第4話 悪夢
拓海はシャワーを浴び終え、湯気が立ち上るシャワールームから出てきた。しかし、心の中に残る恐怖はまだ消えず、その重たい空気が彼を包み込んでいた。
壁に備え付けられた鏡は、湯気でくもっているのか自分の姿はよく見えなかった。拓海は徐に手に取ったハンドタオルで鏡を拭き取ると、鏡に映る自分の姿を見つめ始めた。顔には疲労の色が浮かび、目には不安の光が宿っていた。彼はシャワールームの鏡の前に身を乗り出し、先程の出来事について考え込む。
不穏な出来事を忘れたいと願っていたが、それは簡単なことではなかった。鏡に映る自分の姿を見ながら、遭遇した恐怖の光景が脳裏に蘇る。
「あの異形の存在は一体何なんだ…?なぜ俺の前だけに現れたんだ?」
あまりにも現実離れした、不思議な現象に対する疑問が拓海の心を占めていく。先程の出来事の中に、何か重要なことが隠されているような気がしたからだ。
「この不気味な出来事には何か意味があるはずだ。
もし真相を解き明かせば、この恐怖から解放されるのかもしれない。」と拓海は鏡に映る自分の目を見つめながら、一人呟いた。傍らに畳んで置かれた眼鏡を拓海は拾い上げる。拓海は眼鏡を掛け直そうと思ったが、自身の呟いた言葉に疑問が生じていた。
「そもそも、アレが本当に"鬼"だと言うのなら、彼は一体何の目的であの場に居たんだ?」
拓海は眼鏡を再び置き直し、左手で顔を覆いながら考え込む。彼は俯いて軽く深呼吸を行いながら、今日起きた出来事をゆっくりと振り返る。
朧光神社の宮司の発言、自身がその帰りにぶつかった相手と先程見た異形の姿、そして…警官やさくらが聞いた月華荘のスタッフの注意喚起。
「夜の22時から、翌朝6時まで誰もが外を出てはいけない。鬼が、出るから。」
「…………………」
反芻するように、拓海は呟く。
だがそれが一体なんの意味を持つのかは、どうしても繋がりが見えなかった。
「ダメだ、まだ何も分からない。」
「そもそも、どうしてそんな話がこの街に広まってるのかも全然見当がつかない。」
「………………もう、今日は寝よう。」
拓海は先程置き直した眼鏡を掛け直し、シャワールームを後にした。
拓海はシャワールームから出てきて、朧月の間に足を踏み入れる。部屋は静寂に包まれていたが、拓海の内心にはまだ先程の恐怖が残っていた。
その緊張感が彼を不安な気持ちにさせていく。
ゆっくりと足音を立てないように部屋を進む拓海。
すると、目に飛び込んできた光景が彼の心を一瞬和ませた。座椅子に座って髪を乾かしているさくらの姿があった。さくらは拓海が入ってくるのに気づかず、真剣な表情で髪を乾かしていた。彼女の周りにはやわらかな風が舞い、髪の毛が揺れている。
「さくら、今日はお疲れ様」と拓海が声をかけると、さくらが驚いたように振り返る。
「あ、お兄ちゃん帰ってきたんだ。シャワー気持ちよかった?」とさくらの明るい声に安心しつつも、拓海はまだ少し重い空気を感じていた。
しかし、さくらの無邪気な笑顔が彼を和ませてくれる。
「まぁ、気分転換にはなったかな。そういえば、さくらはさっきの出来事に何か感じたことはあるか?」
拓海はさくらに尋ねると、彼女は不思議そうに頭を傾げながら答える。
「いや……特にないかな、やっぱり何かあったの?お兄ちゃん。」
「なら良いんだ。」
拓海は自身の出来事については言い出すことができず、妹が何事もなく過ごせたことに複雑な心境を抱きつつも安堵した。
「もう、何かいつものお兄ちゃんらしくないよ?」
「なんでもない、お前も早く寝ろよ。」
「分かってるってば。あ、そうだお兄ちゃん、ちょっといい?」
「ん?どうしたんだ。」
「折角なら明日一緒に街を見て回らない?今日はほら、お兄ちゃんが先に神社に行ったからあんまりゆっくり回れなかったけどさ、折角の休暇だし二人で一緒に回りたいなぁって。」
ダメかな?と軽く首を傾げながらさくらは拓海を見つめる。拓海はそんなさくらの顔を見て、大きく溜め息を吐き、小さく笑った。
「分かった、じゃあ明日はゆっくり見て回るか。」
「やった!約束だからね!」
「約束。じゃあ俺は先に寝るから、さくらも遅くなる前に寝ろよ。」
「はぁ〜い。」
元気よく手を挙げ、返事を返すさくらを愛おしそうに見つめる拓海。彼はひと足先に朧月の間に用意されている布団に潜り込み、そのまま眠りについた。
この日、拓海は長い時間の運転の果てにようやく朧谷温泉街に疲れきってやってきた。
その疲労は彼に深い眠りへと誘い、気づけば彼は夢の中に沈んでいた。朧谷温泉街への長い旅の疲れがたたり、拓海は身体中に疲労感を感じていた。熱い湯船に浸かることもなく、彼は布団に横たわりながらすぐに深い眠りに落ちてしまった。
そのあまりの疲労からか、拓海はすぐに夢の世界へと引き込まれていく。まるで眠りの中に閉じ込められたかのように、彼は自分が夢を見ていることに気づく前に、深い眠りに包まれていたのだ。拓海が深い眠りに落ち、夜の闇に包まれた夢の世界へと引き込まれて行く中、彼は奇妙な音を耳にした。
不気味な笛の音と太鼓の響きが彼の耳に響き渡り、次第に彼は古い屋敷のような場所に立っていることに気づいた。闇の中で奏でられる不気味な音色が響き渡り、拓海は眠りから覚めることなくその場所に引き込まれていくのを感じていた。笛の音がゾクゾクと背筋を這い、太鼓の響きが彼の心臓を鷲掴みにする。
拓海の周囲は暗闇に包まれ、板張りの廊下が広がっている。照明はほとんどなく、襖が壁のように連なっているため、まるで迷路のような迫力を持っていた。
ふと、視線を廊下へと移すと、その廊下は真っ直ぐで一本道のように続いており、どこまでも深く闇に包まれているかのように見えた。
その時、不気味な鈴の音が鳴り響き、拓海の体が凍りついた。その音色は和楽器の響きとも似ていて、異様な空気を漂わせていた。そして、闇の奥から現れた男が拓海をゆっくりと追いかけ始めた。
その男は黒い鬼のような姿をしており、目には狂気が宿っているかのように見えた。彼の顔は不気味に歪んでおり、拓海に迫る一歩ごとに近づいてくる。
『何だあれは……ヤバい、殺される!!!』
直感的に拓海は、目の前に迫る鬼に対し強い恐怖心を抱いていた。彼は思ったのと同時に逃げるべく走り出した。しかし、逃げようとする拓海は足取りは徐々に重くなり、息も詰まるような恐怖に襲われる。
彼は夢か現実か分からない状況に取り囲まれ、絶望の淵に立たされているような感覚に苦しんでいた。
『なんで、なんでこんな目に………早く、早く、早く夢なら覚めてくれ!!!』
しかし、その恐怖が頂点に達し、拓海は一瞬目を開くと同時に飛び起きた。冷や汗が背中に浮かび、心臓が激しく鼓動する。夢の中の恐怖から解放された瞬間だった。拓海は深い呼吸を繰り返し、自分が安全な場所にいることを確かめる。目の前に広がる現実の世界が、夢の中の闇とは対照的な明るさを放っていた。
この奇妙な悪夢が何を意味するのか、拓海はまだ理解できなかった。ただ、その恐怖体験が現実なのか夢なのか、その境界線がますます曖昧になっていくことに戸惑いを覚えていた。
「何だったんだ、あの夢は…」
小さく呟きながら、拓海は力なく頭を垂れる。
連続して起こった出来事に彼は恐怖と混乱の中で息を整えるため、自動販売機を探すことに決めた。
隣で眠る妹は、先程の拓海の騒ぎには無頓着で、穏やかに寝息を立てて寝返りをうっていた。
「…寝直したら、また同じ悪夢を見るかもしれないな。」と拓海は小さな独り言を呟き、ゆっくりと顔を上げる。
傍らに置いた眼鏡をかけ、ゆっくりとスマートフォンを手に取る。スマートフォンの液晶画面には午前3時の時刻が表示されていた。
「なんか飲み物でも買ってこようかな...」と彼は静かに布団から抜け出し、自動販売機を目指して朧月の間を後にした。静寂に包まれた廊下は薄暗く、拓海の足音が辺りに響いていた。
彼は慎重に足音を抑えながら、スマートフォンのライトの明かりを頼りに進みながら自動販売機が設置されている場所を探していった。
皆が静かに眠る旅館の中を歩きながら、彼は不安と期待が入り混じった気持ちで一杯だった。
すると、「こんな夜更けにお出掛けですか」と人の声が拓海の背後から聞こえ、彼は驚いて立ち尽くした。
恐る恐るゆっくりと振り返ると、その視線の先には闇の中でぼんやりと光る三つの赤い目があったのだ。
拓海は恐怖のあまり、立ち尽くす中で三ツ目が描かれた黒い狐の面を着けた着物姿の男性が姿を現した。
闇の中から徐々に浮かび上がり、その姿は不気味で妖しげに映し出されていた。男性は狐面の下で静かに微笑んでいて、その目は拓海をじっと見つめていた。狐面のデザインは細かな筆のタッチで描かれ、その三ツ目は赤く輝いているように見えた。
彼の着物は夜の空よりも黒い漆黒の色で、その光沢はまるで闇の中に溶け込んでいるかのようでした。
男性の姿は静かで優雅でありながら、不気味さが漂っていた。拓海は彼の姿を見つめながら、言葉を失っていた。この謎めいた男性がどうしてここに現れたのか、そして彼に何を求めているのか、全く理解できませんでした。ただ、彼の存在からは強烈な不気味さと不可思議な魅力が漂っており、拓海の心に深い緊張が走る。
「おやおや、驚かせてしまいましたか。ただ、こんな夜中に人と出会うなんて思いませんでしたからね。」
「あ、貴方は一体…」
「こんばんは、今日は実にいい夜ですね。」
足音一つ立てず、狐面の男は拓海の前へと近づいていく。一歩遅れて、拓海の目の前の狐面の男は思い出したかのように手を打つジェスチャーをする。
「あ、申し遅れました。
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