第13話 帰還と交流

 拓海は山から戻り、疲れた足取りでカフェ『茶寮』の扉を開くと、店内には未来が手を振って待っていた。

彼女の笑顔に迎えられて、拓海はほっとした表情を浮かべる。

「拓海さん、こっちこっち!」と未来が声をかける。

拓海は彼女たちが待つ席に向かいながら、カフェの中を見渡す。柔らかな光に包まれ、心地よい温かさが広がっている。周囲には心地よい会話と香ばしいコーヒーの香りが漂っていた。

さくらの座っている席の隣に座り、未来と香織とは向き合う形で見つめ合う。

「それで、俺が祠に向かっている間に、一体何が起きたんだ?」と拓海は質問をした。

先程電話で聞いた話に対し、三人に事情を聞いてみた。

未来の笑顔が少し曇り、香織はため息をつきながら、詳細を語り始めた。

「なるほど、俺が居ない間にこんな事があったのか…」

「本当に怖かったんだからね、あのまま無人の街に私達が取り残されるかもしれなかったんだし。」

半泣きで拓海の腕にしがみつくさくらの頭を、拓海は慰めるように優しく撫でる。拓海は香織と未来の表情も確認するが、二人もまた、この不可解な現象に巻き込まれてしまったせいか、すっかり憔悴しょうすいしきっていた。拓海の視線に気づいた香織と未来も、疲れた笑顔を浮かべるだけでなく、深いため息をついていた。

「でも、あれは一体なんだったんだろう?普通の人間の仕業とは言い難いし…」

香織は顎に手を当て、考え込むような素振りを見せる。

拓海も先程の街の異変に関する話から、ひとつの考えが彼の頭の中に浮かんだ。

「うーん……あまり自信は無いけども、こんな状況ってまるでにでも遭ったみたいだな。」

「神隠し、ですか。」

「うん、君達が遭遇したその無人の街と、その街の中で襲われた無数の腕と、襲われた少年…それが本当にで行われたとしたら、多分」

拓海は、それ以上の言葉を口にするのを躊躇った。

不意に拓海の頭の中に過ぎる、山の中の出来事。

憎しみとも、強い怒りとも取れるような鋭い目で睨みつけたあの男の表情と、自分の首に残された痛み。

それが今回の彼女達が遭遇してしまったに繋げる事がどれだけの意味を為すのかが彼にとって口に出す事をはばからせるばかりだった。

 言葉の途中で、黙り込んでしまった拓海に対して怪訝そうな顔をしながら未来は拓海の顔を覗き込む。

「大丈夫ですか?拓海さん、青い顔をしてますが…」

「いや、何でもない。俺も少し変な出来事に遭遇したから、嫌なことを考えてしまったんだ。」

拓海はゆっくりと首を横に振り、頭の中の嫌な想像を振り払おうとした。

「俺も俺で、あの後山の祠を探した報告もしたいけど…折角なら俺が奢るし、君達も何か頼みなよ。」

拓海はそう言いながら、テーブルに立てられたメニュー表を開き、テーブルの真ん中に広げる。

「あ、ありがとうございます。」

未来は拓海の言葉に半ば戸惑いながら、感謝の言葉を述べた。

「あの神社のお婆さんの話を聞いた後、急いで山の方に向かって祠を探したんだ。でも、一昨日の土砂崩れで祠は壊れてしまっていたんだ。」

拓海は、祠を探していた際に出会った山田賢治という男性と、その男性から聞いた『黒面の鬼』の伝承についても三人に話した。

ただし、拓海はその際、自分が遭遇した男と襲われて気を失ったことは伏せていた。

「あらぁ、祠が壊れてしまったんですね。」

「あぁ、完全に土砂に呑まれてダメだったんだ。」

「なんと言うか、可哀想ですよね… 理由はともかく、その鬼のために建てられたものが土砂崩れで壊れるなんて…」

「しかも、どうやらその土砂崩れがまだ手つかずのままだから、しばらくはあの状態のままなんだよ。」

「私たちでも何かしてあげたいけど、難しいよね…」

拓海と未来、香織は鬼の祠が土砂崩れで壊れてしまったことに同情し、うーんと唸るだけだった。

「それなら、明日とか時間があればお花でも添えに行かない?」

さくらの提案に、三人が無言でさくらの顔を見つめた。

「それがいいかもしれないな。ただの慰め程度だけど」

「でも、きっと悪くないよ。鬼さんも悲しんでるだろうから、少しでも喜んでくれたら嬉しいかな。」

「じゃあ、明日花屋にでも寄っていこうか。」


 和やかな雰囲気の中、四人は楽しく歓談していた。

香織だけがふと目を拓海の方へと向ける。

彼女の視線が拓海の首元に注がれると、何か違和感を感じた。拓海が神社から飛び出して行った時には無かったその包帯に対して、彼女は何かあったのではという不安が心の中で渦巻いていた。

小さな沈黙が四人の間に生まれ、香織の視線が拓海の首に巻かれた包帯に釘付けになる。

彼女はその包帯が何を意味するのかを探ろうとしたが、口に出すことを躊躇っていた。

その瞬間、拓海が気づいて首を傾げ、香織の視線に気づいたようだった。

「あ、これか?」

拓海が自然に包帯を触れながら呟いた。

香織は思わず少し驚き、そして心配そうな表情に変わっていく。四人の会話が一時的に途切れ、その場が静まり返る。包帯に触れながら、拓海は微笑みを浮かべた。

香織の不安そうな表情を見つめながら、言葉を紡ぐ。「これは、ちょっとした出来事でできた怪我さ。気にしなくていいよ、すぐに治るから。」

彼の優しい声が店内に響き、一瞬の沈黙が破られる。

未来とさくらが安堵の表情を浮かべ、和やかな雰囲気が再び広がっていく。香織は少し緩んだ表情で頷き、拓海へと微笑み返す。

「そうなんだ、良かった。心配してたからね。」

四人の目が交錯し、包帯に纏わる疑念は一瞬にして消え去った。

彼らは再び楽しい会話に戻り、カフェ『茶寮』の中は笑い声と温かな雰囲気に包まれていくのだった。

 しかし、この時の拓海は鬼の祠で起きた一部の出来事だけは自身の中で留めてしまおうと考えた。

『これは、あくまで俺の問題だ。こんなことで彼女達にまで危害が及んだら、きっと…』

拓海は男とのあのやり取りは自分と彼の問題だからという理由から、彼女達に打ち明けることはせず、敢えて嘘を吐くという形でこの場を収めるだけに留めていた。彼の心の中では、彼女達を守るために自らが背負うべきだという、責任にも近い決意が芽生えていた。

彼は深いため息を吐き、これからの事について意志を固める。その決断を心に秘めたまま、彼は笑顔を絶やさず、再び楽しい会話に加わった。

彼は鬼の祠での出来事を彼女達には決して知らせず、自らが抱えた闇を背負いながら、彼らとの絆を大切に守ろうと決心したのだった。

拓海はそんな自身の抱えた闇に対して、彼女達に悟られないようにと心の奥底に仕舞いながら未来、香織、さくらの三人との談笑を楽しんでいった。


 しばらくの間、カフェ『茶寮』で楽しい時間を過ごした四人。

「さてと、だいぶ気分も落ち着いてきたし…そろそろ街の散策でも再開しないか?」

拓海の提案に、さくらと香織、未来の三人は同意した。

「それも良いね。午前中には出来なかったし、存分に遊びに行きたいかな!」

「あ、私も賛成~。お兄ちゃんったら、昨日からずっと色々調べ物して回ってんだから、少しは息抜きもしようよ。」

「私も折角なら行きたいかな。」

三人が口々に拓海に向かって午前中に拓海が山へと向かったことに対しての文句を言いつつも街の散策をしたいことを伝えていく。

それに対し、拓海はやれやれと呟き、頭を掻きながら三人を見つめた。

「分かった分かった。本当に神社の件は悪かったから、折角だし一緒に行こうか。」

「「「やった~!!!」」」と三人は大喜びし、拓海に抱きついた。

「こらこら、他の人も見ているだろ?」と拓海は戸惑いつつも、この後カフェ『茶寮』で彼女達に奢り、店を後にした。

四人はカフェ『茶寮』を出た後、暫く朧谷温泉街の街中を歩いていく。

 四人は街中を歩き、雑貨店でアクセサリーを選び、お揃いのものを購入した。笑顔が溢れる光景だった。

ゲームセンターに立ち寄り、じゃんけんやビデオゲームで楽しく遊ぶ。声援と笑い声が響き渡る。

観光スポットを回りながら写真を撮り、風景を楽しむ。皆で一緒に写る姿が微笑ましい。

街の喧騒とは違い、のんびりとした時間が流れていた。

四人は夕方まで朧谷温泉街を満喫し、心地よい疲れと共に宿泊施設である月華荘の前まで辿り着いた。

「いやぁ、本当今日は凄く楽しかった!本当、こんな時間になるまで付き合ってくれてありがとうございます。拓海さん。」

「もう、未来ったらはしゃぎ過ぎて途中から拓海さん疲れてたよ。」

「大丈夫大丈夫、普段から家でずっと執筆活動してるせいで、体が鈍ってただけだから…良い運動になったよ。」

「お兄ちゃん、途中からずっと疲れててあとは見学してたもんね。」

「仕方ないだろ、俺は妹達ほど若くないんだから。」

拓海は年寄り臭いことを言いながら、額から浮き出る汗を拭った。

陽はすっかり傾き始め、これから夜が始まるということが黄昏の空が示していた。

「そろそろ部屋に戻らないとな、俺達は先に朧月の間に戻るけど、二人はどうする?」

拓海の質問に対し、疲れたような笑顔で二人は返事を返した。

「私達もこれから自分達の部屋に戻ろうと思ってます。今日はなんだかんだ言って、色々あったし、温泉にでも入ってゆっくりしようかなって。」

「うん、そのつもり。どうせ明日もあるんだし、また明日も一緒に回れるんだったらその分まで温存して置きたいしねぇ…あ、そだ。今から部屋に戻ったらこれから温泉に入りに行くけど、さくらさんも一緒にどう?」

未来からの提案に、さくらは嬉々とした表情で頷いた。

「良いの?!私も一緒に入ろっかな。良いよね?お兄ちゃん。」

「俺はやりたい事があるから、先に行ってきなよ。」

「やったー!じゃあ後でそっちの方に行くね。」

あれほど温泉街を回ってきて疲れている拓海とは違って、さくらはまだ体力があり余っているのか、まだまだ元気そうな様子を見せていた。

「全く……本当に元気だな。」

拓海はそんなさくらの様子を、半ば呆れながら彼女の頭を撫でた。

「それじゃあ、また後で。」と拓海はそう言って、一足先に月華荘の扉を開けて入口へと入っていった。

「私達も、そろそろ行こっか。」と未来は香織へ顔を向ける。

香織もそれに同意し、拓海とさくらの後に続くように月華荘の玄関へと入っていった。

拓海達は、月華荘のロビーで部屋の鍵を受け取り、自分達の宿泊している部屋へと戻って行った。


 拓海は朧月の間に入ると同時に、深い溜息を吐いた。

「つっ…かれたぁ……」

拓海はそのまま倒れ込むように、朧月の間の畳の上に寝転んだ。

「もうお兄ちゃん行儀悪~い。」とさくらは、畳の上で寝転ぶ拓海を避けながら脇を通る。

「悪い悪い。今日一日色んな事がありすぎて、もう完全に疲れ切ったよ。」

「そのようだね、山に行くし、それで走って帰ってきてから街中を歩いたんだもん。お兄ちゃんかなり歩いたんじゃない?」

「はは、それは言えてる。」と拓海は力無く笑う。

拓海はゆっくりと身体を起こし、部屋にある座椅子に腰を降ろした。

空を仰ぎ、また一つ大きな息を吐いて彼は天井を見つめる。

「じゃあ、私先に温泉入ってるからねー。」とさくらの声が聞こえ、拓海は生返事な形で返答を返す。

拓海は一人になった朧月の間で、今日一日起きた事を振り返る。

「黒面の鬼、鬼の祠、食い違う証言、そして……あの時の男と、言葉の意味。」

拓海はぽつりぽつりと、呟きながら頭の中で整理を始める。

まだほんの少し痛む首を擦りながら、彼はこの二日間で集めた情報と記憶を手繰り寄せながら、自分の身に起きた事をまとめていた。

しばしの沈黙が、朧月の間の中に広がっていく。

だが、どうしても拓海の中では未だに燻る気持ちがあったのか、また一つ深い溜息を吐いた。

「ダメだ、どうしてもそれがなんの意味を成してこんな事になったのか全然分からない。」

乱暴にぐしゃぐしゃと、頭を掻き、前髪を掻き上げる。

「……一旦、気分転換でもするか。」と拓海は誰に言うでもなく、独り言を呟き、フラフラとした足取りで朧月の間を後にした。

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