第16話 対決

今後の方針が定まり、僕達は旧宅を出る為に入口の扉に手を掛け…ん?手を掛ける前に開いた…?

 目の前にはあおいが立っていた。

 コンビニにレジ袋を片手に上下スウェット姿だった。

 僕達が呆気に取られた隙にあおいはエントランス目掛けて引き返して行った。

 僕達は直ぐにその後姿を追いかけた。

 何という事だ。あおいはどうやら僕が戻ってくるまで待ち伏せするつもりだったようだ。

 一人で戻っていたらどうなっていただろうか。

 僕もフローリングの欠片の一部にされていたかも知れない。

 あおいは外を出て暫く逃げ続けたが、間も無く原口が捕まえて押さえ込んだ。

「お前、全て阿部から聞いたぞ。どういうつもりだ。」

 問い質す原口の顔はこれまでの付き合いで見たことのないものだった。

 紅潮した肌、釣り上がった目元、開き切った瞳孔。

 体内から込み上げる怒りをよく表していた。

 鬼と化した原口の顔を目の当たりにしたあおいは、恐怖に震え上がったのか、全身が小刻みに震えていた。

 萎縮して何も答えられないあおいを原口が更に問い詰める。

「テメェ早く答えろボケ!無視すんなや!」

 あまりの剣幕に逆にあおいが心配になった僕と美香は、慌てて二人の間に入った。

「もうやめとこう。もう逃げないだろうから場所を移そう。」

 漸く原口も落ち着いたのか、黙って頷いた。

 あおいは下を向いたままだった。

 一先ず僕達は旧宅に戻ることにした。


 室内に戻った僕達は、あおいをリビングの真ん中に座らせ、周囲を僕、原口、美香の三人で円形に取り囲んだ。

 室内の重苦しい空気を破るため、僕は口を開いた。

「何でこの有様になっているか説明してくれ。お陰でこの部屋には暮らせなくなったよ。」

 あおいは尚も黙ったままだった。

「話してくれなきゃ何も変わらないんだ。兎に角話してくれ。」

「…寂しかったからよ」

 あおいが聞き取れないくらいの小声で囁いた。

「何て?良く聞こえな…」

「寂しいから!」

 あおいは両手で顔を押さえて号泣した。

「付き合ってる筈なのに中々会ってくれないし、断るにしても冷たかった!こうでもしないと構ってくれないじゃない!」

「仕事で忙しいし、ちゃんと理由も正直に話した。これで冷たいんならどうしようも無いじゃない。」

「兎に角寂しいの!」

 寂しいの一点張りのあおいに困惑し、返答に困っていると、パァンと頬を叩く音がした。

 美香があおいの態度に業を煮やしたようだ。

 あおいは目が点になっていた。

「あなたいい加減にしろよ。女から見てもテメェはクズだ。謝れこの野郎!」

「何よあんた。後輩の癖に偉そうに。そもそもね、何であんたが此処にいるのよ。関係ない癖に。」

「私はさっきあなたを取り押さえた彼の従姉妹です。従兄弟の彼の同僚が阿部さんです。従兄弟経由で私に助けを求めてこられたので此処にいます。お店の時と違ってあなた酷すぎます。早く阿部さんに謝って二度と関わらないで下さい。あと、今後店でも一切関わらないで下さい。ハッキリ言ってあなたが嫌いになりました」

 あおいは奇声をあげて美香に襲い掛かった。

 美香の髪を鷲掴みし、引っ張り回そうとしたが、美香も応戦し、互いが髪を鷲掴みしたまま膠着状態になった。

 此処で僕と原口が割って入って事なきを得た。

「阿部ちゃんさあ、結局此奴とは別れるんだよな?」

 そうだ、色々有りすぎて忘れていたが、肝心なことをハッキリさせていなかった。勿論結論は出ている。

「僕はもう耐えられないから終わりにしたい。」

「ふざけんなコラ!」

 あおいは今度は僕に襲い掛かってきた。

 掴まれかけたが何とか振り払い、続けた。

「あなたは自分のことしか考えてない。相手が何か事情があることも考えられない。相手の大事な物も平気で壊す。そんな人とは一緒に過ごせない。もう関わらないで欲しい。」

 あおいは下を向いたまま、黙りこくった。

 その両肩は小刻みに震えていた。

 あおいの精神は限界に来ているように見えた。

 それを察したのか、原口が静かに語りかけた。

「あなたももう分かっていると思うけど、阿部はもうあなたから気持ちが離れている。これ以上執着しても更に嫌われるだけだよ。身を引いてあげて欲しい。」

 あおいは小さく頷き、旧宅から静かに立ち去った。

 去り行く背中は一層小さく見えた。

 

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