第9話 もこもこ聖獣譲渡会

「何事ですか、このモフモフ!」


「モフモフ~」


 俺がトリミングした子聖獣に夢中になっているマリンとモフィ。


「ハルトさま、背筋に走るこの感情は何なのでしょう?

 ストレスを全て洗い流してくれるような……!」


「ふむ」


 この世界には”ペット”という概念もない。

 つまり、アニマルセラピーも存在しないというわけだ。


「モフィ、マリン、ここにピィがいるだろ?」


「ふお?」


 俺はピィを膝の上に抱き上げる。


「かわいいだろ?

 なでなですると癒されるだろ?」


「えへへ~」


 黄色い髪をわしゃわしゃと撫でてやると、にへらっ、と相好を崩すピィ。


「そ、それはもちろんそうですが」


「ピィはかわいい子供なんだから当たり前よね?」


「同じことがこの子聖獣にも言えるんだ」


 きゅいきゅい?


 つぶらな瞳でふたりを見上げるもこもこ。


「「はうっ!?」」


 一撃でノックアウトされるモフィとマリン。


「この世界のモンスターはグロイ見た目だから仕方ないけど……俺たちの世界には”ペット”を可愛がって癒される文化があるんだ」


「つ、つまり?」


「”使役”する対象としてではなく、生活の”パートナー”として、この子たちを売り出す。ちょっとした生活の役に立つ白スキルも付けて……けだまと相談してマナの消費量も抑えたから、毎日スキルを使ったとしても数年くらいは持つと思う」


「す、数年ですか」


「ウソでしょ!? ハルト、けだま君とそこまで意思疎通できるの!?」


 まあピィに助けてもらってるけどな。


「ぶいっ!」


 得意げなピィをもっとなでなでしてやる。

 ああ、癒されるぜ。


「所持している白スキル因子によって値段を変えるとして、だいたい1000~2000センドくらいで販売したいんだけど、どうだろ?」


「いくら白スキルが1つとはいえ……子聖獣を2000センドで!? 常識がぶっ壊れるわよ?」


「ガチンが黙っていないんじゃ……」


 あまりに彼女の常識とかけ離れた提案だったせいか、不安そうな表情を浮かべるモフィ


「いえ、ハルトさまの案は超アリです」


 きらり、とマリンの金色の瞳が光を放つ。


「ガチンの野郎が独占契約を結んでいるのは王国軍と冒険者ギルドにおける”戦闘タイプ”の子聖獣です。ヤツが間接タイプの聖獣配合に力を入れていない事もあり、馬車ギルドや産業系ギルドにはあまり聖獣を卸していません。

 あつまさえ、”個人向け”聖獣など、ヤツの頭には無いでしょう」


「そこに目を付けるとは、さすがハルトさまです!」


「……つまり、市場的に伸びしろがあるという事?」


「左様でございます」


「なるほど! ありがとうハルト!!

 あたしたちには無い発想だわ!!」


「はるとは凄いんだよ!!

 ピィの命の恩人だし!!」


「い、いやぁ」


 そこまで褒められると恥ずかしくなる。

 赤くなった頬をポリポリと掻く。


「とはいっても、1000から2000センドの金額をいきなり一般庶民が出すのはハードルが高いと思う。だから、ある程度影響力のある人たち向けに”譲渡会”をしたいんだけど……」


 広告塔という訳ではないが、ある程度社会的地位のある人が買ってくれれば宣伝になるだろう。


「あ、それなら!」


「微力ながらわたくしも協力させて頂きます」


 モフィとマリンのお陰で話はとんとん拍子に進み、王都中央公園で行われるバザールにて”癒し聖獣”の譲渡会が開かれることになった。



 ***  ***


「こ、これは……!

 なんと癒されるのだろう!!」


 白銀のプレートメールを着込んだ壮年の男性が、水色のもこもこを手のひらに乗せて感激の声をあげている。


「ぜひ名前を付けてあげてください」


「な、名前を!? そ、そうだな……マル」


 俺の言葉に促され、戸惑い気味にもこもこに声を掛ける男性。


 きゅいっ!


「な、なんと!!」


「かわいいでしょ? ルディさん」


「うむ!!」


 ルディと呼ばれた男性は近衛騎士団の団長を務めており、幼少期にモフィに稽古をつけてくれた間柄らしい。


「モフィ―ティア嬢、プニス様が行方不明になって心配しておりましたが、このような斬新な子聖獣を配合されるとは!」


「へへ、全部ハルトのお陰だけどね!」


「なんと!」


「あ、その子の固有スキルは”金属光沢付与”です。ぜひお試しを」


 俺はルディさんにその子が持つ固有スキルを紹介する。


「む、初めて聞くスキルですな」


 俺の言葉を受けて、マルにスキルを使わせるルディさん。


 きらきら


「!! おお、鎧がぴかぴかになりましたぞ!?

 騎士団長ともなると式典に出ることが多くて……これは助かる!

 ハルト殿、ぜひこの子を頂きたいのだが!

 部下たちにも勧めてやらねばな!」


 近衛騎士団の団長ともなればストレスも多いだろう。

 どうやら気に入ってもらえたようだ。


「ありがとうございます」


 ウキウキと王宮に帰っていくルディさんを笑顔で見送る。


「やっほ~、モフィ元気してる?」


 次にやって来たのは、制服風のローブを着たモフィと同世代の少女。


「来てくれてありがとうミラ!

 さっそくこの子聖獣を試してほしいんだけど」


「ふふっ、同期イチの聖獣オタクの面目躍如ね。

 ……って、これっ!!」


 ぽてぽて


 ぷにっ?


 ミラと呼ばれた少女が気になったのか、一頭の子聖獣が少女に近寄っていく。

 特に毛の量が豊富な子で、ピンと触覚のようにトリミングしたアホ毛がチャームポイントだ。


「かっ……かわいすぎるうううううううっ!?」


 両手を頬に当てて声を上げるミラ。

 瞳の中にハートマークが浮かんでいる。


 ぷにっ!


 彼女が気に入ったのか、ミラの肩に飛び乗る子聖獣。


「うっはぁ!」


「その子の固有スキルは”睡眠補助”。

 10分の仮眠で数時間の熟睡に匹敵する回復効果を得られるわよ」


「マジで!? 物凄いじゃん!!

 最近、王立魔術研究所のノルマがきつくてふらふらだったんだよぉ~」


「スキルの効果が高いから、少し値段は張るけどね」


「……おいくら?」


「2500センド」


「やっす!?!?

 同僚にも勧めるわ!!」


 そう叫ぶとミラは子聖獣を2頭お買い上げしてくれた。


 そのほかにもモフィの父親の旧知である商人が来てくれるなど、譲渡会はなかなかの盛況だった。


「お久しぶりです”シャドウ”。

 お変わりないようで……”首領”の様子はいかがですか」


「その名で俺を呼ぶなと言っただろう、マリン」


「ふふ、つれないですね。

 ところでこの子聖獣、気配を完全に消せる固有スキルを持っていて……」


「ほう?」


「…………」


 かくいうマリンはどう見てもカタギではない白髪の男に子聖獣を勧めているのだが……。


「気にしちゃダメよハルト。

 マリンはあくまであたしの侍女、いいわね?」


「お、おぅ」


 マリンは家事もバトルも完璧なスーパー侍女である。

 ワケアリな過去があるのかもしれない。


「かんば~い!!」


 微妙な空気を振り払うように、ピィの歓声が響く。

 かくして、準備した数十体の子聖獣は、無事完売したのだった。

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