第7話 市場調査

「本当に凄いわ! ハルト、けだま!」


「そ、そうなのか?」


「わーい?」


 がうっ?


 先ほどからモフィの興奮が収まらない。

 彼女の話によると、子聖獣のランク(評価値みたいなものらしい)はGからSS+まであり、年間数万体以上配合される子聖獣のうち、Sランク以上になるのは0.5%以下、それを1度目の配合で生み出すのは前代未聞だそうで。


「固有スキルも4つあるでしょ、それにブリザードなんて★3よ!!」


 魔術と呼ばれるこの世界の魔法は、子聖獣の固有スキルを介して発動させることで効果が大きく増すらしい。

 最上位の★3では+80%のバフ効果を持つとか。


「この子聖獣、近衛師団長が使役するレベルよっ!!」


「マジか」


 近衛師団長、と言えば王族の護衛を務める最精鋭のはずだ。

 そのクラスが使うとなれば……。


「高く売れそうか?」


「そうね!!」


 現在最優先すべきは金策である。

 ふわふわもこもこの子聖獣を愛でてみたくはあったがまずは地道にお金を稼いだ方がいい。


「……ですが」


 目をキラキラさせて興奮するモフィとは対照的に、ため息をつくマリン。

 何か問題でもあるのだろうか?


「お嬢様もご存じかと思いますが、近衛師団を始めレヴィン王国軍で使用する戦闘用子聖獣はカチンスキー家が独占契約を結んでいます。

 正直、この子聖獣を王国軍に売り込むのは難しいでしょう」


「うっ!?」


 マリンの指摘にびしりと固まるモフィ。


「これもガチンの差し金、まったく口惜しい事です」


 マリンのため息がより深くなる。


「そこで不肖マリン、中央から見捨てられ気味な辺境自治領への売り込みを画策したのですが。限界聖獣オタクであらせられますモフィお嬢様のコミュ障トークが炸裂したお陰で、無事契約交渉は拒否されまして」


「うううううううっ!?」


 モフィがいつものマシンガントークを披露した結果、ドン引きした自治領主に断られたという事だろう。


「まったく、いい加減貴族の当主にふさわしい会話術を身に着けて頂かないと……そうですね。お嬢様は見てくれだけはよろしいですから、トークの修行がてら上級貴族向け秘密ナイトクラブ(裏オプ付き)で働いてみるのがよろしいかと」


「……どう聞いても怪しいんだけど?」


「いえいえ、充分な給金を頂ける普通のお仕事ですよ……少々性格と肛○が歪むかもしれませんが」


「駄目じゃない!?」


「ご心配なく、マリン謹製の貞操帯を付けさせていただきますので。

 前の穴さえ無事ならご世継ぎをこさえるのに支障ございません」


「あたしの人生には支障しかないわよ!?」


 とても貴族の当主と侍女とは思えない会話を繰り広げるモフィとマリン。

 だが、マリンの言う通りとすればそもそも子聖獣の”販売先”が無いことになる。


 これはかなり厄介だな……。

「モノを売るなら、ニーズの把握が重要」

 親父の言葉を思い出す。


 この世界のことをもっとよく知った方がよさそうだ。


「とりあえず……。

 この子はマリンにプレゼントするよ」


 彼女が使役していた子聖獣は昨日消えてしまったはず。

 俺は腕に抱いたままのもこもこをマリンに手渡す。


「あら、ありがとうございますハルトさま」


 にっこりと笑うと、優雅に一礼するマリン。


 マリンはモフィのボディーガードを兼ねていると言ってたからな。

 腕も立ちそうだし、魔術発動タイプの聖獣がちょうどいいだろう。


「マリンだけいいなぁ~」


「モフィにもとびっきりの子をプレゼントするよ」


「!! 約束よ!!」


 ガチンの奴がちょっかい掛けてくるかもしれないし、能力強化タイプがいいかもしれない。


「それにしても★3固有スキルを持つ魔術発動タイプですか……ひそかにガチンの屋敷に忍び込んでヤツを爆」


「……駄目だからね?」


「冗談です」


 まったく冗談には見えない表情を浮かべるマリンだが、俺にはひとまずやりたいことがあった。


「よいしょ」


「ふお?」


 ピィをしっかりと抱き上げる。


「改めて王都を見て回りたいんだけど、案内してくれないかな?」


 俺はモフィとマリンにそう申し出た。

 まずはマーケティングである。



 ***  ***


「おっきな建物!!」


 王都の中心部にそびえる石造りの塔を指さしてピィが歓声を上げる。


「レヴィンタワー……王国軍の砦を兼ねる地下3階、地上20階の超高層建築です。

 最上階にあるレストランからは、王都が一望できますよ」


「わぁ♪」


「工事にはお父様も参加したのよ!!」


 レヴィンタワーのほかにもいくつかの高層建築物が見える。

 ファンタジーRPGのような世界だが、文明レベルはかなり高いようだ。


 ガラガラガラ


 石畳で舗装された大通りには、20人ほどが乗れそうな車両が行きかっており、路線バスのようなサービスもあるみたいだ。


「聖獣の力を使った”自動馬車”ですね。

 20年程前にプニス様が開発されました」


「プニス様のお陰でレヴィン王国の聖獣文明が花開いたと言っても過言ではありません」


「なるほど……」


 モフィたちが配合する子聖獣が、この国の文明を支えているらしい。


「その割には、聖獣を”使役”している人をあまり見ないな?」


 子聖獣を肩に乗せたりポケットに入れてるのは軍服に身を固めた王国軍兵士を除くと、大剣を背負った冒険者や裕福そうな神官だけで、ほとんどの一般人は子聖獣を連れていない。


「子聖獣の配合数が増えているとはいっても、最低1万センド以上しますからね。

 まだまだ庶民には高根の花ですよ」


「あたし的には、もっとみんなに使ってほしいんだけどなぁ」


 ある程度使役したら消えてしまう子聖獣に推定100万円以上を支払うのは、確かに辛いかもしれない。


「……この辺が鍵になってくるかもな」


 戦闘や魔術に使役するのではない、購入しやすいちょっとした子聖獣。

 人々の日常生活を支えてくれるような。


 くいくいっ


 頭の中で配合する子聖獣のプランを考えていると、服の袖を引っ張る小さな手。

 ピィだ。


「……どうした、ピィ?」


「あぅ……お腹すいた」


 少しだけ申し訳なさそうに、お腹をさするピィ。


 かなり歩いたからな。

 そろそろお昼ご飯にしてもいいだろう。


「それなら、そちらのヴェスタ通りに美味しいレストランがございます」


「ほんとっ!?」


 ぱあぁ、と表情を輝かせるピィ。


「パンとスープがおかわり自由なのよ!!」


「……お嬢様は制限アリとさせて頂きますね」


「なんで!?」


「その腹に聞いてはいかがでしょう?」


「ぷにぷになモフィお姉ちゃんだいすき!」


 つんつん


「ぐはっ!?」


 モフィは大食いだからな。

 家計を預かるマリンは大変だろう。


「ぷにぷにはいいな。

 もちもちしたモフィのほっぺも最高だし!」


「それ、絶対褒めてないわよね!?」


 俺たちはモフィを弄りながら、レストランへ向かうのだった。



 ***  ***


「おいし~♪」


「ホントに美味いな、コレ」


 モンスターの肉なのだろうか?

 かぐわしい肉汁を滴らせるステーキとオートミールのランチを楽しむ俺たち。


 昼下がりのレストランは大盛況で、庶民たちだけでなく王国軍の兵士や学者らしき服装の人間も見える。

 幅広い身分の人間がやってくる人気店のようだ。


 喧騒に乗って彼らの会話が聞こえてくる。


「……はぁ~、疲れた」

「最近訓練が厳し過ぎね? それに、新人どもの教育まで……超過労働もいいところだぜ!」

「来週から追加で30人配属されるらしいぞ?」

「マジかよ!? い、胃が痛い……」


 左隣のテーブルでは、ベテランと思しき兵士たちがビールを片手にクダを巻いている。


「新型魔術の研究、上手く行ってるか?」

「この顔をみてれば分かるだろ? そんなにすぐできるわけないって」

「中央にゴマする事しか能のない所長め!」

「はぁ、今日も徹夜か……」


 右隣のテーブルでは白いローブを着た学者然とした二人組がテーブルに突っ伏している。


「……ふむ?」


「現在の国王であるソリド陛下は拡大政策をとられていますからね。

 景気はいいですが兵士や商人、魔術研究所に所属する学者たちは過重労働が続いているらしいです」


「魔術学院の同期もほとんど家に帰れないって言ってたよ」


「なるほど」


 ファンタジーな異世界でもストレス社会とは無縁ではいられないという事か。

 それならば。


 最初に売り出すべき子聖獣、そのイメージが俺の頭の中で急速に固まってきたのだった。

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