第6話 配合

「さて!」


 翌日、マリンお手製の朝食をお腹いっぱい堪能した俺達は、

 ソフティス家の牧場を訪れていた。


「いまソフティス家ウチが所有する親聖獣はこれだけよ。

 借金返済のために良い個体は売り払っちゃったのよね」


 昨日着ていた華やかな冒険着ではなく、上下長袖の地味な作業着に着替えたモフィ。

 ちなみにマリンや俺も同じ格好だ。


「ピンクに緑、水色の3頭ですね。配合成績はそれなりです」


 マリンとセイバスさんが手分けして厩舎から聖獣たちを連れ出してくる。


「なるほど」


 目の前にいるのは昨日も見たピンク色と緑色のスライム、それに一回り小さい水色のワーム。


 昨日屋敷で見せてもらった”良い個体”の絵に比べたら可愛い見た目だ。

 凶悪な牙を持った蜂のような個体や巨大なトカゲ……見た目が強そうで怖いほど良い聖獣というのがこの世界の常識らしい。


 はふはふ


 ふおん?


 聖獣たちは俺に興味があるのか、身体を揺らしながら近づいてくる。


「おお、よしよし。

 いい子だな」


 はふっ♪

 ふおぅ♪


 わしゃわしゃと撫でてやると気持ちよさそうな鳴き声をもらす。


 がうがうっ!


「けだまもかっこいいよ!」


 ぼくもぼくもとアピールしてくるけだまをピィと一緒に撫でてやる。

 相変わらず素晴らしいモフモフ具合である。


「いう事を聞かない水色まであんなにあっさりと!?」


「……こうして目の当たりにしても、信じられませんね」


 モフィたちの反応を見る限り、こうやって聖獣やモンスターを愛でると言う概念自体が無いらしい。

 この世界のモンスターはやけに怖いというかグロイ見た目だからな。


 王都に来る道中で遭遇したオークの姿を思い出す。

 それに比べると、この聖獣たちは比較的平和な姿をしている。


「この親聖獣を掛け合わせて、子聖獣を配合するんだよな」


「そうなんだけど、なぜか上手く配合ができないのよ。

 少し前までは出来てたんだけど」


 困った表情を浮かべるモフィ。


 配合できない、それは当然だろう。


 なぜなら。


「この子達、全員メスだぞ」


「…………は?」

「…………なんと」


 ぽかんとした表情を浮かべるふたり。


 所有していた親聖獣を売却した時に、たまたまオスを全部売ってしまったのだろう。

 メスだけでは配合できないのは当然だ。


「そ、それでか~!」


 頭を抱えるモフィ。

 聖獣に雌雄があることすら分かっていなかったのだ。

 仕方ないかもしれない。


「心配しなくてもいいぞ、オスのけだまがいる」


 がうがうがうっ!


 見てよこの精悍なボディ、とばかりに少し縦に伸びるけだま。

 見た目はただのモフモフだが。


 はふっ♪

 ふおぅ♪


 けだまに反応するメスたち。

 くっ……けだまめ、モテモテだな。


「けだまたちもやる気のようだし、さっそく配合してみよう。

 そのまえに……」


 俺はけだまに両手を向けて目を閉じる。


 魔術が存在するこの世界なら、ドン引きはされないだろう。

 俺の力でけだまが持っている”才能”を探るのだ。


 ぱあああっ


 まぶたの裏に、いくつもの光が瞬く。


(うおっ!?)


 まず感じたのは”赤”。

 3つの赤い光の玉が現れて消える。

 玉には「能力強化★★」「魔術発動★★」「間接能力★★」という文字が浮かんでいるように見えた。



 次に感じたのは”青”い光。

 青い光の玉は際限なく広がり、俺の視界を埋め尽くす。

 書かれていたのは「マナ量:2,000,000」という数字。


 最後に感じたのは無数の白い光。

 水中の泡のように広がった泡は、俺の全身を包んで消える。

 数が多すぎて、何が書かれているかは分からなかった。


「……なんだこりゃ?」


 初めての感覚である。

 ひよこや牛を”視た”ときに感じたのは、この子は運動能力が高そう、とか

 繁殖能力が強そう、などのぼんやりとしたイメージ。

 ここまで具体的な情報が見えたのは初めてである。


「モフィ、マリン、少し聞きたいんだけど……」


 俺はけだまから見えたそのままを二人に伝える。


「っっ!?」

「マジですか!?」


 ふたりの反応は劇的だった。


「ハ、ハルト……もしかして、聖獣の”因子”が視えたの!?」


「因子?」


「!! それはねそれはねっ!」


「……あ」


 モフィの双眸がギラリと光を放った。


 ***  ***


「な、なるほど」


「むふ~」


「不覚、お嬢様を止められませんでした」


 1時間後、ようやくモフィのマシンガントークから開放された俺は、茹だった頭を覚ますために

 マリンの入れてくれた冷たいお茶をあおる。


 モフィの説明によれば、聖獣には”因子”と呼ばれる固有能力があり、

 ”赤因子”は聖獣の持つ能力タイプを。

 ”青因子”は聖獣の持つマナの大きさを。

 ”白因子”は聖獣の持つ固有スキルを表わすそうだ。


 親聖獣の持つ因子の組み合わせで、子聖獣の能力が決まるらしい。


「いままでは何度も配合を繰り返して親聖獣が持つ”因子”を推定してたんだけど、

 時間もかかるし売り物にならない子聖獣が配合されることも多かったから。

 事前に因子がわかるってのは、ものすごいことなのよ!!」


 頬を高潮させ、モフィが興奮している。


「ていうか、けだま君の持ってる因子凄すぎない!?

 3種類の赤因子を全部持ってる親聖獣なんて見たことないんだけど!

 そもそも3種の赤因子は聖獣研究の祖であるルード卿がオリヌポス山で……」


「……とりあえず配合させてみるか、マリン?」


 マシンガントークを再開したモフィはしばらく止まらないので、俺はマリンに声を掛ける。


「そう致しましょう」


 がうがうっ!!


「ふおお、けだまヤル気だよっ!?」


 先ほどからお預け状態のけだまをこのままにしておくのもかわいそうだ。

 俺はけだまの手綱を引き、ピンク色のスライムの近くに連れて行く。


 この子は”青”の光が強く、けだまとの相性も良いと思う。


「たのむぜ、モモ」


 ふもふも♪


 いつまでもピンクと呼ぶのは可哀想なので名前をつけてやる。

 わしゃわしゃと撫でると気持ちいいのか俺に身体を擦り付けてくる。

 ふふ、モモもかわいいな。


 がうがう!


 うきうきと近づいてきたけだまは、もふもふの身体の中から尻尾のようなものを伸ばす。


 ふも♪


 モモはそんなけだまの様子を見て体を寄せていき……。


 もさもさ♡


 重なり合った二頭が、ゆっくりと身体を揺らす。


「なるほど」


 これが聖獣同士の交配なのだろう。

 とても興味深い。高校の畜産科で交配させたカピバラを思い出す。


「……あれがセッ、こほん! 交配だと思うとなんか気恥ずかしくなってくるわね」


 喋り終えたモフィが俺の隣にやって来て顔を赤らめている。


「聖獣オタクでお屋敷にこもりがちな別の意味で深窓の令嬢インキャでございましたお嬢様には無縁の行為ですね(笑)」


「…………最近あなたの忠誠心に疑問が生じてきてるんだけど」


「いえいえ、さっさと男を引っ掛けて世継ぎをこさえていただかないとお嬢様が哀れすぎて……不肖マリン、お嬢様より先に幸せになるわけには参りませんし。

 早くしていただけませんかね? わたくし、求婚のお誘いを断るもの飽きました」


「……粛清っ!!」


 どたどたと賑やかなモフィとマリンをよそに、交配が終わったのか身体を離すけだまとモモ。


「わくわく! たまごが生まれるのかな?」


「どうだろう」


 興味津々なピィ。

 流石に鶏みたいな卵生じゃないとは思うが……。


 ぱああああああっ


 息をのむ俺達の前で、けだまとモモの間に生まれた光は次第に輝きを増していき……。


 ぽんっ


「おっ」


 やけに軽快な音と共に一抱えくらいのもこもこが俺の腕の中に生れ落ちる。

 毛並みは白の中にピンクのぶち模様であり、けだまの特徴を色濃く引いているようだ。


「それが配合された子聖獣よ。さっそく”鑑定”してみましょう。

 ていうかすっごくモコモコ……変わった見た目ね?」


 マリンへ関節技を掛けていたモフィは身体を離し、俺の腕の中のもこもこに両手を向けると何かのコマンド・ワードを唱える。


「親聖獣は無理だけど、子聖獣の能力は魔術で判定できるのよ」


 ヴンッ


 モフィの言葉と共に空中に光輝く文字が表示される。


 ======

 聖獣タイプ(赤):魔術発動★★

 マナ量(青):7,352

 固有スキル(白):ファイア★、フレア★、ブリザード★★★、バースト★

 評価:S

 ======


「…………は?」

「…………ウソ、ですよね?」


 もこもこのステータスを見たモフィとマリンがあんぐりと口を開けて硬直している。


 星の数がレベルやランクを表わすのだろうか?

 まるでゲームみたいだ。


「え、Sランクの子聖獣ですってええええええええっ!?」


 そんな事を考えていたら、モフィの絶叫が辺りに響いた。


「あれ?」


 がう?


 どうやら俺とけだまは、なにかとんでもないことをやってしまったらしい。

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