんです。」と宮司の口から語られた言葉に、拓海はまた言葉を失った。それは、彼にとって紛うことなき最悪な真実として強く突きつけられていた。
『最悪だ。』と拓海の腹の底から湧き上がる言葉が、率直な感想だった。自身が探した歴史も、今まで体験してきた全てを揺るがすほどの衝撃だった。
「…その事件について、詳しい話は知っていますか?」と拓海は、声を震わせながら宮司に問いかける。「残念ながら、詳しい話はよく知りません。」と宮司は首を横に振るだけだった。拓海の心の奥底で渦巻く不安が、口から吐き出されそうになっていた。
「分かりました、ありがとうございます。」と早口のように拓海は宮司に感謝の言葉を述べる。拓海は、社務所へと入る前に見た男の姿が気に掛かり、一刻も早く真実を突き止めたいと心が突き動かされる。
拓海は逸る気持ちを抑えつつ、社務所の奥の部屋から飛び出す様にその場を後にする。
宮司は、社務所を飛び出す拓海の背中を静かに見送った。拓海が出て行った後、入れ替わる様に若い男性が部屋の中へと入っていく。
「今の方、一昨日もお越しになった方ですよね。一体何の話をされていたのですか?」
「まぁ、とても熱心に調査をされている方ですよ。」
「今時珍しいですね、この朧谷温泉街について調査をする人なんて……今じゃすっかりただの観光地になっただけだと思ったんですがねぇ…」と若い男性は感慨深そうに、宮司に笑いかける。若い男性とは対照的に、宮司は彼に苦い笑みを返すだけだった。
拓海は息を切らせながら、社務所を飛び出していくと、社殿の近くで写真を撮っている松本へと近づいていく。松本は拓海の姿に気づくと、一眼レフの蓋を閉めて彼の方へと向き直る。
「お話終わったんですね。」と松本はにこやかに微笑む。拓海は頬を伝う汗を拭いながら、笑顔を返す。
「はい、お陰様で色々と重要な話を聞くことが出来ました。松本さんも、さっきまで撮影してましたが…もう良いのですか?」
「僕ですか?えぇ、丁度良い感じのものは撮れたので、そろそろ終わろうかと思ってたところなんです。」
嬉しそうにカメラを軽く掲げながら、松本は笑いかける。拓海は、少しだけ考える様な素振りを見せる。
「俺、少しだけ……用事があってここを離れる予定ですが、松本さんはどうしますか?」
拓海の質問に、松本は手を顎に当ててうーんと唸る。
「そうですね、出来るだけなら拓海さんの用事に付き合いたいですが……お一人で行かれるつもりですか?」
「はい、どうしても状況的には一人で行きたいと考えています。こんな事件があった後じゃ、まだ不安は残ると思うんですがね……でも、俺は出来るだけやれることはやっておきたいんです。」
松本は少し考え込むような素振りを見せたが、一人頷いて拓海の方へと顔を向ける。
「元々気分転換のつもりでしたし、拓海さんがやりたいことがあるのならば止めませんよ。もし、彼女達が拓海さんについて聞いてくるようでしたら、用事があって出掛けたと伝えておきます。」
「すみません、ありがとうございます。」と拓海は松本へと深々とお辞儀をし、足早に朧光神社を後にする。
拓海は、『黒面の鬼』が何処にいるのかを考えつつ…事件について何かを知らないかと思いつつ、『鬼の祠』へ向かって走っていく。
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