第6話 陰キャ俺、生意気な就活生に脅される。
兄にボコボコにされた俺は翌日、傷だらけの状態で職場に向かった。
案の定、俺は注目の的となった。決していい意味ではない。俺の方を指差してヒソヒソと話す声が聞こえる。完全に見世物か。
元々、社内で頻繁に同僚と深くコミュニケーションを取っていた訳ではない。
良い噂をされていないのは間違いないが、気にしていても仕方の無いことだ。
そんな俺のもとに、おばちゃんが近寄ってきた。
ゴシップ大好き。歩く週刊誌の異名をもつ。
彼女はニマニマと興味津々に俺の側へやってきた。人の心に土足で踏み込ませたら天下を獲れる。
見てみろ、全く臆する様子もない。
「陰井君そのケガどうしたんよ?喧嘩?ねぇ喧嘩?誰としたの?」
「喧嘩じゃないですよ。もういい大人ですから、喧嘩なんてしないです」
「じゃあどうしたんよ?聞いたる聞いたる、話してみ?」
「いや別に……派手に転んだだけです」
俺が適当におばちゃんをあしらっていると、上長が横から口を挟んできた。
「陰井、お前今日は合同説明会だろ。その顔で行くのか?」
「マズいですよね……。資料は用意してますので誰か代役でも……」
「いや、でもダメだ。今日は陰井に代われる奴がいない。そうだな、ウチのマスコットキャラの着ぐるみでも着ていくか?」
「暑っ……!でもまあ、仕方ないですね。自分に責任があるので」
そういうわけで、説明会の会場に着いた俺は着ぐるみに着替えることになった。
俺が働く『株式会社おくりびと』のマスコットキャラである『おくりオオカミ君』の着ぐるみだ。
到底、肉食獣とは思えないマヌケな顔。のろまそうな丸々とした体躯。そしてモフモフの毛皮ときた。
確かにコレで顔は隠せるが……就活生がドン引いて帰ってしまうんじゃ?
そんな懸念とは裏腹に、『おくりびと』のブースには大量の就活生が集まった。
いつもの2倍……いや3倍はいる。これは間違いなく着ぐるみ効果だ。
俺は準備していた資料をスクリーンに映しながら、不明瞭な視界の中でたどたどしく説明を始めていく。
そして今日の説明会は無事に終了した。
いつもの数倍の人数を会社のオフィスで行われる企業説明会や一次採用面接の日程を取りつけたりと、着ぐるみは絶大な効果を誇った。
とともに、俺の体力をすこぶる消費した。
会場はすっかり閉会ムード。他の企業もブースを片付け始め、就活生もほとんど残っていない。
俺は、ふぅとひと息ついて着ぐるみの頭を外そうとした。
その時、1人の女性の就活生が俺にピタリと寄り添ってきたのだ。
「あれ、着ぐるみ取ってくれないんですかぁ?」
猫撫で声で俺の着ぐるみの毛皮をギュッと掴む女性。
この子は、さっきウチの説明会を熱心に聴いてくれていた子だ。それも1回じゃない。何回も足を運んでくれていた。
黒髪のツインテールに濃い目の地雷系メイク。膨らんだ涙袋と、ビー玉のような大きく丸い綺麗な瞳が特徴的だ。
俺の胸元くらいまでしかない低身長。恐らく身長にして145センチほどか。
サイズが合っていないのか、完全にスーツに着られてしまっている。もしかして、高卒か?
強烈な見た目だったので、彼女のことはよく覚えている。
「き、君は。まだ会社の説明会に興味があるなら、来週に開催される企業説明会に……」
「ううん。芽瑠が興味あるのはぁ、企業の説明会よりぃ、このぬいぐるみさんの中身かなぁ?」
「ちょっ、ちょっと君!そんなことしたら……」
「しーっ!あんまり暴れないでね、芽瑠だって大声出すよ?採用担当者が就活生に手出してるなんて知れ渡ったら、お兄さんのクビ飛んじゃうかもねぇ?」
彼女の小さい手は、俺の着ぐるみの上をスーッと上から下に撫で下ろす。
そして最終到達点。俺の股の間を、彼女の手がゆっくりとまさぐっていく。
――いったい、なにを考えているんだ!?
いまソコを触られたらッ!嫌でも反応してしまう!
「ふ~ん?就活生相手に発情しちゃうんだぁ?どうしようもない雑魚でダメダメなお兄さんの顔、見てみたいなぁ。ねぇ、着ぐるみ早く取りなよ」
俺にしか聞こえない声量で囁かれ、ビクッと背筋が反応してしまう俺。情けないッ!
——違う!なにをやっているんだ俺は!
職権乱用して就活生の女性を襲ったと自慢するかつての採用担当達を、俺は心の底から軽蔑してきた。
公私混同するな!俺は絶対に屈しないッ!
「脱げよ♡ざこざこ採用担当♡」
ああああああああああああああああッ!
もう我慢ならんッ!
――こっ、このガキ、いくら俺が社会的地位を気にして大人しくしているからとはいえ、あまりにも大人を舐め過ぎだッ!こういう生意気なガキには、しっかりと『社会勉強』させてやるのも大人の務めだ!
俺はこのガキに喝を入れてやろうと、意気込んで着ぐるみを外した。
「君なあッ、あんまり大人をからかうのは……」
「おぉ、傷だらけ……カッコいい」
俺の素顔を目の当たりにした彼女は一気に蕩けたような表情になり、まるで俺の説教の言葉が届いていない。なにも響いていないことに気づくと、俺は馬鹿馬鹿しくなり彼女を叱る気が失せた。
「お兄さんカッコいいじゃん!この後ひま?芽瑠とご飯いこ!」
「あのねぇ……俺と君、どういう関係か分かってる?」
「じゃあ芽瑠が就活辞める!お兄さんの企業に応募しないから!たまたま街で出会った2人ってことにしよ?」
「い~やダメダメダメ!俺は清廉潔白な採用担当でいたいんだ」
「ふ~ん、清廉潔白ねぇ?」
意地悪そうに上目遣いをすると、彼女は俺のリトル陰井を摩った。理性的な俺の思考とは対照的に、ギチギチの臨戦態勢。イキり立って今にも張り裂けそうだ。
下半身は言うことを聞かない。発射準備ヨシ!
「お兄さん?『コレ』のどこが清廉潔白なのかなぁ?ただ就活生とお話してるだけなのにぃ、こぉんなにしちゃって」
「君……大人を揶揄うのは……や、やめなさいッ。警察呼びますよ……」
「いいよぉ?芽瑠が悪いって判断してくれたらいいけどねぇ?就活生に発情しちゃったお兄さんと芽瑠のお話、どちらを信用してくれるかなぁ?なんなら芽瑠が今から大声出して助けを求めても……」
「わ……わかったわかったから!それだけは勘弁してくれ!ご飯が目的か?高い寿司でもご馳走してあげたら満足か?」
「ううん、芽瑠はお兄さんが目的♡」
なんなんだ!?この娘はいったい……。
これもあの占い師の魔法のせいなのか?
合同説明会で生意気なメスガキ就活生に脅される俺。彼女の言うことを聞かざるを得ない状況に陥った俺は、寿司を奢ることになった。
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