第7話 遭遇

翌朝、僕は小鳥の囀りで目を覚ました。

 カーテン越しに木漏れ日が顔を覗かせていたが、まだ室内は暗いままだ。

 暫く目を開けていると、目が慣れてきて室内の様子が分かっってきた。

 僕はリビングの一角で眠っており、辺りに山本さんはいなかった。まだ寝ているようだ。

 時計に目を移すと、針は六時五十分を指していた。その瞬間、僕は忘れていたことを思い出した。今日の朝に実家から宅配が届く予定だった。生物だから受け取れないと今の時期は腐りが早くなる恐れがある。

 僕は急いで身支度をすると、山本さんが寝ていることに気を遣ってメールでその旨を連絡し、慌てて山本さん宅を飛び出した。

 とりあえず今から電車に乗れば余裕を持って自宅に到着できる。程なくして西武新宿に着くと、改札を素早く通過してもうすぐ出る電車に乗り込んだ。

 とりあえず乗れた。これで一安心。落ち着いたのでメッセージを開くと、山本さんから返信が来ていた。

「おいおい、危ないな。とりあえず気をつけて。」

 無事電車に乗れた旨を報告すると、緊張から開放された僕は吸い込まれるように眠りに就いた。

 暫くして下井草を通過した辺りで再び目が覚めた。また寝たら寝過ごして本川越まで行ってしまうから起きていよう。

 程なくして上石神井に到着すると、売店でお菓子を買い、出口の階段を駆け降りた。さ、家に帰ってのんびりしようとした時、背後から肩を叩かれた。

「阿部さんですよね…?」

「えっ…どなた…あっ…」

 振り返った僕の視界には見覚えがあった。金髪セミロングに赤のヒールのピンクハンカチ女だ。

「どうしたんですか急に?」

「いや、メッセージを送っても既読にならないし、昨日もあまり目を合わせてくれなかったしで寂しいから直接声掛けました。私が悪いのは分かっているけどちょっと冷た過ぎませんか?」

 女の顔には怒りと悲しみが混じり合っていた。

 僕は明らかに動揺してしまい、閉口していると、女は更に捲し立てた。

「私、阿部さんの事本当に素敵だと思っていたのに。キャバ嬢だから?ねえどうしたら私に構ってくれるんですか?仲良くしてくれるなら私キャバ嬢辞めます!」

「と、とにかく落ち着いてください!皆の前だし、冷静に話し合いませんか?」

 一連のやり取りが駅前で目立っていたこともあり、気が付けば周囲と二人との間には距離ができ、人々は遠巻きに二人のやり取りを見守っていた。

 あまりにも恥ずかしい。女も状況を確認して冷静になったようで、一旦駅前から離れる事で事なきを得た。

 兎に角何処か喫茶店に入ろうとするが、丁度良い場所が見つからない。

 探している間二人の会話はなく、重苦しい雰囲気が続いた。

 歩き回っているうちに、朝に宅配が届く事を思い出した。今の内にタイミングよく逃げてしまえば、家がバレないまま逃げ切れるのではないか。散々隣の女をクソ女と揶揄し続けてきたが、これでは同レベルだな。でもどうにかして家に帰りたい。

 揺れ動く胸中を察したかのように、女がある提案をしてきた。

「阿部さん、なかなか店が見つからないなら私の家に来ますか?直ぐ着くんで。」

 面倒臭い。もし行ったらなかなか帰れなくなることは目に見えている。どう断ろうか。

 返答に困りまた閉口していると、女は痺れを切らした。

「テメェいい加減にしろ。今から私の家に来い!」

 女は僕の手首を掴むと、半ば無理矢理引き摺るようにして歩き出した。

 僕は引き摺られるまま暫く進んだが、掴まれた手首に掛かる力が一瞬緩んだのを見計らってそれを振り解いて一目散に走り出した。

 女は一瞬固まってしまったが、直ぐに状況を理解すると、遠くなっていく僕の背中を目掛けて追走した。

 僕は家の方角を気にせずに兎に角走り続け、後ろを振り返った。

 遠くに見覚えのある米粒が見えるがまだ距離は十分に開いている。何とか撒けそうだ。

 交差点を右折すると、家に向かって走るスピードを上げた。

 自宅前で改めて周囲を確認した。

 誰も居ないことを確認すると、急いでオートロックを解除し、僕の部屋番号まで急いだ。

 部屋の扉前で再び周囲を確認した。よし、誰も居ない。

 扉を開けて、直ぐに鍵を掛けた。良かった、何とか逃げ切れた。なんて恐ろしい女だ。好意を持ってくれていることはわかったが、余りにも気性が激し過ぎる。仲良くすることは無理だ。

 激しく鼓動を続ける心臓を鎮めた後、ようやくリビングに入った。

 程なくして、インターホンが鳴った。ギリギリ間に合ったようだ。

 荷物を受け取ろうかな……ん?宅配員さんがいない。目の前に居るのは荷物を手にした女性……僕は脳天から全身に電流が流れる感覚に襲われた。

 正体はもう分かっている。目を合わせられずにいると、女性が室内に侵入してきた。

「何で逃げたのよ…?」

 女性は静かに囁き、恐怖で固まった僕を抱きしめると、薄紅色の唇を僕の唇に重ねてきた。柔らかい。

 暫く唇同士が重なっていたが、次第に女性の呼吸が荒くなり、舌を僕の口内に捩じ込んできた。

 僕は既に恐怖と本能に支配されて、抵抗する術を失っていた。

 二人はどちらから誘うでもなくベッドに雪崩れ込み、互いに本能をぶつけ合った。

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