第8話 癒しのもこもこ

「という事で、頼むぞけだま」


 数日後、ピィを連れてソフティス家の牧場を訪れた俺は、けだまの厩舎の前に立っていた。

 モフィとマリンは商家へ金策の挨拶回りに出ているため、牧場には俺たちとセイバスさんしかいない。


「”赤”は【間接能力】をセレクト。

 ”青”は多めに、出来ればマナの消費を抑えたい。

 ”白”はそうだな……一つでいいか」


「どうだ、行けそうか?」


「ごにょごにょごにょ」


 俺の言葉をピィがけだまに伝えてくれる。

 先日分かった事だが、ピィはけだまの言葉を理解できるらしい。


 俺が想定する子聖獣の配合には、繊細な因子の調整が必要なのでとても助かる。


 がうがうっ!


 まかせて、とばかりに身体を揺らすけだま。


「よし!」


 行けると判断した俺は、水色のワーム型親聖獣を連れて来る。

 白因子が強いメスで、名前はアイリス。


 がうっ♪


 わふっ……♡


 恥ずかしそうに身体をよじるアイリス。

 モフィから貰った記録によると、アイリスは若い個体で配合の経験もまだ少ないらしい。


 るんるん


 ウキウキとアイリスをエスコートするけだま。


 ふぁさっ


 厩舎から運んできた牧草でふわふわのクッションを作る。

 コイツ……手慣れてやがる。


 けだまのイケメンムーブを見せつけられ、敗北感を覚える俺。


 もさもさ

 もさもさ♡


 アイリスを優しく抱きしめたけだまがゆっくりと揺れ……。


 ぽぽぽぽん!


「わわっ!? いっぱい!!」


 10体を超えるもこもこ子聖獣が、俺とピィの周りに生み出されたのだった。



 ***  ***


「これが新しく配合した子聖獣かぁ……やっぱりけだま君から配合される個体はモコモコなのね」


 テーブルの上に置かれたもこもこをツンツンするモフィ。


 きゅうっ


 それがくすぐったいのか体をよじるもこもこ。


 配合は大成功で、14体の子聖獣を生み出すことが出来た。


「一度に14体というのは、わたくしの知る限り世界記録ではありますが……何に使ったらよいのでしょう?」


 水色の毛を持つ一体を手のひらに乗せ、しげしげと眺めるマリン。


「だよねぇ……”鑑定”」


 ヴンッ


 ======

 聖獣タイプ(赤):間接能力★

 マナ量(青):5,600

 固有スキル(白):手指コーティング★

 評価:E

 ======


 子聖獣のステータスを表示し、首をかしげているモフィ。


「マナ量はすごく多いけど、白スキルは戦闘系じゃないのよね?

 ……”手指コーティング”ってなに?

 こんなスキル見たこと無いわ」


 それについては、実際に使役してもらった方が早いだろう。


「マリン、スキルを使ってお皿を洗ってみてくれないか?」


「は、はぁ」


 一体何を?

 頭の上にハテナを浮かべながらも水色の子聖獣を肩に乗せたマリンが台所に向かう。

 流し台には先ほど食べたケーキのお皿やティーカップが置いたままだ。


「それでは」


 流し台に設置された金属製のバルブを緩めると清水が湧き出てくる。

 豊富な地下水を利用した水道が王都には整備されているのだ。


 ヘチマのような植物で出来たスポンジに石鹸を付け、流し台にたまった水に手を入れるマリン。


 ちゃぷっ


「こ、これは!?」


 王都の北に広がる山脈の雪解け水を元とする水道の水は、身を切るように冷たい。

 一度マリンの家事を手伝ったのだが、飛び上がるような冷たさだった。


「冷たく……ありません!

 それに、肌荒れが起きませんね!」


 王都の女性たちを悩ませる水道の冷たさ……それに対する解がこれだ!


「お肌もつるつる……素晴らしいですハルトさま!!」


 食器洗いを終えてもいまだすべすべの手を合わせ、笑顔を浮かべるマリン。

 このスキルにはモイスチャー効果もある。どうやら喜んでもらえたようだ。


「すごっ! あたしも使役してみていい?」


「お嬢様は65%の確率で食器を破壊するので駄目です。

 余計な事をしないでいただけますか?」


「ぐはっ!?」


 それに、この子聖獣たちの特徴はそれだけじゃない。


「は、ハルトは何してるの?」


 マリンに一刀両断されたモフィが台所から居間に戻ってくる。


「これか?

 トリミングしてるんだ」


「とりみんぐ?」


 俺はハサミを使って子聖獣の毛をきれいに整えていた。


 けだまに聞いた話では、聖獣の毛はマナが変換されて伸びるもので、自分で切ることが出来ずかなり煩わしいらしい。

(羊みたいだ)


 ちょきちょき


 きゅいきゅい♪


 伸びすぎた毛がカットされて気持ちいいらしく、鳴き声を上げる子聖獣。


 この子聖獣の身体はアザラシのような形をしており、頭に当たる部分の毛を整えてやるとくりくりとした蒼い目があらわになる。


「わ……!」


 何かを感じたのか、胸に手を当てて頬を染めるモフィ。


「あざらしさん!!

 かわいい!!」


「……あざらし?」


 ほわほわなピィの頭の上に、綺麗にトリミングした子聖獣を乗せてやる。


 きゅい?


「わ~い!!」


 どきんっ


「な、何なのこの胸の高鳴りは!」


「ふふ、可愛いだろう?」


 ここに来てまだ数日ではあるが、俺は確信していた。

 この世界に足りないのは、ふわふわモコモコの癒しであると!!


「頼むぞ?」


 ピィの頭に乗った子聖獣を優しく撫でてやる。


 きゅいっ!


 ふわふわを計算し尽くしてカットした子聖獣の手触りは最高である。


「ほら、モフィも撫でてみろ」


「で、でも相手は聖獣なのよ? それを撫でるなんて……」


 躊躇するモフィ。

 モンスターを可愛がる、という概念のないこの世界の常識が邪魔しているらしい。


 それならばとモフィの右手を掴み、むりやり子聖獣に触らせる。


 もふっ


「うっはぁあああああああああっ!?」


 極上の手触りに鼻血を出して悶えるモフィ。


「まったくお嬢様!

 また限界ムーブを……」


「……………は?」


 お茶のおかわりを持ってきたマリンがこの光景を見て固まる。


「か、可愛すぎませんかぁぁぁ!!」


 がちゃん


 絶叫と共に、ティーセットを取り落としてしまうマリンなのだった。

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