第20話 近づく真相
レストラン『輝光亭』で朝食を終えた後、『輝光亭』の前で深々とお辞儀する拓海。
「ありがとうございました。これから一度月華荘に戻ろうと思います。」
「あぁ、俺も現場に戻って駆け付けた地元県警の手伝いに向かうつもりだよ。くれぐれも、気をつけてくれ。」
「はい、ありがとうございます。森川さんも、お気をつけてください。」
「はは、お互いにな。何かあればまた連絡するから。」と森川は手を振り、足早にその場を後にする。拓海は森川の背を見送り、月華荘に向かって足を進める。
拓海は月華荘へと戻る道中で、頭の中で『黒面の鬼』に関する情報を整理し始める。これまで経験した不可思議な出来事や昨夜のウツギとの会話、それら全てがまるでパズルのピースのように組み合わさっていく。思考を忘れないようにするため、「これは部屋で書くべきだな」と拓海は考えながら、月華荘へと急ぐ。
拓海は月華荘の朧月の間に戻り、まずはメモ帳と紙をテーブルに広げる。経験したことや考察、時系列などを記述していくことにした。
「もしもこれが江戸時代後期から末期に起きた事件ならば……おそらく、その時期は朧光神社で祭りが行われていたはずだ。」拓海は白紙の紙に朧光神社と祭りの準備を書き連ね、連想ゲームのように次々と繋げていく。そうして『黒面の鬼』の伝説の全容を明らかにしていくのだ。
事件の発端は男が故意に朧光神社に放火したことだった。その結果、朧光神社は全焼し、儀式が中止されることとなった。村には損害が生じ、さらに山の神々の怒りを買ってしまい、男は鬼に変えられてしまった。拓海は紙いっぱいにその詳細を記していく。
「だとしたら、今、『黒面の鬼』が夜な夜な街を徘徊しているということは……あの男は、常に鬼となってしまうのではなく、夜の間だけは鬼になってしまうという呪いの可能性もあると見ていいのかもしれないな。」拓海はボールペンを片手に持ち、書き記した紙に向かって唸りながら言った。
事件の発端やその経緯、そして『黒面の鬼』が何者なのかについての情報を整理したが、同時に新たな疑問が浮かび上がる。
───新たな疑問は、ただ一つだけだ。
『なぜ『黒面の鬼』はこの朧谷温泉街を彷徨うのか?』という疑問だけが、目まぐるしく拓海の頭を駆け巡る。拓海はここ数日の間に三度も街や祠の近くでその男性と遭遇した。一度だけ危害を加えられたことがあったが、拓海がこうして生きている事実がその男による殺害ではないことを示している。
「そういえば、目的については一切分からないが……ハッキリと遭遇したのは『鬼の祠』と『朧光神社』の前だったな」と、最後まで言葉を発する前に、拓海はある共通点と『黒面の鬼』の伝承に引っかかりを感じていた。拓海はボールペンをテーブルに置き、身を乗り出すようにして紙を広げ、それを見つめた。
「いや待てよ、確か……ウツギさんとその男性は面識があったはずだ。」と拓海は記憶を辿り、昨日の男性とのやり取りを思い出す。拓海は首に残る痣を擦り、自身の言葉と男性の反応を頭の中で反芻させる。
「ウツギさんも火傷を負ったと言っていたし……あの時見た記憶がかなり古い出来事なら、ウツギさんはもしかしてあの神社に祀られていた神様や関連する存在だったのかもしれない。」
拓海の疑問が次第に確信へと変わっていくのを感じながら、その考えは次第に明瞭な形へと変化していく。あらゆる謎が点在していたパズルのピースが、次第にはっきりとした輪郭を帯びていく様子を拓海は自らの目で感じ取っていた。
気づけば、拓海が書き綴っていた紙は文字で埋め尽くされ、赤いペンで囲まれた文章には彼が求めていた答えが整然と並んでいた。
拓海は一度かじりついていたテーブルから身を離し、座椅子の背もたれに身を預けながら天井を見つめ、大きく息を吐く。
「取り敢えず、今できることは全て尽くした。ただし…問題があるとすれば、これが真実かどうかを確かめる必要があるかもしれないな。」と拓海は朧光神社へ行くことも考えつつ、もう一度顔をテーブルに向ける。もし、これまでの調査が真実であるのならば、その後はどうするべきだろうか?
「……しまった、明らかにしたのは良いが、この先をどうするか全く考えていなかった。」と拓海は一人呟く。
すると、朧月の間から扉を叩く音が聞こえ、拓海は一人で立ち上がる。
「はいはい、今行きまーす。」と拓海は朧月の間のドアノブに手をかけ、回していく。ドアの向こう側では、松本がカメラを首から下げた状態で部屋の前で立っていた。
「あぁ、何かお取り込み中でしたか?それだったら改めるつもりでしたが……」
「いえ、大丈夫ですよ。ちょうど一段落ついてた頃でしたので。とはいえ、何かしら用事があってきたんですか?」
拓海は怪訝そうな表情を浮かべ、松本の様子を伺った。それに対し松本は、柔らかな笑みを浮かべながら拓海に対してある提案をする。
「少し気分転換に、外に出ようかと思いましてね……拓海さんも、一緒にどうかと思って誘いに来たんです。」
「気分転換ですか、良いですよ。私も少し用事があったので、丁度良かったですよ。」拓海が松本に快く返答すると、松本は嬉しそうに笑って見せた。
拓海は松本からの外出の誘いを受け、一度部屋に戻り出かける準備を整えていく。
「これくらいで良いかな、あ……これも持っていかないと。」と拓海はポケットの中に手を入れ、あの木彫りの狐の根付を仕舞い込む。ウツギから貰った大切なお守り代わりであることを確認した拓海は、一人朧月の間を見渡す。
さくらは、未来と香織の二人がいる部屋へと行って遊んでいる旨をLimeによって教えてもらっていた。拓海は部屋の鍵を手に取り、朧月の間を後にする。
「お待たせしました、一応ある程度の準備はできたので行きましょうか。」と拓海は部屋の鍵を閉めつつ、松本を一瞥する。
「とは言っても、僕はできるだけ街の散策を考えていますが……拓海さんはどこか行きたい場所はありますか?こんな状況の中、一人で行くのは危険なのでこういう形で同行するだけですがね。」と松本は眉を下げて照れ臭そうに笑って見せる。
拓海と松本は月華荘を出て、朧谷温泉街の中を歩いていく。早朝の騒ぎも次第に鳴りを潜めており、まだ不穏な影は残しつつも平穏な街の様子が映し出されていた。
「朝の騒動が、まるで嘘だったかのように普通になりましたね。」
「いや、多分皆にとってはせめて普通の生活を崩したくないから通常通りに過ごそうとするんだろうし。」
早朝に事件が発覚し、未だに犯人すらも発覚していないこの現状、誰も彼もが心の中で不安を感じながらもいつも通りに過ごそうとする動きが見えていた。
拓海と松本も、未だに胸の内に宿る不安を抱きつつも、澄み渡る街の空気を楽しんでいった。
「そういえば、拓海さんの用事ってなんですか?あまり遠くじゃないといいのですが。」
「あぁ、実はこの近くにある朧光神社に立ち寄りたいと思っていてね。」
拓海の言葉に、松本は納得したように大きく頷いた。
「なるほど、それなら僕も一緒に行きますよ。あそこでの風景画も結構いいですもんね、あまり神社の神様に失礼のない程度には、撮らせてもらおうかな。」
「それもいいですね。あの神社の光景、幻想的で心を奪われるようでしたから。」
拓海と松本は和気藹々とした雰囲気の中、朧光神社に向かうために歩き始めた。
松本と拓海が朧光神社へと辿り着くと、二人は一度神社の参道前で立ち止まる。荘厳な雰囲気が漂う神社は、まるで松本と拓海の二人を待っていたかのように静かに佇んでいた。拓海と松本は足を揃えて立ち止まり、大きく深呼吸をする。
緊張が広がる中、拓海と松本はゆっくりとした足取りで朧光神社の中へと足を踏み入れる。朧光神社は、街中とは思えないほどの静寂に満ちており、神社そのものが特別な空間のように切り取られているようだった。拓海は今日を含め、三日も神社の中に入ったことがあったが、心が洗われるような感覚に包まれていた。
『ここが、かつて火災に巻き込まれていたとは到底思えないな…とっても美しい』と拓海は心の中で感嘆を漏らしながら、松本と拓海の二人は社殿へと足を進め、挨拶としての参拝を行っていく。
「やはり雰囲気が良いと、自然と気持ちも清々しいものを感じますね。」
「確かにそうですね。そういえば、この辺りに社務所があるんですよ。一度そこに寄ってみませんか?多分写真の許可もそこで聞いてみた方がいいですし。」
拓海の提案に、松本は嬉しそうに同意し、二人は社務所の方へと足を進めていく。ふと、視線を感じた拓海はほんの少しだけ足を止め、視線の方向を見る。朧光神社から少し離れた道の中に、じっと拓海のいる方を見つめる男の姿があった。拓海と目が合った瞬間、男はそそくさとその場を後にした。
「今の…」と拓海が呟いた時、傍らに居た松本が声を掛ける。
「さっきの人、知り合いですか?」
「え、あぁいや...知り合いという程でもないんですけど」と拓海は笑って誤魔化す。だが、彼の中では微かな疑問が頭の中をチラついていた。
『そういえば、さっき神社にいたけど…どうして入らないんだろうか、もしかして何か理由が?』と拓海は心の中で呟いたが、その時彼は一日目のぶつかった時のことを思い出した。
『あの時も、神社の近くでフラフラと動いてたけど…宮司さん達は何か知ってるのだろうか、後で聞いてみようかな。』と宮司に出会ったら何を聞こうかと考えながら再び社務所へと向かっていった。
松本と拓海が社務所へと足を進めると、スーツ姿の若い男性と宮司が話し込んでいる様子だった。「もしかして…お取り込み中ですかね」
「何だかそのようですよね、後ででも…」
拓海と松本は、遠巻きに宮司達を見て改めようかと考え始める。すると、宮司と若い男は拓海達の姿に気づき、彼らに向かって会釈をする。拓海達も会釈を返すと、若い男は社務所の中へと入っていく。松本は一足先に宮司に近づき、恐る恐る声をかけた。
「あの…すみません。僕、この朧谷温泉街に旅行に来たフリーのカメラマン、松本大輔と申します。」と松本は首から提げたカメラを手にしながら挨拶をする。
「初めまして、この朧光神社の管理をしている宮司の神田一也と申します」と宮司は深々と頭を下げる。
宮司は拓海の姿に気づくと、拓海に向かって軽く会釈を返す。
「どうも、おはようございます、神田さん。」
「おはようございます。今日も来て下さったのですね。」
「はい、少し…聞きたいことがあって来ました。」
拓海は神妙な面持ちで宮司に伝えると、松本の方を一瞥した。松本の方は、一度拓海の方へと視線を向け、自分の目的を早急に伝えていく。
「僕は、この朧光神社の撮影の許可を貰いに来ました。あまり他の方々の邪魔にならない程度に撮影をしても宜しいでしょうか?」
「えぇ、あまり社殿の中などを詮索しない程度でしたら構いませんよ。ご自由にどうぞ。」
「ありがとうございます。では、僕は先に失礼しますね。」と松本は拓海と宮司にお礼を伝え、先にその場を離れていく。社務所に残る拓海と宮司は、互いの顔を合わせる。拓海は、宮司の顔を真っ直ぐに見据えながら口を開いた。
「宮司さん、少し宜しいでしょうか。」
「はい、何かお聞きしたいことがありますか?」
柔和な笑みを浮かべる宮司に対し、拓海は深呼吸をし、拓海の口を一文字に結んで宮司の顔を見つめる。
「この、朧光神社は……過去に全焼する事件がありましたか?」拓海の一言を耳にした宮司は、拓海の目を見たまま、まるでそこだけ時が止まったように固まっていた。
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