第9話 豹変

部屋に戻ると、あおいは未だ眠っていたので、携帯だけ回収してキッチンへ向かった。

 朝食としてトーストとコーヒーを準備し、僕は再びあおいを起こしに寝室へ向かった。

 あおいは寝返りのため体を横に向けていた。

 露出したパジャマがはだけ、肌の露出度も高まっていた。

 賢者の状態でもこれは我慢が難しい。

 葛藤と戦っているとあおいが目を覚ました。

「しょうちゃんおはよ。何でそこに立ってるの?」

 あおいは欠伸をしながら僕に寄りかかって来た。

 僕は体力の無さを恨んだ。

 誘惑を振り払うかのようにゆっくりとあおいから体を離し、リビングに連れて行った。

 二人でトーストとコーヒーで朝食を済ませた。 食べ終わるとあおいは再び大欠伸をしながら寝室に向かった。

「今日は予定がないの?」

「ないよー。眠いからもうちょっと寝たい。しょうちゃんも一緒に寝よ。」

 あおいは僕の手を引っ張って寝室に誘って来た。気乗りがしなかったので、

「ちょっとのんびりするわー。ゆっくり寝てて」

 と言い残し、リビングに引き返そうとした。

「てめぇさっさと来いや。私に飽きたんか?」

 あおいの態度が豹変し、僕を突き飛ばした。

 近くにあった空瓶を手に取ると、鬼の形相で僕に向かって来た。

 昨日の行為中の顔とは百八十度異なっていた。

 同じ人間でもここまで人相が変わるのかと恐怖で体が震えていた。

 あおいは何度か瓶を僕の方に振り下ろして来た。

 幸い当たりはしなかったが、理性を失ったモンスターは攻撃の手を緩めない。

 空振るとわかると、瓶の刀が手榴弾に変身し、僕目掛けて飛んで来た。 

 間一髪で避けたものの、壁に激突した瓶は粉々に砕け散った。

 全ての攻撃を終えると、我に還ったのか、しゃがみ込んで号泣した。

 その姿は正に翼をへし折られた鳥そのものだった。

「ごめんなさい、ごめんなさい…。ただ相手してもらえなくて悲しかっただけなの…」

「流石にやり過ぎだろ…ここまでやることないじゃん」

 室内は割れた瓶の破片が大量に散らばっており、地雷原を連想させた。

 僕はあおいを寝室に避難させ、地雷の撤去に乗り出した。

 破片を一つ一つ拾い、一通り終わり、あおいを呼ぶために寝室に入ると、あおいはスースーと寝息を立てながら睡眠を摂っていた。なんて呑気な女だ。

 僕は溜息をつきながらリビングに戻り、サブスクの動画を見て時間を潰した。

動画を見終わる頃、あおいが目を擦りながらリビングに戻ってきた。

「しょうちゃんおはよ。さっきはごめんね。」

 先程の大惨事に比例しない呑気な顔と口調だ。こいつの精神構造はどうなっているんだ。困惑のあまり言葉が出て来ず、苦笑いで頷いていると、

「まあ、引くよね。私自身も今は何であんなことしちゃったんだろーなーって。でもあの瞬間は頭がパーンとなっちゃうの。」

 僕はその釈明を聞きながら、恐怖と後悔の念に駆られた。

 怒ると見境のつかない惨劇が度々起こってしまうのかという気持ちと、先程軽々しく付き合うことにしたため逃げ辛くなったことに対してである。

 今後起こりうることは想像に難くない。しかし、この葛藤すら知られたらまた彼女は怒り出すだろう。

 あおいが僕の葛藤を察知したのか、こちらに歩み寄って来た。

 僕の両腕を軽く支えると、舌を捩じ込んできた。

 あれだけ今後の悲観をしていた僕だったが、一瞬で考えが弾け飛び、お互いに相手を貪り続けた。

 お互いを貪り尽くした頃には既に日は沈んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る