第11話 ガチンの陰謀(敵サイド)

 数日前。


 たったったっ


 買物を終えたマリンは、弾む足取りで夕闇迫る路地を歩く。


「~~~♪」


(ここまで状況が良くなるなんて)


 思わず鼻歌も出るってものだ。


 10日ほど前に突如現れた異世界からの転移者。

 類まれなる力を持つ彼は、行き詰っていたソフティス家の聖獣ブリーダー稼業を復活させてくれた。

 本日も親聖獣の世話を手伝っていたので、買い物に出るのが遅くなってしまったのだ。


「ふふっ」


 両手いっぱいに紙袋を抱えたマリンは思わず笑みをこぼす。


 プニス様が行方不明になってから沈みがちだったお嬢様が、昔の調子を取り戻してくれた。孤児であり、非合法組織に使われていたこともある自分を気の置けない家族として扱ってくれるお嬢様。


 ……大食いな所と上流階級らしからぬオタク気質で少々言動がお下品なところは直してほしいと切に思うが、とても可愛らしい自慢のご主人だ。


 お嬢様が笑顔を取り戻したのは、転移者であるハルトさまとピィのお陰だろう。

 ふたりがもたらしてくれたのは、将来への希望と家族の暖かさ。


(やはりお嬢様にはハルトさまがお似合いですね!)


 ガチンの野郎を一喝したハルトさま。


 自分ですらときめいてしまったのだ。

 聖獣オタクで魔術学院も女子クラスを選び、貴族的非モテコース一直線だったお嬢様。まだ自覚はされていないようだが、無意識に視線がハルトさまを追っている事が良くある。


(やはり精のつく食事を採っていただくべきでしょうか)


 いざとなれば、故郷に伝わる秘伝の惚れ薬を……。


「ふぅ、焦ってはいけませんね」


 頭を振り、妄想を振り払う。

 まずはソフティス家の借金を返すことが先決だし、何よりハルトさまの気持ちが大事である。


「……ハルトさまはお優しいけどヘタレっぽいですから、他の娘に盗られる心配はないでしょう」


 将来の心配より、今夜の献立である。

 なにしろソフティス家には目下3名の欠食児童が待っているのだ。


 それに……。


(1,2……3人ですか)


 気取られないように視線を僅かに動かす。

 王都のそこかしこには、自動馬車用のカーブミラーが取り付けられている。

 ソイツを利用して素早く背後を確認するマリン。


 フードをかぶり、一般市民を装っているが

 足取りは粗雑で殺気も隠しきれていない。


(素人ですね)


 十中八九、ガチンが放った刺客だろう。

 プニス様が行方不明になった直後、ガチンの野郎は何度も暗殺者を差し向けてきた。

 侍女兼護衛である自分がいなくなればお嬢様が音を上げると思っていたのだろう。


「……まったく、性懲りもなく」


 マリンは小さくため息をつくと、さりげない足取りで路地裏に入り込む。

 この辺りは王都でも治安の悪いエリアであり、マリンも幼少期に住んでいたことがある。


(……! ……!)


 雑多に増築された建物のせいで昼間でも薄暗く、人通りもほとんどない。

 好機と判断した刺客どもの殺気が大きくなる。


「……さて」


 両手に抱えた紙袋の中から、わざと果物を1つ地面に落とす。

 追手に気付いて慌てる哀れな侍女。


 陳腐な芝居だが、自分を追ってくる素人に対しては程よい撒き餌だろう。


 たたんっ!


 マリンは路地に放置された木箱を使って大きくジャンプすると、建物の屋上に身を隠す。


「こっちだ!!」


「おい、女が持っていた荷物が落ちてるぞ! この辺りに隠れてるんじゃないか?」


 すぐに追手がやってきた。

 まだ年若い3人組で、マフィアに入りたての新人かもしれない。


「おい、諦めて出てきなよ」

「殺しはしねぇからさ~!」

「ちらっと顔が見えたけどよ、意外に可愛かったよな」


「……舐められたものですね」


 身のこなしも雑で、周囲を警戒するそぶりすらない。


「さっさと終わらせましょう」


 たんっ


 リーダー格らしき男の、がら空きの背中めがけて飛び降りる。


 ズダンッ!


「げふうっ!?」


 クルリと空中で一回転したマリンは、踵落としを男の脳天に食らわせ、一撃で気絶させる。


「なっ!?」


「コイツ、どこから現れやがった!?」


「わたくしはこれから夕食を作らねばなりませんので、手早く片付けさせていただきますね♪」


 にっこりと笑うマリン。

 ああそうだ、ハルトさまから頂いた子聖獣のスキルを試運転するのもいいだろう。


「ちょっ、まてっ」


 ズドンンッ!


 薄暗い路地裏に、魔術の炸裂音が響いた。


「さてと」


 男達が気絶したことを確認すると、メイド服についた埃を払うマリン。


「あとはご自由に」


 のっそりと顔を出したスラムの住人達に一礼するマリン。


 暗殺者たちは殺しはしていないが、これから大変な目にあうだろう。


 身ぐるみはがしてやろうと殺到する住人を尻目に、その場を離れるマリン。


「ですが」


 あの程度の連中モノの数ではないが、ガチンの野郎がまた実力行使に出てきたことは問題である。

 プニス様が行方不明になった直後に送られた暗殺者をあっさりと撃退したことで、諦めたと思っていたのだが……。


「わたくしたちの成果を見て、焦っているのか」


 もしかしたら、ハルトさまが狙われる可能性もある。

 仮住まいに仕掛けるトラップの数をもっと増やさないと。


 両手に紙袋を持ったまま、足早に家路を急ぐマリンなのだった。



 ***  ***


「ちっ、役に立たねぇな」


 執事であるバードから報告書を受け取ったガチンは、予想通りの結末に思わず舌打ちをする。


「マリン嬢はかの有名な”組織”の出身だという噂もあります。

 もう少し高位の暗殺者を雇われてはいかがでしょう?」


 気づかわしげな視線をガチンに寄こすバード。

 この有能な執事が動いてくれさえすれば、大陸有数の暗殺組織に依頼を出すことも可能だろう。


「いや、かまわねぇよ」


 元より、はした金で雇った素人に毛が生えたレベルの連中が暗殺を成功させるなんて思ってもいない。


 怪しいおっさん聖獣ブリーダーを雇い入れ、少し調子に乗り始めていた連中にお灸をすえてやったのだ。


 おそらく、あの獣人メイドはさらなる襲撃を警戒するだろう。

 モフィ―ティアだけでなく、オッサンやガキも警護対象に加わったことでヤツは疲弊していく。


 そこを襲撃してもいいし、もっとじらしてやってもいい。

 どちらにしろ、主導権はこちらにあるのだ。


「ガチン様がよろしいのでしたら、引き続き監視するのみにとどめます。

 それともう一つご報告がございます」


「おう」


 別の資料を手渡してくるバード。

 そこに書かれていたのは、モフィ―ティア家の聖獣販売実績。


「ハルトと名乗った聖獣ブリーダーが合流した直後、モフィ―ティア家は新型子聖獣の発売を発表」


「どうやら珍しい親聖獣を手に入れたらしく。

 先日開催された譲渡会から数日で、数十体を販売しています。

 顧客リストには近衛師団や王立魔術研究所の職員もおり、いささか無視できない事態かと」


「ふぅん」


「”低額個人向け”子聖獣ねぇ?」


 胡散臭げに資料を読むガチン。


 ガチンらの主要取引先は王国軍や冒険者ギルドという”組織”であり、一部の富裕層を除けば個人に販売する事はほとんどない。

 理由は簡単、儲からないからだ。

 標準的な子聖獣の価格である数万センドを出せる庶民などほとんどいない。


「愛玩用の子聖獣というコンセプトは目新しく、ブームの兆し……か」


「……販売の差し止め命令を出しますか?」


 近衛師団や王立魔術研究所はカチンスキー家の重要顧客であり、契約を盾にとってやめさせることも可能だ。


「いや、それには及ばねぇ」


 バードの提案を却下するガチン。


「個人向けの聖獣販売なんざ、大した稼ぎにもならねぇし。

 すでに近衛騎士団長が購入しているんだろ、今さら差し止めたらウチに対する印象も悪くなる」


「そうだな……わずかな希望を与えておいて、最後に心を徹底的にへし折る。

 絶望したモフィ―ティアをオレ様の前に膝まづかせる……それも楽しいじゃねぇか?」


「……………」


 くっくっ、と嗤うガチンを心配そうに見つめるバード。


「相変わらずバードは心配性だな、ならそうだ……」


 その時、ガチンの脳内に一つのアイディアが閃いた。


「上手くすればあの獣人メイドを排除できるぞ?

 そうすれば後はこちらの思うがままだ……その珍しい親聖獣も手に入れたいしな」


「なんと、それはどういう?」


 ただの思い付きだが、悪くない。

 退屈しのぎに仕掛けるとするか。


 にやり、といやらしい笑みを浮かべるガチンなのだった。

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転生ひよこ鑑定士のもふもふスタリオン ~俺氏、拾ったチート級モンスターを繁殖させうっかり世界の覇権を取ってしまう~ なっくる@【愛娘配信】書籍化 @Naclpart

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