第5話 陰キャ俺、えちえち取り締まり自警団に捕まる。
先輩は抹茶ラテのSサイズ、俺は無難にアイスコーヒーを頼んだ。
対面に座って憧れの先輩と2人きり。
なかなか気の利いた話題を切り出すことが出来ず、喉も乾いていないのにしきりにストローを口元に運ぶ。
そんな俺の心を読んでか、彼女は気さくに話しかけてくれた。
「陰井君はどんなお仕事しているの?」
「ええと……一応物流になるのかな。倉庫管理みたいな仕事です。でも今は会社の人事として、採用とかの仕事をすることが多いですね」
「へぇ~!凄いじゃん。人見知り克服したんだね」
「お仕事の時はまた別というか。割り切って接するのであまり苦じゃないんですよ」
そんな他愛のない会話。
他の誰かじゃ退屈な会話でも、先輩とならこんなに心躍る。
このまま永遠にこの時間が続けばいいのに。蕩けた表情でそんなことを考える。
しかしそんな俺の想いとは裏腹に、幸せな時間は長くは続かなかった。
――ピピーッ!ピピーッ!
店内にゾロゾロと男達の集団が入ってきたと思えば、彼らが吹くホイッスルの甲高い音がけたたましく鳴り響く。客の視線が一斉に入口を向いた。
そして男の集団を率いる先頭の小太りメガネが、高らかに宣言する。
「我ら『えちえち取り締まり自警団』、ここに見参!!!」
「不純異性交遊を許すな!!!」
「女は悪だ!男を利用して食い物にすることだけを考えている淫乱悪魔だ!」
「騙されている男を護り、目を覚まさせるのが我々の使命だ!」
男達の野太い雄叫びが轟いた。
俺の体感では室温が2度ほど上がった気がする。
そして奴らに見つかった俺は、『えちえち取り締まり自警団』に矛先を向けられた。
ドカドカと集団で俺と先輩のいる卓に向かって来ると、自警団の筋肉だるまのような男が問答無用で拳を振りかざしてきた。
「不純異性交遊は許さん!男女平等顔面ぐちゃぐちゃパンチッ!!!」
標的は先輩の顔面に違いなかった。
思い切り腰を捻って体重を乗せた全力パンチ。華奢な先輩がもろに食らうと冗談抜きで入院レベルだ。突然の展開に俺は理解が追い付かない。
だがとにかく今、先輩を護れるのは俺しかいない!
――ゴリッ!!!
筋肉男の拳が俺の頬に炸裂する。脳を揺らす鈍い音。
喧嘩なんか陰キャの俺はしたことがないが、先輩を護らないといけないという一心で、俺は男の前に飛び出して壁となったのだ。
その筋肉は伊達じゃない。俺は一撃で沈むと、床に四つん這いになった。
「女を庇う奴も勿論同罪!風紀を乱す淫乱どもは、死よりも重い罰をもって処す!」
暴漢に怯えきった先輩。そんな彼女に微塵の容赦もなく、男は追い撃ちの一発を構えた。朦朧とした意識の中で立ち上がり、俺は身体全体で男の猛攻を受け止める。
まるでサンドバッグ。もうどこが痛いのかも分からない。
でもこれでいい、俺の身体を犠牲に先輩を護れるのなら。
「……せ、先輩。コイツらは……危険です、ここから早く逃げて……うぼぁっ!」
「陰井君……でもっ!」
「いいから逃げてください!『えちえち取り締まり自警団』は話が通じる奴らじゃない!俺が時間を稼いでいる間に!!!」
「わ、わかった。ごめんね陰井君、絶対に助け呼んでくるから!」
先輩は俺の言う通り、混乱に乗じてカフェから脱出することに成功した。
バックヤードに引っ込んだカフェのスタッフ。大盛況だったのが嘘のようにいなくなった客。残ったのは、自警団のムサい男連中と、意識が朦朧としている俺だけ。
すると、自警団を統率する小太りメガネが満を持して俺の前に現れた。
赤と黒のシワシワのチェックシャツ、丈の合っていない太ジーパン。服装に無頓着な俺でも、ダサいのが分かる。額には『女撲滅』と筆で書かれたハチマキ。そして手には『神聖な街をえちえちで穢すな!』とスローガンが書かれた旗を振る。
この童貞の権化のような、魔法使いどころか即身仏になったような男だが、実は俺はこの男のことをよく知っている。――何故なら……。
「白昼堂々アバ〇レと楽しそうに話している奴がいると思ったら、我が弟ではないか。あまり俺の顔に泥を塗るのはやめてくれないか、俺には立場があるんだ」
「大丈夫、アンタの弟なんて口に出したくもない」
「クックック、言うようになったなあ弟よ。昔はきちんと俺の言いつけを守って女との関りを断っていたのに、どういう心境の変化だ?」
「……べつに。アンタの思想には賛同しかねるってだけだ。俺はいま絶賛モテ期なんだ、人生に3回来ると言われているやつが全部まとめて来てるくらいにな。童貞信者にヨイショされてるだけのアンタとは違う」
「モテ期?モテ期だと?女との話し方もロクに分からないお前がか!?目を覚ませ我が弟よ、そのアバ〇レどもは弱者男性を釣り上げて金を巻き上げようとしているだけだ!まんまと騙されてもいいのか!」
「騙されてもいいんだよ。俺は未だ見ぬ桃源郷への切符を掴みたいんだ!よく聞けクソ兄貴、俺はこの2日間違う女性とデートした!それもとびきりの美人だ!結論から言ってやる!俺は女性が好きだ!不純異性交遊万歳!××ク×最高!××××スを舐め回したいし、××はこねくり回して揉みしだきたいんだァッ!!!」
これが俺の長年抑えつけて生きてきた本音だ。
女性に興味がないフリをして、本当は大好き。
俺は多分周りにドン引きされるぐらい実は変態で、どうしようもない人間だろう。
ただ呪縛に囚われたままだった俺は、女性と関わらず、媚びず、のめり込まず、気丈に生きてきた!
だが見てみろ。本音を偽って女性をサゲる奴らは、こんなに惨めだ。
なんかもう、どうだっていいいんだよ。
開き直った俺を、兄を含んだ連中は心底蔑んだ目で睨んでいた。
というより、怒りに打ち震えて顔が真っ赤になっていた。
血管がブチ切れる音が聞こえてくるようだ。このシーンがアニメになったらきっと、兄の頭から火山が噴火するエフェクトがつくだろうな、なんてことを考えていた。
その刹那、俺は不意に横っ面を兄に殴られた。
「デートしたのか!?けしからん!手は繋いだのか!?抱き合ったりはしたのか!?チューはしたのか!?したんだろう!女に誘われるがまま!手××も!×ッ××も!色んな体位でしたんだろう!?×××チ×なんかもしたのか!?×××リも!!!」
大発狂した兄は俺の上に馬乗りになって、ぎこちない拳で何度も何度も俺の顔面を殴った。結局コイツだって、なんやかんや俺のことが羨ましくて堪らないんだ。
兄が言うようなふしだらな行為はまだしていないけど……。
俺が何発か殴られた後、警察官の人たちが駆けつけてくるのが遠目に確認できた。
先輩が呼んでくれたものだろうか。
自警団の連中は、警察の姿が見えるや否や、一目散に逃走していった。
逃げ足だけは速い。
まあいい、あんな男でも一応は血の繋がった家族だ。
それにこれ以上深くかかわりたくはない。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
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