第3話 陰キャ俺、白ギャルとうどんを食う。
「終わった……!」
倉庫の中で馬車馬のように働いた俺。
気づけば達成感に満ち溢れて独り言を漏らしていた。
ガチムチ作業員たちに別れを告げ、颯爽と職場を後にする。
これが俺、陰キャ童貞社畜の変わり映えしない日常だ。
突然、アニメみたく非日常が訪れたらいいのに。
そんなことを思いながら普遍的な日々を過ごしていたが、今日は違った。
最寄りの駅。
今朝、あの白ギャルと鉢合わせた階段。
俺は心のどこかで期待しながら、周りをキョロキョロと見渡しながら歩く。その挙動ときたら、実に怪しいものだったろう。
駅の構内に入ろうとしたところで、俺は何者かに後ろから肩を叩かれた。
反射的に背筋が震える。
「今まで仕事してたんだ?お疲れ様〜」
「君は……朝の」
「へぇ、覚えててくれたんだ。大変だったよ〜。ずっとここでお兄さんに似てる人がくるの探してたんだから」
「ずっと!?君はなんでそんなに俺を……」
「まぁ流石に1回お家帰って16時くらいからだけどね〜。なんでって言われても困るなぁ。ウチがお兄さんのこと気に入っちゃったからかな?」
グイッと強引に腕を絡ませて、いつのまにか手は恋人繋ぎに。
つくづく彼女の積極性には目を見張るものがある。
「お兄さんはどうやら段階を踏みたいようだから、不本意だけど今日はご飯だけで勘弁してあげる!」
「……ご飯は確定なのか。まあご飯くらいなら別に」
「じゃあじゃあ!待ってる間にお店調べてたんだけど、この中から選んでね。……すっぽん鍋か、うな重、それかマカ入り黒カレー!」
嬉々として提案する彼女。俺の気のせいかもしれないが、どうも精力がつくものばかりな気がする。気のせいか?
「な、なんかもっと、そうだな。俺はうどんとかがいいかな、腹の調子が良くなくてさ、ははは」
「えぇ〜。オジサンじゃん。まあウチは一緒にいられるならどこでもいいけど」
そんなこんなで、俺セレクトの駅前にあるうどん屋へ。
うどんを注文すると、天ぷらなどを自由に取って皿に乗せ、最後にまとめてお会計という方式だ。
釜玉うどんを頼む俺と、肉うどんを頼む白ギャル。
肌ツヤも良ければスタイルも抜群。
食事の節制でもしているのかと思いきや、彼女は次々と天ぷらを皿に盛っていく。
「そんなに天ぷらばかり……食えるのか?」
「大丈夫大丈夫!お腹減ってんだよね」
「まあそれならいい。好きなだけ食えよ。今日は俺が奢ってやるから」
「へへ〜。ご馳走様です」
決して高給取りではないが、社会人として男として、少しくらい格好をつけたい。
そもそも、女性に飯を奢る機会すらなかなかなかった。
端の方のテーブル席に向かい合わせで座る。
改めて彼女の顔をじっくり見ると、感動を覚えるような造形美だ。
今まで何人の男をオトしてきたんだろうか。この美貌を待ち合わせながら、気さくで明るくて俺のような男にも優しい。
そんな彼女がモテないハズないわな……と俺は野暮なことを考えていた。
彼女はうどんの前に手を合わせると、割り箸を割る。
そして唐突に、あっけらかんと言い放った。
「お兄さん彼女いないでしょ?ウチもいないの」
痛烈なひとことに、俺は飲んでいた氷水を思わず吹き出しそうになった。
「直球だな。勿論、彼女なんていないさ。君は彼氏作らないのかい?」
「う~ん、男ってみんなウチに気に入られようと媚び売って尻尾振ってくんだもん。同じような奴しかいなくて退屈って感じ。それに比べて……」
「それに比べて?」
「お兄さんは顔がまずウチのタイプだし。しかもウチの誘いをあんなに冷たく突き放した男って初めて。逆にウチの闘争心に火が付いたっていうか」
本人を前にして堂々と語る彼女。
その目が嘘をついているとは俺には思えなかった。
それに俺も男だ。彼女が大胆に心を開いてくれている以上、そろそろ態度をハッキリさせて応えないといけない。俺は思い切って彼女の素性を問う。
「その、もしかしてだけど、美人局とかじゃないよね?マルチ商法誘ってきたり、病気移してやろうとか、そういうのじゃないよね?」
「ハハッ、ウケる!お兄さん失礼過ぎ。まあそういうところが面白いんだけど」
「いや、申し訳ない。とびきりの美人に騙された過去があるんだ」
「全然いいよ~。じゃあウチが段々とその警戒心ほぐしていってあげる。ほら、スマホ出して」
テーブルの上にスマホを滑らせるギャル。
デコレーションされた可愛らしいスマホには、ぬいぐるみのストラップがついている。そのぬいぐるみとは、コウテイペンギンがデフォルメされたキャラ『ドウテイペンギン』だ。まんまると膨らんだビール腹に、黒縁メガネ。いかにもオドオドとした困り顔の表情が愛くるしく、コアなファン層から支持されるゆるキャラである。
ドウテイペンギンに気を取られている俺に痺れを切らし、彼女は俺のスマホを強引にひったくった。
あっ……と言葉にならないような情けない声を残して、俺はなりゆきを見守ることにした。
「はい、ウチの連絡先いれといてあげたから」
彼女がそう言って俺のスマホを差し出すと、通知が1件届いていた。
『白浜 玲奈さんから新着メッセージが1件』の表示。
トーク画面を開くと、ドウテイペンギンがえらく恐縮しながら『こ……こんちは』と喋っているスタンプが届いていた。自分で言うのもなんだが、いつ見てもコイツとは同じ匂いを感じる。
うどん屋を出た後は、この日は解散となった。
結局ホテルに行きたがった彼女がゴネて一悶着あったものの、然るべきシチュで初めてを捧げたいという俺の信念はあまりにも頑固だった。
惜しみながら一旦は折れたものの、彼女の目はまるで荒野のハンターのように鋭い。虎視眈々とハイエナの如く、俺を狙っているのが分かった。
自分で言うのも気が引けるが。
――俺は帰りの電車に1人揺られながら、自分の気持ちと向き合ていた。
俺はあの白ギャルこと白浜玲奈のことが好きになってしまったのか?そもそも好きになっていいのか?好きに……。
答えの出ない問答を繰り返す俺。
そんな時、俺の頭の中に入り込んでは呼びかける邪悪な声。
俺を昔から縛り上げ、今もなお呪縛となり続けている。そんな呪いがまた脳内にスルッと忍び込み、大手を振って暴れ回る。
『女と楽しそうに話していたな。金輪際、女と関わるなと言っただろ?』
『まさかお前に好意があると思っているんじゃないだろうな?相手はお前を騙して利用しているだけだ。女を信じるな』
『第一、お前のような奴に純粋な好意を向ける奴なんていないんだよ!現実見てさっさと諦めろ!』
うっ……頭が痛い。
蘇る禍々しい記憶。
消し去りたい過去から目を背けるように、俺はシートに深く寄りかかって目を閉じた。やがて電車は最寄り駅に到着し、こうして俺の長かった1日は幕を閉じたのであった。
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