第2話 陰キャ俺、白ギャルに気に入られる。
――なにが起こっている!?
落ち着け、陰井。
伊達に24年間生きてきたわけじゃないだろう?
白ギャルに×××を握られたくらい、どうだっていうんだ。
落ち着け、陰井。
そんな俺の胸中はいざ知らず、彼女のキレイな指はゆっくりと俺のスラックスの上をなぞる。階段のド真ん中。お互いに沈黙が続いた。
たった5秒ほどだが、俺にとっては世界で1番長い5秒だと言っていい。
――落ち着け、だって相手は歳下の女だぞ?ここは動じていないように見せかけて、ひとつ大人の余裕を見せてやるってもんだ。
俺の決意表明とは裏腹に、身体は正直に反応した。
未だ戦場に赴いたことのない98年製のマグナムが、今にも暴発しそうだ。
リトル陰井はやがてミドル陰井に、そして今にもBIG陰井に変貌を遂げつつある。
この状態でスカイツリーを建築するのは非常にマズい。
そうなれば俺は、ただの変態の烙印を押されてしまうではないかッ!
「……お嬢さん、その手を退けてほしいんだけど」
「う~ん?こっちはそうは言ってないみたいだけどなぁ?」
その通りである。仰るとおりである。全てお見通しなのであるッ!
いつもは股下で好き勝手に暴れてやがるオキャンタマも、彼女に手なづけられて今は見る影もない。
どうしたんだお前ら!普段は言うことを聞かせるのに手間取るオルトロスの癖に、こんな時だけ静かにお座りしてチワワみたくなりやがって!
スーッとチャックを上から下に、ラメのネイルが施された爪が這っていく。
俺の生殺与奪の権は、全てこの見ず知らずの白ギャルに委ねられた。
「いいからついてきて!」
「ちょっ!ちょっと君!どこに行くんだい!」
「いいからいいから!楽しいことしよ?」
彼女は俺の手を握り、軽快に階段を駆け下りていく。
引っ張られるまま、俺はとりあえず転ぶまいと階段を下りて、あとは流れに身を任せることとなった。
なぜか彼女は楽しそうに笑みを浮かべてはしゃいでいる。俺は心底、彼女の狙いがなんなのか理解できずにいた。
「ここなら誰にもバレないから!」
「バレないって……なにするつもり」
「そんなの分かってるでしょ?そうだなぁ、まずはチューしよっか♡」
恥じらう様子もなく瞳を閉じて唇を突き出す白ギャル。
俺の唇が触れるのをじっと待つその顔は、控えめに言って可愛すぎる。反則だ。
どうする!?どうする俺!?チューしちゃっていいのか!?
しどろもどろの俺。なにが起こっているのか分からない。
だがここで性の獣に成り下がらずに冷静になれるのが俺だ。
まず俺が白ギャルに迫られる可能性なんてあるか?
否、ない!
きっと気弱そうな俺を狙った美人局とかそういう奴に違いないんだ!
ここで欲望にかまけてキスなんてしてみろ!
きっと強面のタトゥーがゴリゴリ入った筋肉オバケみたいな奴等に包囲されて、俺は地獄に送られるんだ!カニ漁か?マグロ漁船か?
いいや、もしくは最近聞いた事例がある。
性病にかかった人間が自暴自棄になって、無差別に感染させているというバイオテロのニュースだ。俺は穢れを知らない純粋な誇り高き童貞なんだ!初めての経験が性病だって!?それではあまりにも報われないじゃないか!
自分でも拗らせているとは思うが、男なら誰もが羨むこのシチュエーション、俺の嗅覚にはなんとも危険な香りが臭った。
俺が下した決断は……!
「……ごめん!仕事行かないと遅刻しちゃうから!」
「ハァッ!?ウチにキス顔させておいて逃げるって訳!?」
「俺はッ!ちゃんと手順を踏んで恋愛したいんだ!知り合って!お付き合いして!手を繋いで!胸をトキめかせながらッ!観覧車の1番高い所とかでッ!初チューしたいんだよォッ!!!」
「うっわ……噓でしょ。高校生みたいな恋愛観。お兄さん、このチャンス逃したら一生童貞だよ?魔法使いまっしぐら。それでもいいの?」
「良くない!良くないが……好きじゃない人とするのは、もっと良くない」
「う~わ。マジで終身名誉童貞じゃん」
「そういうことだから。ごめん。君とはチューできないッ!」
「なんでウチがフラれてんのよ。意味わかんない」
なんやかんやで彼女を強引に振り切った俺。
後悔は……していないかというと嘘になる。ただ、この選択が正しかったことを今は願うのみ。足早に職場へ向かう俺を、彼女はまだ後ろから呼び止めようとしていた。
「ねえ!お兄さんの職場どこなの?終わるまで待っててあげるから!」
俺は心を鬼にして、彼女の言葉を無視し続けた。
ごめん!ごめん!と心の中で謝り続けながら。
「ウチ、お兄さんのこと気に入っちゃった!ウチって不思議な人が好きなの!お兄さんの職場教えてくれないなら駅で待ってるから!待ってるからね!」
彼女には申し訳ないが、俺は振り返らずに職場へと駆けた。
彼女の声は確かに届いている。
だが、まさか駅で待ち続けるなんてあり得ない。会って15分にも満たない関係の相手に、そこまでの労力をかけるとは到底思えない。きっとこれはなにかの脅し。
俺は自分に暗示をかけながら、悪い夢でも見たと思って、つい先ほどまでの出来事を忘れようと努めていた。
待てよ。もしかしたら『コレ』って、あの怪しい占い師の力で……?
まさかな。そんなことある訳がない。
幽霊も宇宙人もいるものだと信じているが、魔法の力で白ギャルが俺に言い寄ってくるようになったなんてバカバカしい。ラノベじゃあるまいし。
――職場の倉庫内
俺の今日の仕事は倉庫整理。
膨大な量の在庫の期限をチェックしたり仕分けしたりという業務だ。
普段は会社の人事担当としてホテルなどの会場に出向き、ブースを出して就活生に説明会を開いたりしているが、こういったコツコツ系の仕事も嫌いじゃない。
黙々と仕事をこなしながら、俺はひとつ仮説を立てた。
もし仮に占い師の言う通り、女性が積極的になって俺に言い寄ってくる状態になっていたとしたら?
ひとつ気づいたことがある。
まず、あの占い師の魔法は男性相手には効かないということだ。
この倉庫に来るまでにガチムチ作業員と何人かすれ違ったが、なにか事が始まるようなことはなかった。
そしてもうひとつは、女性であっても俺がタイプだと認識した相手にしか効果がないということだ。パートのおばちゃんや、他に何人か女性とすれ違ったものの、俺のオキャンタマがまさぐられることはなかった。
――なんて、魔法なんかある訳ないか。なにを俺は真剣に考察しているのやら。
俺はそう割り切ると、いったんは俺を悩ませる白ギャルの存在は忘れて目の前の仕事に集中することにした。
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