第7話 陰キャ俺、修羅と化して復讐を誓う。

「ここでいいか?」

「芽瑠はお兄さんといれるならどこでもいいよ?」


そうして俺と少女は回転寿司屋に入った。

少し高めの回転寿司だ。赤身なら一貫300円くらい。そんなに手取りも多くない俺にとっては、月イチくらいの贅沢だ。


テーブルに通された俺たちは、向かい合う。

地雷系と言われる、目の周りをピンク系のアイシャドウでボカしたようなメイク。

顔は幼さが残るものの構いたくなるような、小動物のような可愛さがある。


——いかんいかん!邪な気持ちは抑えろ!仮にも彼女はウチの企業に関心を持っている就活生なんだ!


「ねえお兄さん、ここってハンバーグ軍艦ないの~?」

「ないない、ここは寿司屋なんだから。お魚さんを食べなさいお魚さんを」

「えぇ~。芽瑠アレが一番好きなのに~」


芽瑠は不服そうな顔をしながら、レーンを回るサーモン寿司を手に取った。

寿司屋に連れてきたのは間違いだったか?最近の若い子はどこに行きたがるんだろう?韓国料理?

そんなことを考えていると、芽瑠はあっという間に寿司を平らげていた。


「お兄さんなにボーッとしてるのぉ?芽瑠と一緒にいるのつまらない?」

「い、いや!そんなことはないんだ。ちょっと考え事を……」

「ふ~ん?芽瑠より大事なことなの?」

「まあその、間接的には君のことというか……」

「へぇ?どんなこと?どんなこと?」

「その、本当に寿司屋で良かったのかな?とか。君は食べるモノある?」

「う~ん?美味しいよ?サーモン」


彼女はそう言って、またしてもサーモンの皿を取った。

今度はトロサーモンだが、多分ずっとシャケばかり食べている。

ニコニコ美味そうに食ってるし、別にいいか。

飲み込んだのか、彼女の細い喉が動いた。あがりではなく冷水を汲んできていた彼女は、水滴のついた透明なコップで水を飲む。


「ところでお兄さん、彼女いるの?」

「えっ……」


箸をもつ手が止まった。

ポカンとしている俺に対して、時間が巻き戻ったかのように同じ質問が飛んできた。


「だから、お兄さん彼女いるの?」

「い、いや、いないけど!」

「やった!じゃあ芽瑠にもチャンスがあるってこと?」

「チャ、チャンスって君……。俺なんかよりもっと若くてカッコいい男を狙った方がいい。それに俺には、心に決めた女性がいるんだ。片想いかもしれないけど」



「……。なぁんだ?それが本音なんだ」



彼女の機嫌を損ねたのは明らかだった。

だが、これでいいんだ。

顔面傷だらけのイイ歳した採用担当と、まだ20歳にもなっていないであろう純粋な就活生の少女。きっと結ばれるべきではない。


彼女は回ってくるメロンの皿をひったくると、スプーンでいそいそと食べ始めた。

もうデザートに取り掛かるらしい。

その間、両者の間に会話はなく気まずい空気が漂う。

メロンを食べ終わった彼女は、カチャッとスプーンを置く音を鳴らすと、無言で立ち上がった。


「え?もう寿司はいいのか?」

「うん、帰る。芽瑠のモノになってくれないなら、もうお兄さんに興味ないから」

「そ、そうか。……すまないな」

「だから後悔させてあげる。芽瑠に靡かなかったこと」


意味深な捨て台詞を残して、芽瑠は颯爽と1人テーブルを去っていった。

積まれた皿だけが残り、俺はなんだかモヤモヤした気分で寿司を食べ続けた。

きっと追いかける必要はない。ここで彼女とは関係を終わらせておくべきだ。

そう自己暗示して、俺は彼女を記憶から消すように努めた。



――芽瑠という女性と出会った次の日、俺はいつも通り会社に向かった。



赤羽先輩と偶然再会してからというもの、俺の気持ちは彼女に一途になっていた。

相変わらず白浜玲奈からは連絡が来ているが、なにかと理由をつけて断っている。

完全にブロックして繋がりを断ち切れないのが、俺の心の弱さだ。


出社してすぐに、社内が異様な空気に包まれているのが分かった。

誰かと電話しながら、電話口に向かって謝り倒している管理職。

まだ始業していないというのに、慌ただしく走り回る社員。


「陰井!お前ちょっと来い!」


鬼の形相をした上司に突然胸ぐらを掴まれて、俺は乱暴に別室に連行された。

なにが起こっているのか?訳が分からない。


「……な、なんですかいったい?」

「なんですかじゃないだろ!テメェ、これどういうことだ!説明しろ!」

「はい……?」


突きつけられた文書。

そこには、衝撃の内容が書かれていた。


・差出人は、先日合同説明会に参加した星川芽瑠の母親であるということ。

・星川芽瑠は、『株式会社おくりびと』の採用担当に無理やり寿司屋に連れていかれたということ。

・寿司を奢ってもらったのを弱みにホテルに誘われ、ついてきたら即内々定を出すと脅されたこと。


そして極めつけは、芽瑠と俺のツーショット写真が掲載されている。

いつ頃撮っていたのだろうか。盗撮されていたことに気づかなかった。


俺は完全にハメられたのだ。


あンのメ〇ガキがァ……ッ!


絶対に、絶対に許せない。


「ちょっと待ってください先輩!コレは完全な言いがかりです!俺がこんな幼い娘を、ましてや就活生を誘うなんて!」


「じゃあこの写真はどういうことなんだ!?捏造だと言いたいのか?星川芽瑠と寿司屋に行ったのは事実じゃないのか!?」


「それは事実です!事実ですがやましいことは……!」


「もういい陰井、見苦しいぞ。言い訳は聞きたくない。悪いが帰ってくれ、お前は今日から自宅謹慎だ」


「そっ!そんな!待ってください、俺は騙されてるんだ!」


「……反省の色も見られないか。お前の処遇は追って連絡する。残念だ陰井、こんなつまらないことで積み上げた信頼を水の泡にしてしまうんだから」


俺の弁明はまるで聞き入れられる余地なく、俺は強制送還されることとなった。

最悪だ。最悪の気分だ。

もしかすると職を失うかもしれない。

コレも全て、モテるようになる占い師の魔法のせいか?

こんなことなら、俺はもう女性にモテたいなんて思わないのに!


悪態をつきながら、俺は下を向いて歩き続ける。

なぜこんな理不尽な目に遭わなければいけないのか?

俺がなにか悪いことでもしたというのか?


時間が経過すればするほど、元凶である芽瑠に対して沸々と怒りが込み上げてきた。

どうせ今頃、ケタケタと腹を抱えて笑っているハズだ。あの憎たらしい顔で。


「あのメ〇ガキ……こうなってしまったからには、やり返さないと俺の気が済まない。大人を舐めやがって……大人を弄んだらどうなるか分からせてやる……!」


就活生と人事の関係性ではなはなくなった今、俺はあの生意気な女に復讐を誓った。

俺の人生をグチャグチャにしてくれたあのメ〇ガキの恐怖に歪んだ顔を見る為に、俺は全てを投げ捨てて修羅と化す覚悟だ。


待ってろよ、メ〇ガキ。



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