第5話 決意

「新しい親聖獣を探して旅に出ていたようだが、そうそう見つかるものじゃねぇ。

 御父上が行方不明になられてもう1年以上、そろそろ諦めたらどうだ?」


「これはとしてではなく、学院の先輩としての忠告だぜぇ?

 オレ様の経営する聖獣ブリーダーグループの一部門として、ソフティス家の名前は残してやるんだ。何を迷う必要がある?」


 男から掛けられる言葉を、下を向きただ聞いているモフィ。


「……お心遣いはありがたいですが、私には家を再興する使命がありますので」


「そういわずにさぁ!」


 馬無し馬車から飛び降りた男はモフィの前に立つ。

 モフィは男と目をあわそうとしない。


「……なあマリン」


「はい、ハルトさま」


「債権者って聞こえたが、あの男とモフィの間になにがあったんだ?」


 他人の……しかも貴族と思わしきモフィの事情に今日会ったばかりの俺が踏み込むのはどうかと思ったが、男が話した内容がどうしても気になってしまう。


「あの粘着クソ野郎は耳障りの良いことを言ってますが」


 可愛らしい顔を歪めるマリン。

 尻尾の毛も逆立っている。


「かつてソフティス家とカチンスキー家はレヴィン王国の双竜とも呼ばれる貴族の名家でした。同時に、王国の文明を支える聖獣ブリーダーとして切磋琢磨してきたのです」


「ですが、ガチンの野郎が当主になってから、利益を独占しようとソフティス家に対して攻撃を仕掛けてくるようになりました」


「なるほど……」


 代替わりをきっかけに、過去の付き合いを無視して事業拡大をもくろむ意識高い系お坊ちゃん。

 どこかで聞いた話だ……昔の記憶が少しだけうずく。


「とはいえ、当家も伝統ある聖獣ブリーダーの名家、ガチン一人の妨害ごときで揺らぐことはなかったのですが。業を煮やしたガチンは思わぬ手段をとってきたのです」


 マリンの顔に差す影がより深くなる。


「詳細はまたお話いたしますが。

 お優しく、類まれな才能をお持ちだったお嬢様のお父上、プニス様に対しありもしない反乱疑惑をでっち上げ、陛下をそそのかし当家の領地を没収させたのです」


「…………」


「プニス様をはじめ忠臣の方々は辺境に流刑。1年ほど前に発生したモンスターの異常発生スタンピードに巻き込まれ、行方不明に……」


 ぎりり


 きつくかみ締められたマリンの唇から血がにじむ。


「15歳で成人される前だったお嬢様は反乱にかかわった証拠なしとして家督を継ぐことを許されたのですが、残された家臣であるわたくしとセイバス殿だけではいかんともしがたく、借金が増えるばかりでして」


 潤んだ瞳でモフィを見つめるマリン。


「オレ様が国王陛下に掛け合わなければ、お前も一緒に流刑されてたかもしれないのになぁ? オレ様のおかげとは思わないのかぁ、ええ?」


「い、いえ。それは」


 マリンの言葉通りなら、奴は有能だったモフィの父親を追放し成人前のモフィに家督を継がせたことになる。


 モフィ達が根を上げるように誘導し、最終的にはソフティス家の資産を合法的に手に入れる算段だろう。


「お嬢様もプニス様から豊かな才能を受け継がれているはずですが、なにぶん社交界デビュー前だったため、有効な後ろ盾をお持ちでなく……」


 忌々しげにガチンを睨むマリン。

 侍女と言う彼女の立場では、家の債権者であるガチンに歯向かうことはできないのだろう。


(モフィ……)


 脳裏によみがえるのは幼少期の記憶。

 信頼していた部下たちに裏切られ、会社を乗っ取られた親父。

 押し付けられた借金を返そうと懸命に働くうちに病に倒れ、帰らぬ人となってしまった。


 モフィのきつく閉じられたまぶたからこぼれた一粒の涙が、自分の子供時代の境遇と重なった。


「ふん、今日もだんまりか。

 モフィーティア、お前が覚悟を決めてオレ様のものになれば、あの薄汚い獣人侍女と老いぼれ執事も救ってやると言ってるのに…………オレ様は忍耐強い男だが聖人ではないぞ?」


「いい加減言うことを聞いたらどうだ?」


 ガッ!


「!!」


 ガチンがモフィのあごをつかみ、無理やり上を向かせようとする。


「お嬢様!?」


 これ以上はやらせない。

 身体の奥底にぽっと炎が灯る。


「ここは俺に任せてくれ」


「ハルトさま?」


 俺はぽんとマリンの肩をたたくと、モフィとガチンの間に割って入り、ガチンの手を振り払う。


 バシン!


「そこまでにしてもらおうか」


「あ?」

「何者だお前」


 いきなり割り込んできた俺に対し、怪訝な表情を浮かべるガチン。


「俺はモフィに雇われた流浪の聖獣ブリーダー、ハルト。

 彼女がいくら借金を背負っているか知らないが、必ず払って屋敷を取り戻す。そう言うだ」


「ハ、ハルト?」


「ハルトさま!?」


「俺は抵抗できない立場から弱いものイジメする奴が大嫌いなんでね。

 見てろよ?」


 俺はびしりとガチンに指を突きつける。


「………………」


「……く、くくっ」


 最初は唖然としていたガチンだが、次第に事態が飲み込めてきたのだろう。

 腹を抑えて爆笑する。


「ははっ、あはははははははっ!!

 コイツはお笑いだぜ!!」


「おい、モフィーティア! トチ狂ったのか?

 こんな魔力もロクに感じられない、おかしな格好をしたおっさんに頼るなど!」


 ふん、何とでも言ってろ。

 モフィたちの仕事である聖獣の配合。

 ソイツに俺の”力”を役立てる。


 俺には元の世界の知識もある。

 やってやれない事はないはずだ。


「ふっ、ふひひひひひっ!!」


「い、いいだろう……1年だ。

 1年だけ待ってやる!

 1年以内に借金を返済できなければ、モフィーティアとソフティス家は問答無用でオレ様のものだ!」


「バードォ!」


「はい、お坊ちゃま」


 ガチンの背後に影のように付き従っていた男が、ガチンのサイン入りの証書を手渡してくる。

 なにが書いてあるかはよく読めないが、誓約書のようなものに違いない。


「せいぜいあがいて見せろ、楽しみにしてるぜぇ?」


 そのままガチンは馬なし馬車に乗ると、どこかへ去ってしまった。


 たたっ!


「ハ、ハルト……無茶よ!」


 少し頬を赤らめながら、モフィが駆け寄ってきた。


「心配すんな、何とかしてみせるから」


 ぽんぽん


 俺はモフィの頭を優しく撫でる。

 ふわり、と良い匂いがするふわふわの金髪は最高の撫で心地だ。


「あうっ……」


「あ、モフィおねえちゃん真っ赤になった!」


「も、もう! からかわないでよピィ!」


「にげろ~♪」


 逃げるピィを追いかけるモフィ。

 年の離れた姉妹のようで、とても微笑ましい。


「……まったく無茶をされるのですから」


 俺から誓約書を受け取り、ため息をつくマリン。


「それで、モフィの借金はいくらあるんだ?」


 勢いで宣言してしまったが、彼女の借金はどれくらいあるのだろうか?

 1億円くらいだろうか?


「1年分の利子も合わせると、約1億センドです。

 ちなみに、別邸の賃料が月に500センドになりますね」


「……う」


 この世界の家賃相場は分からないが、仮に500センド=5万円とすると

 100億円以上になる。


「ガチンはソフティス家を排除したことで、王国聖獣市場の8割を握っています」


「ううっ!」


「王国中枢部に強力なコネクションを持つカチンスキー家に比べ、現在の当家の政治力は比較するのもおこがましいですね」


「ううううっ!?」


 マリンの口から淡々と述べられる事実に、背中に冷や汗がにじむ。


「無茶も無茶です…………が、嫌いじゃありません」


 にやり、と挑戦的な笑みを浮かべるマリン。


「ありがとうハルト、あたしのために怒ってくれて。

 正直もう駄目かと思っていたけど……なんかやる気が出て来たわ!」


「わ~い!」


 捕まえたピィを抱きかかえながら、満面の笑みを浮かべるモフィ。

 思わぬ異世界転移だったけど、この子達の笑顔を守ってみせる!


 俺は改めてそう誓うのだった。

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