第3話 聖獣

「あいたたた……マリン、思いっきり蹴るとか酷いじゃない」


「お嬢様がわたくしの制止も聞かずに暴走するからでしょう?

 ハルトさまがいなければどうなっていたか……そもそもお嬢様はもう少しソフティス家当主としての自覚とお淑やかさをですね」


「あうう」


 猫耳メイド少女、マリンに説教され涙を浮かべているモフィお嬢様。


「あはは、面白いお姉ちゃんたちだね」


 がうがう?


「面白すぎだろ……」


 俺の腕の中ではしゃぐピィ。


 あらためてモフィとマリンから丁寧な謝罪と受けた俺たちは、お礼をさせて欲しいという事でレヴィン王国の王都にあるというソフティス家の屋敷へと向かっていた。


 この世界のことは何もわからないし、財布の中には日本円しか入っていない。

 彼女達の申し出はとてもありがたかった。


「それでモフィ、結局”聖獣”ってなんなんだ?」


 先ほどから延々と説教されているモフィが可愛そうになってきた俺は、気になっていた話題を振ってやる。


「あ、それはね!!

 聖獣とは五大魔術元素をつかさどる精霊が長い時間をかけて具現化したもので個体が持つマナ構成比はセルベンス第七方程式の……!」


 俺の助け舟にパッと顔を輝かせるモフィ。

 お嬢様だと思っていたら、とても表情が豊かな子である。

 モフィという呼び方も、彼女から希望されたものだ。


「……説教の続きはまた今度ですね。

 お嬢様の話は長いので、わたくしから手短に説明いたします」


「酷い!?」


 オタク特有の早口になったモフィをぴしゃりと遮るマリン。

 主人と侍女とは言いつつ、主導権はマリンが握っているらしい。

 好きな事を語りたくなる気持ちは分かるけどな。


「お嬢様がおっしゃったように、聖獣とはわたくしたちの世界の根幹をなす精霊と魔術元素であるマナの集合体で、生物というよりは自然現象に近い存在です」


「聖獣を使役することで、より強力な魔術を使ったり、身体能力の強化が出来ます」


 マリンの話だけ聞いていると、強化パーツみたいだなそれ。


「このように、わたくしも使役していますよ」


 ぱちん!


 マリンが指を鳴らすと青色の殻を持った虫のようなものがメイド服のポケットから飛び出してくる。

 アレが使役用の聖獣なのだろうか?

 ゲジゲジみたいで正直キモイ。


 ガサガサッ


 その時、茂みをかき分けて一体のモンスターが出現する。

 豚の頭を持ち、大柄な亜人型モンスター……オークだ。


 グオオオンッ


 下あごから生えた牙は頬を貫通しており、じゅるじゅると悪臭のする唾液を垂らしている。

 全身はイボまみれだし、おぞましい姿である。

 ぶっちゃけ超キモい。


「ここはわたくしにお任せを」

「身体能力強化○★」


 ぱああっ


「たあっ!」


 次の瞬間、マリンが力強く地面を蹴り、右足に履いた足甲でオークの頭に回し蹴りを見舞う。


 ドゴッ!

 ブシャアアアッ!


 とんでもないスピードの蹴りが炸裂した瞬間、オークの頭部は吹き飛び血煙と化す。


「うげっ」

「うえぇ」


 思わず顔をしかめる俺とピィ。

 モンスターが出現するこの世界ではありふれた光景なのだろう。

 マリンもモフィも涼しい顔だ。


「これが身体能力強化スキルを持った聖獣です。

 ですが」


 しゅたっ、と蹴りの反動で着地したマリンが肩に乗せた聖獣を触る。


 ぱああっ


 次の瞬間、聖獣は光の粒子になって消えてしまった。


「聖獣が蓄えているマナには個体差があり、マナを使い切ると消えてしまいます。

 聖獣は精霊の集合体なので死ぬわけではありませんが」


 聖獣には使役できる回数制限があるという事か。


「ただ稀に、ある程度の自我を持ち、永続的に消滅する事がない聖獣が見つかることがあります」


 がうっ?


 マリンがちらりとけだまの方を見る。


「わたくしたちが”親聖獣”と呼ぶ個体は、掛け合わせることで先ほどお見せしたような”子聖獣”を配合することが出来ます。

 これがお嬢様たち聖獣ブリーダーと呼ばれる方たちのお仕事になります」


「なるほど」


「それでねそれでね!

 優秀な子精霊を配合できる親聖獣をたくさん所有するブリーダーは三大系統と呼ばれていて!」


「はいはい、詳しくはまた今度にいたしましょう」


「語らせなさいよ!?」


「親聖獣同士の配合は経験則による手探りで……聖獣にオスメスの区別があったことも驚きですが。それを一目で見抜いたハルトさまに、お嬢様は大変期待をされてるんですね」


「そう、それ!!」


 手短にまとめてくれたマリンをびしりと指さすモフィ。


「ハルトさまがよろしければ、今後もお嬢様を助けて頂けないでしょうか?

 もちろん報酬はお支払いいたしますし、食事や住居も準備させていただきます」


「ピィもはるとと一緒に住める?」


「ええ、もちろんです」


「やった~!」


 喜ぶピィを優しい眼差しで見つめるマリン。


 つまり、社宅&賄い付きの好待遇という事だ。

 しかもモフィは推定貴族のお嬢様で超かわいい。


 異世界からの転移者である俺たちにとって、存外の待遇だと言えた。


「さあ、見えてきましたよ」


「わぁ♪」


 がうがうっ♪


 ピィとけだまが歓声を上げる。


 マリンが指さした方向。

 美しい湖のほとりに大きな街が見える。


 赤レンガで作られた建物が連なる先に、大きな宮殿が鎮座している。

 あそこが王宮だろうか?


「あたしたちの王都へようこそ!」


 モフィが笑顔で両手を広げる。

 俺の新しい生活が始まろうとしていた。

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